著者:吉田泰教 2020年5月にKADOKAWAから出版
凶血 公安調査官 霧坂美紅の主要登場人物
霧坂美紅(きりさかみく)
2010年現在29歳。公安調査庁調査第一部所属の実働部隊。元自衛官。
坂東正樹(ばんどうまさき)
2010年現在29歳。公安調査庁の主任。父がアイルランド系アメリカ人。国家公務員一種試験を合格した秀才。
中島千明(なかじまちあき)
警視庁捜査一課所属の警部補。既婚。
広川隆三郎(ひろかわりゅうざぶろう)
陸軍五一一部隊(細菌兵器開発部隊)に所属。終戦とともに部隊を消滅させられた。
遠藤昌子(えんどうまさこ)
女子大生。交通事故を起こしたのち、不審な死をとげる。
凶血 公安調査官 霧坂美紅 の簡単なあらすじ
世間をさわがせていた、連続老女殺害事件の犯人が逮捕されました。
犯人が被害者から奪った手紙に、旧陸軍が研究していたウィルスのことが書かれており、公安調査庁の霧坂美紅は調査に乗り出します。
一方、車で人を轢いてしまった女性が、異常な状態で死亡しました。
法医学教室から呼び出された中島千明刑事は、死体のあまりの異常さに驚きます。
この異常な死体が、やがて旧陸軍のウィルスと結びついていくのでした……。
凶血 公安調査官 霧坂美紅 の起承転結
【起】凶血 公安調査官 霧坂美紅 のあらすじ①
2010年8月、老女ばかりを狙った連続殺人犯、柴田が逮捕されました。
柴田は、最後の被害者から、一通の手紙を奪っていました。
旧陸軍で細菌兵器を研究していた広川隆三郎が、妻の初江にあてたものでした。
そこには、未知のウィルスのことが書かれていました。
公安調査庁の実働部隊である霧坂美紅は、内勤で天才的な頭脳を持つ坂東正樹の助けを借り、ウィルスの行方を追いはじめました。
やがて、広川たちの部隊にウィルスの培養を命令した軍部の木島に、息子がいたことがわかります。
木島の息子は、テロ宗教集団シャンバラの残党のひとりでした。
一方、警視庁の中島千明警部補は、法医学教室から呼び出しを受け、遠藤昌子の変死体に直面します。
昌子の死体は白変し、全身やけどでふくれあがっていました。
家族の話では、昌子は7月に車を運転していて、人を轢いていました。
ところが、轢いたはずの人は、いなくなっていたというのです。
当時同乗していた女性によると、被害者は白人男性でした。
また、被害者の男は、事故現場付近のコンビニに、月に二、三度、買い物に来ていたこともわかりました。
【承】凶血 公安調査官 霧坂美紅 のあらすじ②
調査を始めた美紅は、広川と同じ細菌研究部隊にいた、篠崎五郎から話を聞くことができました。
広川たちが培養を命じられたのは、ナチスドイツから入手した、変異型リッサウィルスでした。
それは、感染した人間のDNAを書き換え、不死身の怪物に変化させるウィルスでした。
感染者は肌が白色化し、目が青くなり、日光に当たると焼け死んでしまうのです。
当時、人体実験で怪物化した男は、脱走して行方知れずになっていました。
また、篠崎の話により、広川には妻のほかに愛人がいたこともわかりました。
美紅は、その愛人の福島澄子と、その息子の行方を追います。
息子は今では藤原の姓を名乗り、藤原崇となっていました。
美紅が藤原崇の家を訪ねていくと、彼の家は荒らされ、広川からの手紙は盗まれていました。
崇によると、手紙には、竜の伝説のことが書かれていたそうです。
美紅は公安部の後藤田とともに、遠藤昌子の変死体を調べている中島千明のもとを訪れました。
美紅たちは、千明のパソコンを没収し、事件のことを口外しないように、口止めしておきました。
美紅と坂東は、藤原崇から聞いた竜の伝説からヒントを得て、島根県の石見銀山の廃坑道にウィルスが隠されていると推理しました。
美紅が坑道をさぐっていくと、残念ながらすでに掘りおこされた跡がありました。
シャンバラの残党が、ウィルスを入手したようです。
【転】凶血 公安調査官 霧坂美紅 のあらすじ③
公安から口止めされた中島千明は、突然何者かに拉致・監禁されました。
犯人はボイスチェンジャーで声を変え、正体をわからないようにして、千明を拘束しています。
一方、ウィルスを先に盗られてしまったと気落ちする美紅のもとへ、坂東が出張してきました。
シャンバラが持っていったのはダミーであり、本物はまだ坑道内に隠されている、と坂東は考えたのです。
公安の後藤田は、捕らえたシャンバラの残党に自白剤を使い、情報を引き出しました。
そこへシャンバラの幹部が連絡してきて、捕らえた残党の引き渡しを求めました。
手に入れたウィルスを使った脅迫です。
後藤田は、自衛隊の岸川とともに、指定された場所におもむきます。
岸川は幹部を捕らえ、自白剤を使って情報を引き出したのち、射殺しました。
一方、美紅は、坂東とともに、昌子が轢いた男性に会いに行きます。
彼は、旧陸軍の細菌研究施設が行った人体実験により、怪物化した人間でした。
その男、南条は、ショットバーを営んでいました。
美紅と坂東は、南条から、過去の事情を聞き出した後、説得して、監視下におくことに同意させたのでした。
【結】凶血 公安調査官 霧坂美紅 のあらすじ④
美紅と後藤田は、石見銀山の坑道をさぐりました。
そして、地下の隠し場所を見つけ出しますが、本物のウィルスはすでに持ち去られていたのでした。
さらに、研究員たちの骨のうち、広川の骨だけが持ち去られていることもわかりました。
その後、新宿で、残忍な殺人事件が起こりました。
人間の力ではとうてい不可能な殺人です。
被害者は、十年前にひき逃げ事件を起こしていました。
そのひき逃げの被害者の生き残りが、坂東でした。
さまざまの状況証拠から、坂東が旧陸軍のウィルスを手に入れ、自らを怪物化させたのだと思われました。
美紅は坂東の家を訪れます。
坂東はすでに逃げ出しており、拉致されていた中島千明が見つかりました。
三日後に、第二の惨殺事件が起こりました。
坂東が、正義の味方気取りで、凶悪犯罪者を処刑したのです。
美紅は南条から、怪物はリッサウィルスに感染すると、三十分ほど動きが止まる、という情報を得ました。
リッサウィルスを準備した美紅に、坂東のほうからコンタクトしてきて、彼女を拉致します。
リッサウィルスを入れた注射器は取り上げられてしまいました。
坂東は美紅と無理やりディープキスして、ウィルスに感染させます。
が、同時に、坂東もリッサウィルスに感染したのです。
というのも、美紅はあらかじめ自分の体にリッサウィルスを注入していたからです。
坂東は動けなくなりました。
美紅は必死に外部と連絡を取るとともに、坂東の首をスコップで切断しようとします。
しかし、情に負け、手足を切断しただけでした。
坂東は、駆けつけた者たちに拘束されました。
ひと月後、ウィルス感染した美紅の体に、怪物化が始まりました。
しかし、美紅はリッサウィルスにあらかじめ感染していたため、十年間眠り続けることになるのでした。
凶血 公安調査官 霧坂美紅 を読んだ読書感想
ナチスが人体を怪物化させるウィルスを所持しており、それを旧陸軍が入手して培養し、人間兵器を作ろうとしていた、という荒唐無稽な仮定をもとに書かれた小説です。
角川ホラー文庫収録ですが、分類するなら、「怪奇SFサスペンス小説」といったところでしょうか。
次々と繰り出される謎と、その謎解きで、退屈するということがありません。
欲を言えば、荒唐無稽なストーリーを支えるための細部のリアリティを、もう少していねいに構築してほしかった、という気がします。
ただし、税抜き720円の文庫本で、ほんのひとときを、むつかしいことを言わず、楽しませてくれればそれでよい、と考える人にとっては、そんなのは問題にならないでしょう。
B級サスペンスと割り切れる人にとっては、読んで損のない小説かと思います。
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