朝。
俺とアキラはひとまず朝食の準備をすることにした。
朝食の準備といっても簡単な具材のサンドウィッチと昨日残ったポトフを温める作業なのだが、後ろをなぜかアキラがウロウロするもので妙に落ち着かない。
「アキラ、一体どうしたんだ?」
簡単な作業とは言えあまりにウロウロするもので思い切って尋ねてみた。
「いや、あの……」
もじもじとしてはっきりしないアキラ。
その目は焦点がまるであっておらず、両手も手ままごとを始める始末であった。
この反応に俺のほうが困ってしまった。
「別に座って待っていてくれていいんだぞ。そんな気もそぞろじゃ落ち着かないだろう」
「いやでも、なにか僕も手伝いたくて……」
蚊の鳴くようなその言葉に俺は嬉しくはなった。
正直心の中では小躍りをしたい気分ではあったものの、その一方で別にそこまで気を使わなくてもいいのにとも心の中では思っていた。
「気持ちはありがたいけど別に子供はそんなこと強いて気にしなくてもいいんだぞ」
「いやでも……!」
珍しくちょっと大きい声を出すアキラ。
あれから気持ちを出すようになったのは嬉しいことである。
だがそれにしても今日のアキラは妙に強情である。
これには俺のほうが先に根負けし、
「わかったよ、じゃあ飲み物が必要だからコップと牛乳を出してくれるか?」
そう言って牛乳とコップの場所を教えると、アキラはまるで犬のように飛び跳ねているのではないかという勢いでかけていった。
(ったく、随分出来た子供だなぁ)
だがそれもおそらく親が厳しかったことによる賜物であろうと考えると複雑な気持ちになった。
ひとまず、アキラに簡単であろう仕事を頼み再び朝食を用意する作業に取り掛かる。
(あとマヨネーズが必要だな)
と無意識のうちにそう考えていた時であった。
突如背後で乾いた音が響き渡った。
俺が振り向くとそこには一面真っ白になったテーブルと、その横で顔面蒼白でしゃがみこんでいるアキラの姿があった。
(ありゃりゃ、やっちまったか……)
別に現場を見ていたわけではなかったものの、その様子から何が起きたか一事が万事の状況を見て俺は思わず苦笑いをした。
「おおお、おじさん……」
「あちゃーこりゃ派手にやっちまったなぁ」
テーブルの上でこぼれ落ちるだけじゃまだ事足りずに、床にまでこぼれている牛乳を見て苦笑する俺だったが、なぜか顔面蒼白でしゃがみこんでいるアキラがちょっと心配になった。
「どうした?まさか怪我でも……」
そういってどっか切ってないか確かめようと手をのばした時である。
「ひぃっ!ごめんなさい……ごめんなさい。殴らないで……」
そういって頭を抱えるように小さい体を更に小さくするアキラに俺は面食らってしまう。
「あ、アキラ落ち着け、ちょっと怪我をしてないか確かめるだけだ」
落ち着けと言いながら一番落ち着いてないのは俺であった。
俺は恐る恐る刺激を与えないようアキラに近づきアキラの手を確かめるがひとまず怪我等はしていないようでひと安心する。
「怪我とかはしてないみたいだな。別に怒ったりしてないから、ほら俺の顔を見てみろ。これが怒った顔か?」
なんとかアキラを落ち着かせようと笑ってみせる。
アキラは俺の顔を一瞬腕の間からちらっと見るが、やはり一瞬ビクッと飛び跳ねるかと思うほどに驚いてその拍子に尻餅までつく始末である。
考えてみれば、俺の顔には大きなやけど跡があるのだ。
そんな顔が満面の笑みを目の前で浮かべていれば誰でも驚かぬものはおらぬであろう。
「あぁ、これはすまん……」
俺はなんか少し傷ついたが、とりあえず驚かせたのは申し訳なく思い右目を隠す。
「そんな……!」
そう言ってアキラは慌てて台所から台ふきを持ってきてテーブルの上を拭こうとするもので俺はその台ふきを受け取る。
「そう子供のうちから気に病むなって。ここは俺が片付けるからアキラは、着替えは――子供用のはないからあっちの部屋にあったストーブの前で服を乾かすといい。でないと風邪をひくぞ」
そう言って俺は追いやるようにアキラをストーブのある部屋に案内し、自分はこぼれた牛乳を片付ける。
「おじさん……どうもありがとう」
最初は申し訳なさそうにしていたアキラだったが、出て生き様頭を深々下げてお礼を言うもので俺はまたしても複雑な気持ちになる。
(6歳の頃ってのはもっと無邪気に生き生きしていていいもんだと思うが……まぁそういう家庭じゃ望むべくもないか)
そう考えつつテーブルの上は台ふきで、床は雑巾で拭いていく。
ひとまず一通り拭き終わったであろうかと言うときであった。廊下の向こう側の部屋からアキラの声が聞こえる。
「おじさんちょっとこっち来て!ほら見て!」
「おう、どうした。アキラ」
アキラのただ事ではない声にアキラの部屋へとドスドスと足音を立てつつ直行し、窓の外を凝視しているアキラが見ている方向に目をやると思わず体中をはねつかせて驚く。
「……警察!」
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