一方柚木家へと向かった巧。その柚木家の大きなドアをはめ込み式の木製のドアを叩く。
「おい!聖也!おじさん!いるか!」
そう叫びながら木製のドアを叩くがこのタイプのドアはガラスもはめ込んであるため非常に叩きにくく、僅かにドアがガシャガシャと揺れるだけで中に聞こえているのか皆目見当がつかない。
「入るぞ!」
業を煮やしてドアを横開きに開け放って中へと入っていく巧。家の中は不気味なほど静かで何者も立ち入るのを拒むような雰囲気で満ちていてさしもの巧も思わず足を止めるが、やはりここは進むしかない。そういって歩を進めようとした時である。
「あれ?たく兄?どしたの?」
家の奥から音もなく現れたTシャツに短パン姿の聖也。いつもどおりの童顔の顔に人懐っこい愛嬌ある表情である。
「っていうか何勝手に入ってんのさ。まぁ昔はよく勝手にお互い出入りしてたけどさぁ」
「あぁ、そうだったな。”お互いに”な」
お互いにというところを強調し告げる巧。静かな口調だがその言葉には怒気がこもっていた。
「なぁ聖也、覚えてるか?俺の家のことだ、昔はよくお互いの家に遊びに行ってたけどお互い親を通すのが面倒で鍵が壊れてた場所を教え合ったりしてたよな」
「あぁ、そうだったね。確かたく兄の家は二階の部屋の窓の鍵が壊れてたっけ」
言質が取れた、聖也はうちの家の壊れている鍵の場所を知っていたという巧の記憶は間違いではないことのなによりの裏付けであった。
「昨日俺の家に誰かが忍び込んだ」
「え!?そうなの?」
「あぁ、犯人は二階のその壊れた鍵の部屋から忍び込んで玄関から逃げた。そしてあの鍵について知ってたのは俺と母さんと美香、それにあと一人はお前だ聖也」
右手の人差し指で聖也を指し示す巧。聖也は一瞬何が言いたいのかがわからないといった表情で首などかしげていたが、十秒ほどしてようやく巧の言いたいことがわかったらしく目を見開く。
「え?まさか俺がたく兄のうちに忍び込んだって言いたいの?」
「違うか?」
「当たり前でしょ」
何を言うかと思えばと笑い出す聖也、だが巧は表情を緩めない。
「なるほど、あくまでとぼけるつもりだな?」
「そりゃそうだよ」
「それじゃ、聖也。お前が実際には美香のスマホを持っていることもとぼけるのか?」
これに関しては今のところ根拠のないことだったが、今度は聖也の表情が明らかに変わった。巧はこれ幸いと畳み掛ける。
「知ってるみたいだな」
「し、知らないって言ったろ!?」
そう声を上げるがその慌て具合がもう何よりの証拠となってしまっている聖也。が、この対峙する両者の対決の決着をつけたのはあまりに意外な人物であった。
「聖也、もう嘘をつくのはやめよう」
聖也が立っていた部屋の横合いから筋肉質な小男が出てくる。和也である。
「すまないたくちゃん、聖也も悪気があったわけではないんだ。許してやってくれ」
そう言って和也は後ろ手に持っていたスマホを取り出し、巧に渡す。もはやこれが誰のスマホなのかなどというのは聞くだけ野暮というものであろう。
聖也も観念するように座り込む。
「やっぱり聖也が持ってたのか」
「嘘をついてごめんたく兄。昨日たく兄からなりすましのこと聞いたとき、きっと誰かがお姉ちゃんのスマホからアクセスしたんだと思ったんだ。でもスマホはずっとこの家にあった、とすればまさかその犯人は親父とか俺の家族じゃないか。だとしたらたく兄に知られるより先に内々で見つけ出さないといけない。そう思って昨日は嘘をついちまった」
「……一応念のために昨日の十二時半くらいに何をしてたか言えるか?」
「それは俺が答えよう」
待ち構えてたかのように和也が答える。
「十二時半なら聖也は間違いなく俺と一緒にいた。二人で話しあってたんだ、このスマホについてうちの家族の誰も犯人じゃないって。これは本当だ」
和也は真正面から巧の目を見てそう答える。その和也の強い意志のこもった目を見ると巧はもうそれ以上は何も質問する気になれなかった。和也が嘘をついているような目には到底見えなかったのだ。
「たく兄こっちへ来てくれ。スマホは姉ちゃんの部屋にある」
「まさか、今もそのままにしてるのか?」
「あぁ、姉ちゃんがいた証拠、この家の中に残しときたくってな」
ひとまず聖也が犯人ではないことに安堵しつつまたしても捜査は振り出しに戻る形となってしまい同時に少しがっかりもしながら肩を落としながら家へと戻る帰路に着く巧。
(聖也は犯人じゃなかった。でも犯人はうちに入ることができた……一体なぜだ)
そう考えながら巧は柚木家で預かった美香のスマホのカバーをパカっと開いて電源ボタンを入れようとするが立ち上がる様子がない。どうやら充電が足りないようだ。
(スマホと一緒に充電器も借りてくるべきだったか)
などと考えているうちに家の前に到着すると、そこで巧の帰りを待っている健気な女性が立っていた。
「マヤちゃん……」
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