著者:寺地はるな 2020年7月に祥伝社から出版
やわらかい砂のうえの主要登場人物
駒田万智子(こまだまちこ)
本多税理事務所の所員。物語の語り手である〈わたし〉。二十四歳。
本多善彦(ほんだよしひこ)
本多税理事務所の税理士。七十四歳。
円城寺了子(えんじょうじりょうこ)
オーダーメイドのドレスを作る会社「クチュリエール・ヤルクル」の経営者。七十代くらいに見える。
菊田(きくた)
万智子の友人。高校の同級生。万智子は「菊ちゃん」と呼ぶ。
早田遠矢(はやたとおや)
結婚式場「Eternity」の従業員。二十七歳。
やわらかい砂のうえ の簡単なあらすじ
駒田万智子は、税理士をめざして、大阪の税理士事務所で働いています。
彼女は、ふとしたきっかけで、オーダーメイドのドレスを作る会社でアルバイトをすることになりました。
ドレスを作る経営者の円城寺了子と、その友人たちにかわいがられるうちに、万智子はしだいに自分の生き方に自信を持つことを学んでいくのでした……。
やわらかい砂のうえ の起承転結
【起】やわらかい砂のうえ のあらすじ①
駒田万智子は二十四歳。
商業高校を出て、いまは税理士の勉強のため、大阪の本多税理士事務所で働いています。
恋人はいたことがありません。
男性に対して怖さを感じています。
あるとき、ふとした縁で、本多税理士事務所の顧客である、円城寺了子の会社にも、アルバイトにいくことになりました。
そこはオーダーメイドのドレスを作る会社ですが、デザインから縫製まで、了子がほぼひとりでやっているところです。
万智子の仕事は、伝票や郵便物を整理して、了子をサポートすることです。
さて、了子のところでドレスを作る客は、買い取る以外に、作ってもらって、借りて、返却、という人もいます。
返却されたドレスは、まとめて結婚式場で買い取ってもらいます。
ある日、結婚式場のEternityから、早田という男性が、ドレスを引きとりにきました。
早田は、女だからといって一方的に守られる側にいるのは嫌だ、という万智子の思いを、きちんと受け止めてくれます。
彼はイケメンではないけれど、とてもきれいな人だと、万智子は思います。
ところが、早田の左手の薬指には指輪があるではありませんか。
既婚者を好きになってはいけない、と万智子は思うのですが、ついつい彼のことを見てしまいます。
了子はそんな万智子の気持ちに気づいています。
ある日、また早田が了子の会社にやってきました。
そこで彼の左手の指輪が、お客の女性を遠ざけるためのカモフラージュであったことがわかり、万智子はホッとするのでした。
【承】やわらかい砂のうえ のあらすじ②
了子の友人で、美人の美華さんが、デートに備えて、万智子にメイクの講習をしてくれることになりました。
万智子は、「化粧できれいになるのは姑息なことをしているような気になる」と話します。
美華は、化粧はそれぞれの人の顔のパーツの、それぞれの良さを引き立てることしかできない、と言います。
美華は万智子に指輪をプレゼントしてくれて、「その指輪を見るたびに自分に、自信を持つぞ、と言いきかせなさい」と言うのでした。
万智子は早田とデートします。
うれしい一方で、彼の「かわいいのにもったいない」とか、「控えめなところがすごくいい」という言葉にひっかかりを覚えます。
その後のデートでもなんとなくモヤモヤしたものを感じますが、早田に嫌われたくなくて、口に出せません。
また、口に出せないということのために、さらにモヤモヤします。
デートの帰りに、了子の友人のひとり、冬さんに会いました。
高級なスーパーで買い物をしていました。
万智子は冬さんに、早田のことを話します。
「なにもかも正直に言えばいいというものではない」と返されました。
その後、万智子は誘われて、冬さんの住む高層階のマンションにお邪魔することになりました。
【転】やわらかい砂のうえ のあらすじ③
冬さんの部屋で、早田のことなど相談するうちに、本多先生のお母さんの話になりました。
お母さんが入院中で、余命いくらもないため、遺体に着せるドレスを作ってほしいという依頼を、先生の娘のみつこが、了子にしたそうです。
それはひどい話なのだ、と冬さんは言います。
かつて、了子と本多先生は結婚しようとして、お母さんに反対されたために別れたのですから。
話をしているうちに、冬さんの彼氏らしい男性が、部屋を訪れました。
万智子はその男をなんとなく気に入らないのでした。
後日、万智子の友だちの菊ちゃんが、妻子ある男性の子を身ごもった、ということを知ったときや、早田の姉が離婚しようとしている、という話を聞いたとき、万智子は自分が正しいと思う考えを相手に押しつけてしまうのでした。
また、了子と美華との食事会で、万智子は、冬さんの男性関係について許せない気持ちになります。
すると美華から、「あんたが正しいことをするのは勝手だが、それを他人に押しつけてはいけない」とさとされるのでした。
やがて了子は本多先生のお母さんのドレスを作ることになり、病院へ行きます。
万智子もついていきます。
冬さんも、美華も、「友達だから」とやってきました。
ふたりが来て落ち着きを取り戻した了子は、病室に入り、無事にお母さんの採寸を行なったのでした。
【結】やわらかい砂のうえ のあらすじ④
本多先生のお母さんが亡くなりました。
斎場で、みつこがドレスの作成を了子に依頼したわけを知ります。
本当はお母さんが了子に会っておわびしたかったのですが、了子が拒んだため、ドレス作成を依頼したのだということです。
万智子は、許してもらって心安らかにあの世へ旅立とうというのは違うと思うのですが、口には出しませんでした。
しばらくして、万智子は早田と別れました。
彼の好きなタイプの女の子になるために無理するより、自分が自分のままであることを選んだ結果でした。
さて、後日、菊ちゃんが故郷での同窓会に出るのを知って、万智子も参加することにします。
かつて万智子は、菊ちゃんが妻子ある男性の子を身ごもったことを許せない気持ちでした。
いまは、友達のためにできることをしたい、という気持ちに変わっています。
同窓会の席で、かつてのグループの友人たちから、菊ちゃんが責められるのを見て、万智子は立ちあがります。
「大丈夫だから」と高らかに宣言し、ふたりで退場したのでした。
さらに後日、美華が海外の彼と結婚するためにハノイへ向かうことになり、お別れ会が開かれました。
その場所の近くで、万智子は早田と会いました。
いまでは、早田がかっこいい人ではなく、かっこいい自分だけを見せようとしていた人だとわかっています。
万智子は、お互いのかっこよくないところを見せあう関係になれたらいいな、と思います。
それはもしかしたら恋愛関係ではないかもしれません。
でもともかく、万智子はまた早田と会うようになったのでした。
やわらかい砂のうえ を読んだ読書感想
一読して、とてもやわらかな雰囲気の作品だと感じました。
文章を読んでいるだけでも、そのやわらかさを感じます。
また、登場人物に対する著者の姿勢も、そのやわらかさをかもしだす要因になっているような気がします。
というのも、登場人物に対して筆者が注ぐ視線が、やさしいと感じられるのです。
たとえば、主人公の万智子は、友人の不倫に対し、許せない気がして拒絶します。
逆に、新しく友だちになった大人の婦人の恋愛に対しては、ぎりぎり許せる、と思います。
彼女は他人を断罪するような子なのです。
しかし、そんな主人公を、筆者は断罪しようとはしません。
徐々に成長していく様子を、ゆっくりと、ゆっくりと描いていくのです。
なんてやわらかくて、心温まる作品だろう、と感じたものでした。
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