著者:浜風帆 2021年7月に文芸社から出版
親子マンタふわりの主要登場人物
神谷育海(かみやいくみ)
ヒロイン。中学1年生で部活は水泳部。競泳よりものんびり泳ぐのが好き。
神谷澪(かみやみお)
育海の母で故人。生前は旅行によく行き海洋生物にも詳しかった。
神谷拓海(かみやたくみ)
育海の父。空間演出を請け負っている。ワーカホリックで家庭を省みない。
大石夏帆(おおいしかほ)
澪の妹。手料理で義兄とめいの健康に気を配る。
北川蒼真(きたがわそうま)
拓海の部下。斬新なアイデアで会議を盛り上げる。
親子マンタふわり の簡単なあらすじ
13歳になった神谷育海は突如として母親・澪との死別を経験して、仕事ひと筋の父・拓海と触れあう時間がありません。
幼い頃に澪と旅をした南の島まで足を運んで、現地で彼女が大好きだったマンタを見ることを計画し始めます。
多忙な拓海のスケジュールに振り回されながらも、ようやく現地にたどり着いた育海は新婚当時の睦まじい両親の逸話を知るのでした。
親子マンタふわり の起承転結
【起】親子マンタふわり のあらすじ①
神谷育海が地元の中学校に入った矢先に、母親の澪が心臓発作を起こして亡くなりました。
四十九日も過ぎて普段の生活に戻った育海でしたが、授業中や休み時間には余計なことばかりを考えてしまいます。
水泳部の練習にも参加しているのは潜っている時だけは気が楽になるからで、試合に出場することが目標ではありません。
自宅に帰ると夏帆叔母さんが夕食を作り置きしてくれていましたが、父親の拓海は残業があるために今夜も遅くなるでしょう。
きれいな海と珍しい生き物が好きだった澪、特にお気に入りだったのがオニイトマキエイ、翼を広げたような体形で通称はマンタ。
沖縄県の離島まで家族旅行をしたのは大切な思い出でしたが、マンタに会えなかったのが心残りです。
工作が得意な育海は要らなくなった段ボール箱をカッターで解体して切り抜き、接着剤で貼り合わせて絵の具で色を付けました。
仏壇の前には澪の遺影が飾ってあるので、完成したマンタをお供えしてから両手を合わせます。
【承】親子マンタふわり のあらすじ②
天井に取り付けられたのは魚のオブジェ、スピーカーから聞こえてくるのはイルカの鳴き声、プロジェクターから映し出されるのは波の映像… 拓海がいま手掛けているのはマリンスポーツ用品の特設会場で、来場者は海の中にいるかのように錯覚してしまうでしょう。
インターネットのサイトや新聞の記事で取り上げられてからは特に立て込んでいるために、ここ数日はろくに娘の顔を見ていません。
いつものように日付けが変わる頃にタクシーで帰宅すると、育海はすでに寝室に引っ込んでいましたが義理の妹である大石夏帆が起きて待っていてくれました。
今夜のメニューはハンバーグ、お皿の横には旅行雑誌と「神谷」の三文判、育海の名義で作っておいた銀行の預金通帳も。
夏帆の話ではひとりで石垣島に行くために貯金をおろして、新宿や渋谷の旅行代理店を回っているところを保護されたそうです。
扉をノックしてから夏帆と一緒に部屋に入って、布団にくるまっている育海に声を掛けました。
今でも澪が胸の中にいるという我が子のために、今度こそ本当にふたりでマンタを見に行くことを約束します。
【転】親子マンタふわり のあらすじ③
これまでも予定を直前になってキャンセルにされた経験が数多くある育海は、拓海の口約束だけでは信用できません。
直接会社の人と交渉して融通をきかせてもらうために、小田急線に乗って高層ビル街にある商業施設に向かいました。
「空間企画社コスモ」のオフィスは16階にテナントとして入っていますが、受け付けで入館証をもらう必要があります。
立ち往生をしていた育海に声をかけてくれたのが、拓海の下で働いていて神谷家にも企画書や設計図を届けに来たことがある北川蒼真です。
ピンクのシュノーケルに最新タイプの水中マスク、マンタのアップリケがウェットスーツまで。
オリジナルグッズの販売ブースまで案内してくれた北川は、今回のプレゼンが無事に終わったら拓海が休暇届けを提出することを教えてくれました。
すっかり安心した育海は飛行機や宿泊場所の手配を済ませましたが、出発前日の夜になって建て付け工事の遅れが発生したために拓海はイベント会場から離れる訳にはいきません。
【結】親子マンタふわり のあらすじ④
羽田空港のロビーにひとりでキャリーバッグを引きずりながらやってきた育海は、沖縄石垣空港行きの51便の搭乗手続きをしていました。
数日前から体調が悪くて昨夜は一睡もしていないこともあり、意識を失って医務室まで運ばれてしまいます。
設営を終えて空港まで駆け付けた拓海に説得されたこともあり、ひとまず旅行は中止にして自宅で安静にしているしかありません。
ツアーの予約を変更した育海たちがようやく石垣島の砂浜を踏みしめたのは、それから1カ月後のことです。
泊まるのは豪華なホテルではなく海辺の素朴な民宿、出迎えてくれたのは中年の夫婦。
ふたりが育海にそっと差し出したのは、若き日の拓海と澪が寄り添いながら笑っている1枚の色あせた写真です。
裏には懐かしい澪の字で、「絶対、一緒にまた来ようね」とメッセージが書き込まれています。
マンタが生息する最高のポイントを知っているという主人の言葉を聞いた育海は、写真をそっと胸にしまって勢いよく駆けだすのでした。
親子マンタふわり を読んだ読書感想
10代の半ばにして最愛の母親を亡くした主人公の神谷育海ですが、一見するとそれほど悲壮感は伝わってきません。
毎日元気に登校しては水泳部の練習にもキッチリと参加して、帰り道では友だちとアイスを買い食いするなどノンキなものです。
表向きは元気に振る舞って周囲を安心させようとする育海、そんな健気な娘から目を背けるかのように業務に没頭するお父さん。
空間演出家としては引く手あまたな拓海が、よりによってスポーツ用品メーカーから海中イメージを依頼されるのも運命的ですね。
紆余曲折の末にようやく向き合った親子が、悲しみを乗り越えて進んでいくようなラストに胸を打たれました。
コメント