著者:松尾スズキ 2010年1月に文藝春秋から出版
老人賭博の主要登場人物
金子堅三(かねこけんぞう)
主人公。針きゅう師の資格を持ちマッサージの心得もある。趣味はレンタルビデオ屋で借りた邦画を見ること。
海馬五郎(かいばごろう)
マイナーなホラーや人情劇を手掛ける脚本家。自分でコントロール出来ないことにお金を賭ける癖がある。
小関泰司(おぜきたいじ)
名脇役として親しまれてきた。78歳にして初の映画主演が決定。
ヤマザキ(やまざき)
小関の付き人。若い頃は舞台俳優に憧れていた。
いしかわ海(いしかわうみ)
アイドルから女優への転身を狙う。ボランティア精神が強い。
老人賭博 の簡単なあらすじ
勤め先にマッサージを受けにきた海馬五郎に、多額の負債を抱えている金子堅三は弟子にしてほしいと頼み込みます。
映画業界にコネを作るために九州まで付き添い何くれとなく世話を焼きますが、撮影中にも関わらず海馬はギャンブルに夢中です。
共演者の小関泰司とヤマザキの強固な師弟愛を目の当たりにした金子は、海馬とたもとを分かちひとりで東京に帰るのでした。
老人賭博 の起承転結
【起】老人賭博 のあらすじ①
戸越銀座の小さな整骨院で1日12時間の勤務をこなしている金子堅三でしたが、消費者金融から借りている200万円近くを返済できる見通しは立っていません。
ある時に客として来店してきたのが海馬五郎で、施術中にアシスタントを探していると打ち明けられます。
20歳以上も年配かと思われますが「金子先生」と敬意を払ってくれていて、彼がシナリオを書いた「ゾンビは歌う」は特にお気に入りの1本です。
前々から映画の現場に関わってみたかった金子、体全体に疲労が蓄積されているために専属のマッサージ師を探していた海馬。
利害関係が一致したふたりはこの日から師匠と弟子という間柄になりましたが、相変わらず海馬からは「先生」と呼ばれていました。
金子の方は海馬のことを「センセイ」と敬いつつ、1週間後に北九州の白崎でクランクインする映画の撮影に同行します。
赤い表紙の台本には主演俳優の小関泰司の名前が書かれていて、定年間際の刑事や学校の用務員などの役で有名です。
【承】老人賭博 のあらすじ②
タイトルは「黄昏の町でいつか」、舞台となるのは地方のシャッター商店街、テーマは孤独な高齢男性とネットカフェ難民の少女との交流。
ヒロインを演じるのはいしかわ海で週刊誌で披露した水着グラビアが有名ですが、演技力の方は検討も付きません。
現地に到着して早々にどしゃ降りの雨に見舞われたために、出演者は全員がホテルで待機していました。
バーで飲んでいた海馬は店内の棚でトランプを見つけた途端に、一般の宿泊客や地元の暇人を巻き込んでポーカーに興じています。
ひと晩で2万円近く損をした海馬でしたが、トトカルチョで取り返すとまるで懲りていません。
対象となるのは小関がカラオケボックスで歌をうたうシーンで、NGを出すか出さないかでそれぞれ1万円を賭けます。
アップテンポな洋楽のナンバーですが小関は見事に1発で監督からOKをもらい、海馬の負けは増えていく一方です。
金子が気になっていたのは小関の側に寄り添っている黒いスーツの大男で、楽屋であいさつを交わしましたが「ヤマザキ」としか名乗りません。
【転】老人賭博 のあらすじ③
3年前に小関が妻と死別した聞いた海馬は、これまでの負けた分を取り戻すために良からぬことを計画していました。
直前になって小関のセリフだけ書き直したり、金子からマッサージを教わったいしかわをけしかけて小関の足を引っ張るつもりです。
家族や恋人から虐待を受けている女性たちのためのシェルターを設立したいという彼女も、とにかくお金が必要なのは変わりません。
映画の最大の山場はクレーンカメラを使った長回しのシーンで、小関がどれだけいい芝居をしても共演者が失敗したら最初から撮り直さなければなりません。
「老人賭博」のことは共演者だけでなくプロデューサーやスタッフにまで14名に広まっていて、レートも1口10万円で釣り上がっていきます。
本番1発クリアはA、NG1から3回はB、4から6まではC、7から9はD、10回以上はE。
海馬はいちばん人気のBを選んだために、当たる確率は高いですが取り分はそれほど多くはないでしょう。
Eを選択したいしかわが万が一にも勝つようなことがあれば、140万円を独り占めにできます。
【結】老人賭博 のあらすじ④
白崎に来て以来最高の晴天となった当日、誰もが目をギラギラと光らせながらモニターを見つめていました。
1テイク、2テイク、3テイク… 昨夜遅くにいしかわの部屋に招かれてマッサージとその他のサービスで骨抜きにされた小関は、みるみるうちにイージーミスを重ねていきます。
そんな最中に小関に平手打ちを食らわせたのは、いつもは寡黙で感情を露にしないヤマザキです。
俳優に憧れながら芽が出なかったこと、30年以上も雑用をこなして付いてきたこと、大勢のライバルを蹴落としてこの場に立っていること。
ふたりが築き上げてきた絆に圧倒された海馬と金子は、自分たちの師弟関係をあっさりと解消します。
肝心の撮影の方は酔っ払った女が乱入してきたために中止となり、みんなから徴収していた掛け金を返却するのは金子の役目です。
ひとりで小倉駅から新幹線に乗り込んだ金子は以前として100万円ほどのマイナスを背負っていましたが、自分がコメディー映画のワンシーンにいるような気がして不思議と笑みがこぼれてくるのでした。
老人賭博 を読んだ読書感想
カーテンで仕切られた1畳もない個室ルームで、1日の半分をガチガチに固まった他人の背中をもみほぐすことに費やす金子堅三が主人公です。
ありとあらゆる感情を捨てさって肉体の限界まで勤務する姿は、マッサージマシンにしか見えません。
心身ともに疲れ果てたさえない青年が、華やかな映画の世界に憧れてしまうのも無理はありませんね。
そんな金子を暗い密室から連れ出してくれるのは、著者自身を投影したかのような何とも怪しげな海馬五郎。
撮影現場で暇潰しに先輩俳優の演技をネタにお金を賭けてしまう、悪趣味なエピソードに想像力を膨らませてしまいました。
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