週末がくる。
志織は、赤いルージュをひく。
一時期は、山本と食事へ行った。
だが、仕事が落ち着いたらしい坂下から、メッセージが届くようになった。
サラも海外へ戻ったのだろう。
坂下の部屋に訪れるときは、かわいらしピンクのルージュだった。
しかし志織は印象を変えたかった。
サラを思うとセクシーな自分を演出したかった。
いつもなら使わない、真っ赤な色。
夜に訪れるワンピースも、スリットが入って足のラインがあらわになったものを選んだ。
坂下にみてもらいたい。若いだけが自分の武器だ。
志織は貞淑なイメージの自分から離れて、派手なかっこうとした。
サラにはおよばないが、大人っぽくなれるだろうか。
「井口さん、あれ……いつもと違う?」
「ちょっと、イメージかえてみたくて。似合いませんか?」
部屋につくと、坂下は志織の姿に驚いたように声をあげる。
志織だって、こんなに大胆な行動したことはない。
坂下にそっと抱きつく。
久々に彼の体温を感じて、そっと口づけを求める。
坂下から与えられる熱は、じりじりと志織を焼き尽くす。
彼と過ごすたびに、自分が変わっていくことに気がつかされる。
こんなに愛してくれるのは、彼だけなのだと思わされるのだ。
抱き合ってない時間は、お互い言葉は少なくなった。
会うと熱烈に求め合う。
だから、離れたら熱が冷めたように悲しくなる。
「井口さん、もう寝たほうがいいよ」
「坂下さん……このままがいいです」
彼の腕に抱かれ、眠る時間も惜しい。
このときだけは、全部を忘れられる。
今のつらい現実からも逃げられる。
マヒしたこころも、冷たくなった感情も熱を帯びる。
「また週末に会いたいです」
「うん、わかった」
坂下は優しい。
志織がお願いすれば、突き放さない。
志織は、また真っ赤なルージュをひいて彼に会いに行くのだ。
*****
「井口さん、最近つきあいが悪いよ」
「そんなことないよ」
一緒にランチをしている林美佳から、恨めしそうに言われてしまった。
志織は笑って首をふる。
「また倒れないか心配……ご飯は食べている?」
「うん」
一緒にランチをしているが、食べているのはサラダだけだった。
それも全部は食べられない。
食事をしても、のどに引っかかる感じがする。
心配してくれる美佳には悪いことをしている気がする。
でも、自分の気持ちは人には言えない。
志織は終わりがくる瞬間をなんとなく感じている。
例えば、真夏の太陽がじりじりと身を焦がすような熱さだったら。
今は夏が終わり、風向きが変わって穏やかになってきている。
しかし夕方になると、蝉しぐれが鳴き、夏の余韻を残しながらも、消えていく夏の気配。
彼と抱き合うのも、そう長くないとふと思った。
これは執着なのだろう。
でも、自分のこころが折れるのが先なのか……周囲から勘づかれるのが先なのか。
「もう、山本くんとも連絡とっているの?」
「うん、最近ちょっと忙しくて……」
「連絡してあげなよ、寂しそうだよ」
山本はいつでも連絡してきていいと言ってくれている。
志織が連絡しなければ、しつこく連絡をすることもない。
志織の歩調を尊重し、待っていてくれている。
そんな優しさがうれしい。
志織は坂下からのメッセージが入ったのを確認して、ランチの席から立った。
*****
「井口さん、少し眠った方がいい」
「でも……」
「最近、寝不足続きだから。俺もちょっと寝させて」
志織は坂下の腕の中にいる。
坂下と連日会っては、こんな会話をやりとりする。
彼に時間を与えたくない。
きっと時間があれば、サラと連絡をしてしまうから。
自分と一緒にいれば、連絡をすることもなくなるのだろうか。
志織にとっては最後の賭のようなものだ。
自分を差し出して、そして尽くして、坂下を奪いたい。
サラから奪いたい――――
「わかりました……」
もういい加減、山本には返事をしなければと思う。
だが、坂下と離れることができるのだろうか。
抱き合えば抱き合うほど、やはり離れられない気がした。
たとえ、坂下のこころが妻にあろうとも。
志織は眠気が襲ってきて、うとうとと眠ってしまった。
そして次の瞬間、目が覚めたときには坂下はいなかった。
「ん……、そう……それはよかった」
遠くから声が聞こえる。坂下が誰と話しているようだ。
志織はベッドから抜け出し、そっと坂下のいる部屋をのぞいた。
彼は笑顔で電話をしていた。
「こっちは元気だよ。え?うん、急には無理だよ。」
志織と会話をするときは、どこか距離感がある。
だが坂下とサラが話している姿をみると、とても親しい間柄だった。
気負う姿もなく、上司でもなく、ただの人間として彼が存在する。
何も装ってない坂下。
だったら、志織の好きになった坂下とはなんだったのだろう。
「ああ、愛しているよ。一番に……」
坂下は甘いセリフをささやく。
恋人とは違う、親愛の印の言葉だと思った。
志織と抱き合っても、決してくれない言葉。
好きだとは言っても、一番だとは言ってくれない。
こんなに身を捧げて、愛して、時間をかけても。
彼はきっと自分のものにはならないのだろうと、ぼんやり思った。
志織はベッドに戻り、着替えをして、部屋を出た
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