「家の中で迷子」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|坂口恭平

家の中で迷子

著者:坂口恭平 2018年6月に新潮社から出版

家の中で迷子の主要登場人物

ぼく(ぼく)
物語の語り手。電報局で働く父と常識人の母に育てられる。忘れっぽく深く物事を考えない。

トクマツ(とくまつ)
案内人。かなりの高齢だが歩くのは早く知識も豊富。

アゲハ(あげは)
ぼくとは同年代。会話にハンデがあり手のひらと指でコミュニケーションを取る。

ハジ(はじ)
市場の路地裏でコンパスを作って売る。職人かたぎで作品にクレームを付けられるのが嫌い。

イシ(いし)
船のオーナー。屈強な体格だが化粧をして女言葉を使う。

家の中で迷子 の簡単なあらすじ

自宅にいたはずの「ぼく」は、いつの間にやら見たこともないような奇妙な世界へと迷い込んでいきます。

物知りな高齢男性・トクマツや指文字で対話をする若い女性のアゲハ、コンパスの製作に情熱を注ぐハジに船上で暮らしている・イシ。

個性的で忘れられない人たちとつかの間の交流を深めて、さまざまな体験をしながら帰宅するのでした。

家の中で迷子 の起承転結

【起】家の中で迷子 のあらすじ①

始まりも終わりもない偶然の建物

目覚めると身近にある筆記用具、書物、机、イス、たばこは確かにぼくの物でしたが、壁や天井は明らかにいつもの部屋とは違った様子です。

空中に浮いたような感覚に襲われると、足元は落ち葉に覆われていて周りには植物が生い茂っていました。

茂みの中から現れたのはトクマツと名乗るシワだらけの老人で、広大な森の中を迷いもせずに突き進んでいきます。

トクマツが言うにはこれから起こることは全てが「偶然」で、一瞬で立ち上がる大きな建物のようなものです。

その建物の中は無数の廊下で分かれていて、どの道も自由に歩くことができて始まりも終わりもありません。

どうすれば帰ることができるのかトクマツに聞いてみると、何事にも抗わないことだそうです。

大きな松の木の下まで連れてくるのがトクマツの仕事で、これから先は1人で行かなければなりません。

別れ際に小さな紙の包みに入った万能薬を渡してくれたために、眠れなくなったり体調が悪くなった時も安心でしょう。

【承】家の中で迷子 のあらすじ②

コンパスに選ばれた彼女との触れ合い

松の木の根っこの奥をのぞき込んでみると湧き水が次々と流れ出る音だけが聞こえてきて、中は真っ暗で何も見えません。

不意に視界に入ってきたのは白い肌と細く柔らかい手の指の感触で、そこにいたのはぼくと同い年くらいの女性です。

女性は言葉を発することが不可能なために、指をつかって背中に「アゲハ」と自分の名前を書いて教えてくれました。

ふたりで朝の市場を行き交う人混みの中を抜けて、2軒の家屋に挟まれたコンパス屋にたどり着きます。

店主のハジが言うにはここでは誰も自分がどこにいるのか分からないために、食べ物よりもコンパスの方が価値があるそうです。

たくさんの商品や廃品が並んでいる中で、アゲハは1番上の棚の端に置いてある小さなコンパスを手に取りました。

ハジのコンパスは売りものですが、ひとつひとつに意思が込められていて持ち主を選びます。

アゲハが触れた途端にコンパスの弦が美しいメロディーを奏で始めたため、ハジは無料で譲ってくれるようです。

【転】家の中で迷子 のあらすじ③

船の団地でもらった珍しいネズミ

アゲハがもらったコンパスは物理的にあり得ない方角を指し示していて、その先にはどこまでも海が広がっていました。

沖合いにはたくさんの船が停泊していて、海の上で団地のような集落を形成しています。

船と船のあいだには細長い流木を横たえただけの橋が架かっていて、番地まで設定されているために伝書バトを飛ばして手紙のやり取りも可能です。

中でも特に目立つのは丸太を彫っただけの船体を赤くペイントした船で、かなりの年代物ですが壊れている様子はありません。

かじを取っているのはみんなからイシと呼ばれている男性で、カラフルな貝殻や動物の骨を配っていました。

ぼくがイシから手渡されたのは、全身がフサフサとした真っ白な毛で覆われているフナネズミという種類です。

手のひらの上に乗せるとすっかり落ち着いたようで、胸元のポケットの中に入れてやるとピクリともしません。

イシの船は突然に大広間のような場所に乗り上げて、部屋の中には勢いよく風と水が流れ込んでいます。

【結】家の中で迷子 のあらすじ④

おうちへ帰ろう

ぼくの体は濁流のど真ん中へと飲み込まれていきましたが、不思議と恐怖感はありません。

真っ暗な中で目を閉じているのか開いているのか分かりませんが、アゲハの指先が描く「おかえり」の感触は確かです。

懐の中から飛び出したフナネズミは茂みの奥にそびえ立つ、干からびた葉っぱのない巨大な松の木を登り始めます。

大きな幹のコブに足を引っ掛けながら何とかぼくもてっぺんまで追い付いて、木の上から地平線へと沈んでいく夕日を眺めました。

4歳の頃に迷子になった福岡県天神の地下街、小学校の帰りによく立ち寄った野良猫の集会所、祖父の田舎にあった映画館。

幼い頃からいま現在までの思い出の場所が鮮やかに湧き上がり、大切な人たちの言葉によってぼくの胸の中は生きていることの実感でいっぱいです。

目を開けると家のカギや財布が散らばった自分の部屋にいて、黒松でできた机の引き出しの中を開けてみます。

奥にはいつか祖父からもらった小さな袋が入っていて、中を開けるとネズミの毛があって歌声が聞こえてくるのでした。

家の中で迷子 を読んだ読書感想

いつもの見慣れた家の中が気がついたら豊かな自然やノスタルジックな街並みへと早変わりしていく幻想的なオープニングです。

奇想天外なストーリー展開も、「建てない建築家」として有名な著者の想像力によってリアルに描かれていました。

ファンタジーのような風景の中にも、環境破壊やエネルギー問題への鋭いメッセージも込められています。

子どもの頃に父や母の手を握りしめて人混みの中を歩いているうちに、いつの間にかはぐれてしまった経験は誰しもがあるのではないでしょうか。

懐かしい記憶を振り返りつつも、誰しもが大人にならなければならない現実を突き付けられる切ないラストでした。

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