一年ほど前まで彼――山野巧には婚約者がいた。
柚木美香。巧とは同級生の幼馴染であり、聖也の姉でもある。
くりっとした栗色の瞳に赤いカチューシャをつけた長い黒髪をなびかせ所属していたテニス部では異性のみならず同性からのファンも多かった。
明るく活発な性格で学内での人気も高い一方、高校三年の冬に告白した時には驚きつつも、顔を真っ赤にさせて無言で頷くというなんとも愛嬌のある一面もあった彼女。
だが、そんな彼女は既にこの世にはいない。去年ふもとの街で大型トラックにはねられ亡くなったのだ。
あまりに突然の出来事、それに若すぎる死であった。
「おぉ、誰かと思えばたくちゃんじゃないか。よく帰ってきたな」
聖也の乱暴な運転に耐えた巧をまず歓迎してくれたのは聖也と美香の父・和也である。彼は背は低いが農家らしいガッシリとした体つきをしている。だが顔などはあれから随分疲れたようにも見える。それも無理もないことだろう。
「おばさんはまだ病院ですか?」
「え?あ、あぁ……」
和也の妻であり聖也と美香の母・春江は美香がいなくなって以来体を壊し入院をしている。今も戻ってきていないらしいのでかれこれ一年ほどは病院で暮らしていることとなる。
「しかしたく兄、今日はなんでわざわざ地元に戻ってきたんだ?しかも実家に帰るんじゃなくてまずうちに来るなんて……」
怪訝そうに聖也がそう尋ねる。それも無理もない、別に今日は美香の命日というわけでもないし、なにか大型の休日が取れるような時期というわけでもない。誰だって聖也のように感じるのは無理もないことだろう。
「あぁ、ちょっとこれを見てくれ。あ、おじさんもちょっと見てもらっていいですか?」
「え?俺もか?」
そう言って巧が指し示したのはスマホの画面である。その小さい画面を和也と聖也が覗き込む。
「これは一体……?」
和也は皆目見当がつかないようだったので聖也が少し説明を加える。
「これはTwitterっていうコミュニティサイトの画面だよ。親父のスマホにも一応入ってるだろ?」
「そうだったっけかぁ?俺あまり使わないからなぁ……」
そう言って苦笑いする和也を呆れ顔で見つめる聖也。そんな二人に巧は言葉を続ける。
「実はこのTwitterアカウントは美香が前使ってたものなんだ。俺も一応フォロワーになったままずっと放置していたんだけど一ヶ月くらい前からこのアカウントが更新されてることに気づいたんだ」
「え!?」
「?」
驚いた顔をする聖也とイマイチ要領を得ない顔をしている和也。
「なんなんだ?そのアカウントがこうしんってのは?」
「いや、だからねお父さん、そもそもアカウントっていうのは……」
そういって聖也が説明すること十分後、和也は目をカッと見開いて
「なんだと!!?」
と叫んだ。ようやく事情が飲み込めたようであるがどうも話が進まない。
「でもそれってどういうことだろう……。最近時々あるアカウント乗っ取りとかではないのかな?」
その場にいる全員が事情が飲み込めたところで聖也が少し意見を出すが、巧はその言葉に首を横に振る。
「それがどうも違うみたいなんだ。例えばこのつぶやきを見てみてくれ」
そう言って巧が見せたその美香のアカウントが投稿したつぶやきの一つ。そこには”久しぶりにこの場所にきました、子供の頃遊んで以来だけどやっぱきもちい━━━━!!”という文章とともに一枚の写真が投稿されている。
「あれ?この写真って……」
「あぁ、この写真を拡大したものがこれだ」
そう言って巧はその写真を拡大したものをアプリで聖也に見せた。聖也はしばらくその写真をまるで一つ一つ確認するかのようにじっと見ていたがそのうちガクガクと震えながら冷や汗を垂らす。
「間違いない……姉ちゃんとたく兄とよく遊んだ制西神社の裏からの光景だ」
「これだけじゃない。これも、これも、そしてこれもだ」
そう言って巧は次から次にその”美香”のアカウントの人物が投稿したつぶやきを見せる。その”美香”のアカウントの人物は明らかに生前の美香が実際に遊んだり行っていた場所を”懐かしい場所を巡ってきた”などと称して写真とともに投稿しているのである。
そして最後に投稿された場所に聖也は思わず声にならない悲鳴を上げる。
そこには”家の前から見た夕焼け!明日も頑張ろっと!”というつぶやきとともに柚木家の家から見た夕焼けの風景が投稿されていたのであった……。
「ななな、なんだよこれたく兄……」
震える手でスマホをテーブルに戻す聖也。だが、和也はイマイチやはりよくわかっていないらしくきょとんとした表情で
「何なんだ二人共。一体何をそんなに怖がっているんだ?」などと尋ねている。
「いや、だからね親父、こういう写真が投稿されているっていうのはな?」っとまたしても聖也がこんこんと説明すること十分後。
「んな!?それは本当なのか!?」っと和也もまた身を震わせ尋ねるのであった。
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