巧が次に気づいたとき、巧は征西神社にいた。あたりは一面真っ白で幾分か寒い。確か今日は七月だったはずなのだが……。
(……?)
どういうことかと不審に思いながら辺りを見回していると後ろから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい巧ー!」
(?)
声の主に違和感を感じながら振り向くと、そこに立っていたのはパンパンに厚着して首にはでっかい茶色のマフラーを巻いた美香であった。
「み、美香……!?」
一体これはどういうことなのか?と巧は首をかしげるが美香はそんな事情お構いなしにこちらを睨みつけた。
「何よその間抜けな表情。巧が聖也は抜きでここに来てくれって言うから来てやったってのに」
学校での優等生とはまるでかけ離れたくだけた性格の美香、そういえば美香は見知った人間の前ではこういう喋り方をする奴だった。
「用がないなら帰るわよ、寒いの嫌いだし」
「ま、待て!用ならある」
このまま行かれては困るのだ。そうだ、そういえば伝えたいことがあった。が、本人をいざ前にすると気恥ずかしく気後れをしてしまう。呼び止めたはいいもののその茶色いまっすぐな目に見つめられるとつい身をすくめてしまう巧。
「何?」
そういえば美香とは非常に長い付き合いだった。学校から入る前から数えて十数年になる。学校での美香はクラスの風紀委員にテニス部主将と優等生グループとなってしまったが、誰がなんと言おうと彼女は巧の幼馴染なのである。
「好きだ、美香!」
「へ?」
突然の告白に目を見開く美香。だが、そんなの構ってられるほど巧に余裕はない。
「ずっと、ずっと前から好きだったんだ美香。その、俺たち今年で卒業だけど、美香がよかったら卒業後も一緒にいないか?」
「……」
「だ、だめかな」
美香はやはり黙っている、表情も何分マフラーが顔をのした半分を覆っているためイマイチ読み取れない。ただただじっとこちらを見つめるその目に巧は不安になってくる。
「あの、美香ちゃん……?」
「うん、そうだね……」
そう言って美香は後ろを向いたため完全に顔が見えなくなった。
「たくちゃんはほんっとあたしがいないとダメだしね」
「んなっ!」
美香のあまりなその返答に腹が立って美香の腕をつかもうと近づこうとした時である、突如美香の方がこちらに抱きつき、巧のコートの胸元に顔をうずめる。
「み、美香……」
「ありがとねたくちゃん……」
そう言って美香はマフラーを下げ、顔をこちらに向けてくる。その満面の笑顔に巧も思わず笑顔になるのであった。
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「んんー……美香?」
あまりの胸元の息苦しさに思わず目を覚まし身を起こそうとしたとした巧。だが、体に何か乗っているかのように体が動かない。
(……あれ?今のは夢か、っていうか体が動かない、金縛りか?)
未だに夢の延長にでもいるかのように意識がはっきりとしない巧、だが目をこすろうとなんとか右手を動かした時である。
(金縛りなのに手は動くんだな)
と思わず思ったとき、視界の端で何か黒い影が動くのが見えた。巧は一気に目を覚ます。
「だ、誰だ!?」
巧が叫んだ次の瞬間体が軽くなり、体の自由が利くようになる。
(なるほど、さっき体が動かなかったのは誰かが俺の上に乗ってたからか)
寝起きにしては頭は働いていた、が体がついていくかというとそういうわけではなく黒い影を追おうとするにも暗闇の中走ったところで書棚の端に小指を思いっきり打ち付けて転んでしまう。
「あ、やべっ」
と思ったときにはもう遅い、次の瞬間には足先に激痛が走り次の一秒で巧は床を転げまわっていた。
だが痛みに転がりながらも巧は確かにそのとき下の階でガチャっと鍵を回す音がしたのを聞いていた。
(この音……鍵を開けて玄関から逃げたか?)
痛む足を引きずりながらもなんとか玄関までたどり着いた巧。だが時すでに遅く、犯人は田舎の闇の中へと消えていた。街灯の少ないこの村で犯人を今から追いかけたところで捕まえることなど出来はしないであろう。仕方なく諦め、玄関へと引き返す巧。
玄関をくぐると、物音を聞きつけてきたのか直美が不安そうな表情で出てきていた。
「た、たくちゃん今の音は何?泥棒?」
「泥棒……じゃないと思うんだけど誰か入ってきたみたいだ」
「誰かが……。警察に通報しようか?」
「いや、その必要はない。っていうか犯人に目星はついてるんだ」
「え!?」
そう、初歩で足を打ち付け転がっていた巧だったがその間にも気づいていたことがあった。
「お母さんこれを見て」
巧がそういって指し示すのは巧の部屋の南側の窓である。窓は開け放たれ、風が吹き込んでいた。おそらく夢の中が肌寒い冬に感じていたのはこれが原因だろう。
「窓が開いてる……ここから入ったってこと?」
この家にはいくつか部屋があり、その部屋には最低一箇所窓があるのだが、二階のこの一室――すなわち巧の自室だけは窓の鍵が壊れていて自由にではいりできるようになっている。少々無用心かもしれないが、田舎のセキュリティなどこんなもので母も以降に治そうとすることもなかったし鍵が壊れてこのかたここから泥棒が入ったことなどはなかった。
「でもこの窓の鍵が壊れてるのを知っていた人といえば私とたくちゃんと……それに美香ちゃんくらい?」
「いや、あともうひとりいる」
巧がそういって睨みつける先は壊れた窓の先の坂道の先にある大きい屋敷であった。
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