「吸涙鬼」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|市川拓司

「吸涙鬼」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|市川拓司

【ネタバレ有り】吸涙鬼 のあらすじを起承転結でネタバレ解説!

著者:市川拓司 2010年7月に講談社から出版

吸涙鬼の主要登場人物

芳川美紗(よしかわみさ)
高校2年生。 2歳の時に母が病死して父は出奔。祖父母の家で暮らす。

榊冬馬(さかきとうま)
美紗のクラスメイト。

西崎恒(にしざきわたる)
冬馬の母の友人。 小説家。実家は祖封家。

吸涙鬼 の簡単なあらすじ

幼い頃に母親を病気で亡くした芳川美紗は自身も原因が不明の病気に悩まされていて、静かで孤独な高校生活を送る毎日です。ある日突然に美紗の前に現れたのは転校生の榊冬馬で、 彼には他人の病を治療する不思議なパワーが備わっています。冬馬とふたりで力を合わせて病を克服した美紗は、彼の出世の秘密を知ることになるのでした。

吸涙鬼 の起承転結

【起】吸涙鬼 のあらすじ①

病弱な少女の初恋

幼い頃から病弱だった芳川美紗は、 かつて繊維産業で栄えていた古い町で祖父母と3人で暮らしていました。

地元でも進学校として有名な私立高校に合格しますが、引っ込み思案な性格が災いしてか余り友達ができません。

委員会の中でも人気のない美化委員を引き受けて、放課後に独りで校舎の屋上に作られた庭園の手入れをするのが何よりの楽しみです。 2年生になったある日の朝、 榊冬馬という生徒が転校してきて美紗は一目で恋に落ちてしまいました。

初めて冬馬と言葉を交わしたのは、彼が貸してくれたナイロンパーカーを返しに行った時のことです。

冬馬の自宅は美紗の家から15分くらい離れていて、繊維工場付属の療養所があった敷地内にあります。

母親が20歳の若さでこの世を去ったこと、彼女自身も20歳まで生きられないと医師から宣告されていること。

美紗の身の上話を聞いた冬馬は、今度は自分の秘密を打ち明けます。

迫害を受けながらも生き延びてきた一族の末裔である冬馬には、人間の病を直す不思議な力が備わっているそうです。

【承】吸涙鬼 のあらすじ②

病を癒やす儀式

体調が悪化して入院した美紗の病室に、面会時間が終わった夜遅くに冬馬が忍び込んできました。

自分の力に賭けて欲しいという彼の熱意に心を動かされた美紗は、着の身着のままで病院を抜け出します。

たどり着いた先は廃屋となったコテージで、治療方法はお互いの肌を密着させた状態で2〜3日の間抱き合うだけです。

美紗の体は熱に包まれていき、 度々意識を失いました。

生きたいと心の底から願ううちに痛みは和らいでいき、時間をかけて熱を冷ましていく「徐冷」という段階に入ります。 3日後に鏡の前に立った美紗が見たのは、見違えるように若さとエネルギーに満ち溢れた17歳の肉体です。

コテージの外に出た美紗と冬馬は、周囲に何人かの人影を目撃しました。

冬馬の話では以前にも接触を図ってきたヨーロッパの製薬会社のエージェントで、人体実験のために彼を連れ去るのが目的のようです。

ふたりはこの近辺に住んでいる、西崎恒に助けを求めます。 西崎は幻想小説で名の知られた作家で、ひそかに冬馬たち一族を支援してきました。

【転】吸涙鬼 のあらすじ③

涙を渇望する冬馬

親から財産を受け継いで裕福な暮らしを送っている西崎は、所有している湖畔のほとりの別荘のひとつを隠れ家として提供してくれました。

パンとスープの質素な食事をごちそうになってすっかり元気を取り戻した美紗でしたが、冬馬の方は次第に弱っていきます。

西崎によると治癒力を使った者はその代償として、急激な体温の上昇に苦しめられてしまうとのことです。

その熱を冷ますためには、ふたつの方法しかありません。

人間の涙を口から吸収するか、深く長い眠りについて疑似的な死を受け入れるか。

美紗は自らの涙を提供することを申し出ましたが、冬馬にはあっさりと断られてしまいました。

涙を提供した人間の心は、その度に少しずつ消耗していくからです。

人間を犠牲にしながら生きてきた冬馬でしたが、初めて心から愛した美紗のことだけは傷つけたくありません。

冬馬は人間の寿命を遥かにこえるほどの眠りにつくことを選び、美紗は涙を溢さないようにその場を立ち去ります。

【結】吸涙鬼 のあらすじ④

生まれ変わった美紗

病院に戻った美紗が精密検査を受けると、 全ての数値が正常に回復していたために担当の先生は驚くばかりです。

2学期に美紗が学校に復学した時には、冬馬は転校という形で処理されていました。

変わり果てた美紗を見たクラスメイトは、「榊冬馬はバンパイア」「吉川美紗は血を吸われた」などと騒いでいます。

そんな周囲の雑音を気にすることなく、美紗は屋上庭園の管理に励む毎日です。

高校を卒業して国立大学へと進学した美紗は、植物生態学を専攻して園芸の世界へとのめり込んでいきました。

大学院まで進み一度は研究者への道も考えますが、 地元のガーデンデザイン会社に就職します。

美紗が薔薇をこよなく愛するひとりの育種家と知り合ったのは、25歳の夏のある日です。

2年間の交際期間の後に、小さな庭を見下ろす教会で結婚式を挙げます。

かつては20歳をこえて生きることはできないと言われていた美紗は、27歳になった自分自身が信じられません。

参列者の中に10年前と少しも変わっていない冬馬の姿を見ましたが、美紗が目に涙を浮かべた瞬間に消え去るのでした。

吸涙鬼 を読んだ読書感想

レンガ造りの古い校舎に博物館を兼ねた立派な図書館棟も用意されている、 ヒロインの芳川美紗が通っている学校の佇まいが美しさ溢れていました。

バーネットの「秘密の花園」を思わせるような屋上の庭園で、黙々と草花の世話をする美紗もかわいらしかったです。

突如としてやって来た転校生とのロマンスを描いた学園ドラマかと思いきや、ファンタジーへと突入していく後半の展開に引き込まれていきます。

榊冬馬もいかなる病も治す癒やす魔法使いではなく、迫害を受け続けて陰謀に巻き込まれてきたマイノリティとして描かれているので考えさせられました。

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