「ハンチバック」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|市川沙央

ハンチバック

著者:市川沙央 2023年6月に文藝春秋から出版

ハンチバックの主要登場人物

井沢釈華(いざわしゃか)
40代前半の女性。遺伝子異常により、筋肉が正常に成長しなかった。重度の身体障碍者。物語の語り手である〈私〉。

田中順(たなかじゅん)
34歳の男性。グループホームのスタッフ。身長155センチ。

須崎(すさき)
ベテランヘルパーの女性。

山之内(やまのうち)
56歳の男性。脊髄損傷で、グループホームに入居している。

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ハンチバック の簡単なあらすじ

〈私〉は遺伝子の異常により、筋肉が正常に育たず、呼吸も満足にできません。

四十歳をすぎたいまは、自身がオーナーであるグループホームで寝起きしています。

〈私〉は健常者の生活にあこがれ、妊娠と中絶を望んでいます。

出産と育児は不可能ですが、生殖器に問題はないので、妊娠と中絶はできるからです。

〈私〉は、グループホームで働く嫌味な男性スタッフに誘いをかけます……。

ハンチバック の起承転結

【起】ハンチバック のあらすじ①

グループホームでの暮らし

〈私〉は重度の身体障碍者です。

遺伝子の異常のせいで、筋肉が正常に発達しませんでした。

背筋は曲がり、自力で肺呼吸ができず、歩くのにもかなり神経を使います。

年はもう四十歳をすぎています。

亡くなった両親は〈私〉のために、グループホームと、いくつかの不動産を残してくれました。

いま、〈私〉は、そのグループホームの一部屋に自ら入居し、ホームとその他の不動産からあがる家賃収入で、経済的には問題のない生活をしています。

一方で、〈私〉は、ネットの情報をもとに、ハプニングバーの紹介などの卑猥なコタツ記事を書いて業者に納入したり、大学の通信課程で勉強したりしています。

さて〈私〉は、昼食については、ホームの二階にある食堂でとることにしています。

そこは、小さいながらも、入居者の障碍者やヘルパーさんたちと交わる、〈私〉にとっての「社会」です。

また、〈私〉は考えています、自分の生殖機能は正常なのだから、出産と育児は無理としても、妊娠と中絶は可能だ、と。

〈私〉は、妊娠と中絶を行いたい、という思いを胸に抱いています。

【承】ハンチバック のあらすじ②

介護を受けつつ

昼食後、自室にもどって、〈私〉は本を読みます。

紙の本を読むことは、〈私〉の体にとっては負担です。

書店へ本を買いに行き、自由に動かせる手で本を持ち、読書の姿勢を保ち、ページをめくって、どちらにでも自由に向けられる目で本を読む——そういった、健常者にとっては少しも負担ではない読書というものを、〈私〉は憎んでいます。

さらには、自分たちが持っている特権に気づかない「本好き」の人たちの傲慢さを、〈私〉は憎んでいます。

一方〈私〉は、普通の子供たちが大人になって、普通に生活し、子をなしていることにあこがれて、少しでも追いつきたいと思っています。

さて、ある日のこと、当番のヘルパーである男性の田中さんから、苦情を言われました。

VRゴーグルを〈私〉が寄付すると発言したら、ケアマネージャーが田中さんをその担当者にしようとしたそうです。

それで田中さんは迷惑していると言うのです。

〈私〉は寄付の件をとりさげ、田中さんに謝りますが、内心では腹を立てたのでした。

しばらくして、ケアマネージャーから、電話がきました。

いつも〈私〉の入浴の面倒をみてくれている女性スタッフたちが、コロナのせいで、〈私〉のところへ行けなくなったというのです。

女性による入浴介護は、〈私〉の両親がこだわっていたことで、〈私〉自身はそれほどとは思っていません。

結局〈私〉は、男性の田中さんでもOKと返事したのでした。

【転】ハンチバック のあらすじ③

セックス

翌日やってきた田中さんが、〈私〉の入浴介護をしてくれました。

奇形の裸体には何の興味もない、というそぶりで、機械的に体を洗ってくれました。

入浴が終わると、田中さんが、〈私〉のツイッターのアカウントのことにふれました。

「紗花というのは、あんたのアカウントだろう」と指摘したのです。

〈私〉は紗花とBuddhaの名前で、ネット上に卑猥なツイートや文章を発表していました。

田中さんはそれらを読んでおり、〈私〉の欲望を知っていたのでした。

田中さんは「精子をやってもいい」と言い、代価として一億円を要求します。

〈私〉は彼の身長155センチと同じ、1億5500万円の小切手を切りました。

仕事が終わってから戻ってきた田中さんと、〈私〉はセックスしました。

〈私〉が嫌いだとわかっている「おいで」という言葉を、彼はあえて使います。

セックスが終わると、〈私〉は精子を飲みたいと伝えます。

〈私〉はフェラしました。

田中さんは〈私〉の髪をつかんで、乱暴に首を前後させました。

田中さんは〈私〉を見くだしていました。

やがて〈私〉の口のなかに射精すると、田中さんは部屋を出ていきました。

〈私〉は自力で口のなかの精液を飲み込むことができません。

痰の吸引機を使い、苦労してそれを吸引したのでした。

【結】ハンチバック のあらすじ④

その後のこと

田中さんとセックスした翌日から、〈私〉は発熱し、結局は入院しました。

病名は誤嚥性肺炎です。

無理にフェラしたのが原因のようです。

ケアマネージャーやスタッフが見舞いに来てくれました。

田中さんも来ました。

田中さんには「死にかけてまですることかよ」と言われました。

その後すぐに、田中さんは退職していきました。

1億5500万円の小切手は、〈私〉の部屋の引き出しに眠ったままです。

入院は続きます。

使わない筋肉はすぐに衰えて復活しないので、〈私〉は無理をしても起き上がって食事をとります。

読書も、姿勢が辛いのですが、続けます。

さまざまなことを思い出して、〈私〉は自分が聖人でないことを自覚するのでした。

さて一方で、紗花という〈私〉がいます。

紗花は風俗嬢です。

大学生なのにホストに狂い、学費を捻出するために風俗嬢をしています。

好きなホストの彼を思う一方で、客のテクニックに悶えます。

紗花である〈私〉は、兄のことを思い出します。

昔、兄が殺した女のことも思い出し、その女が死ぬ間際まで夢見ていたもののことを考えます。

〈私〉は、崩壊していく家族のなかで正気を保つため、ひとつの物語をつむぎ続けるのです。

ハンチバック を読んだ読書感想

第128回文学界新人賞を受賞し、その後、第169回芥川賞を受賞した作品です。

生きていくのがやっとの身体障碍者が、健常者に対して憎しみと同時にあこがれを抱き、妊娠と中絶を経験したいと願います。

その感情のドロドロ感がなんともすさまじいです。

「弱い立場の人には親切にしましょうね」といったきれいごとの対極に位置するような、醜悪さが、生々しく描かれています。

そして、その醜悪さが、読んでいるこちらの胸をゆさぶるのです。

すごい小説を読んだ、というのが正直な読後感でした。

ちなみに、ラストに添えられた、風俗嬢・紗花のエピソードは、「胡蝶の夢」かな、と私は思いました。

つまり、障碍者・釈華の物語は、風俗嬢・紗花のつむいだ物語かもしれませんし、逆に、風俗嬢・紗花の物語のほうが、障碍者・釈華がつむいだ物語かもしれないのです。

あえて、あやふやにして、どちらとでもとれるように書かれているところに、独特の雰囲気を感じたものでした。

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