『体調が悪いみたいだけど、大丈夫?ゆっくり休んでね』
美佳からメッセージがきていた。
彼女は気を利かせてくれ、職場に報告してくれたが、応対してくれたのは山本だった。
美佳と山本は知り合いらしく、とても彼が心配していたことを教えてくれた。
次の日は、休みであり休日はゆっくり過ごした。
坂下からのメッセージがきたが、忙しいから無理だと断った。
今は距離を置きたい。
もし、会ってしまったらきっと同じことを繰り返してしまうから。
心が弱くて、彼を求めてしまう自分がいるのを知っているから。
志織は、会社でも自動販売機の前に行かなくなった。
そうすると、自然と坂下と距離をおくことができる。
「井口さん、週末あいていますか?」
「山本くん、どうしたの?」
「林さんからおすすめの店を紹介されたので、一緒にどうかと思いまして」
「もしかして、林さんからの指令?」
志織はクスリと笑った。
申し訳なさそうな顔を山本がしていたからだ。
「やっぱりわかりますか?」
「うん、なんとなく。じゃあ、断れないな」
「じゃあ、OKってことでいいですか?!」
うれしそうな顔をする山本。なんだか犬みたいな瞳で、笑みが深くなる。
「うん、林さんの見立てなら間違いないと思うし」
「林さんの知り合いがやっているカフェらしくて。オーガニックの野菜がおいしいらしいです。栄養が心配だからって、林さんに言われて」
「心配をかけちゃったからな。林さんにもお土産を買っていこう」
それからメッセージでデートの詳細を決めた。
デートの当日。
志織は気分がリフレッシュできた。
ドックランも近くにあるカフェで、都内からは少し離れた住宅街にあるカフェだった。
美佳の遠い親戚だというオーナーは優しく、来ているお客も顔なじみが多いみたいだった。
おいしいお野菜の食事に、優しい味のスープ。
そして風味のきいたスパイスで味付けられたチキン。
最後は、山本が大好きなチーズケーキだった。
ふわふわと甘く、ベリーのソースが口の中をさっぱりとしてくれる。
ずっと食事をまともにしていなかったので、心も体も元気になった気がした。
そして、山本は楽しい話題をふってくれた。
心から笑えた気がした。
「よかった、笑顔になって」
食事が終わり、食後の紅茶を飲みながらしみじみ山本がつぶやいた。
「わたし、笑顔じゃなかった?」
「いや、笑ってはいるけれど。なんだか、本心で笑えてないのかなって。つらいことがあったのかなって思っていました」
「つらいこと……」
まさか山本がそんなことを思っているなんて驚いた。
「もし気のせいだったら、すみません」
「ううん、ありがとう」
志織はあたたかい感情に包まれた。
ずっと冷え冷えとしたこころに支配されていた。
我慢しなければならない、尽くさなければならない。
自分のなかでのルールにがんじがらめになっていた。
少しだけでも、自分をゆるそう。
それから山本とこのカフェにくることを約束した。
すると、山本と週末過ごす時間が多くなってきた。
あくまで仲がいい友人として付き合っている。
だが、志織は山本の視線から何かを言いたいという気持ちは伝わっていた。
「井口さん、もしよければ付き合ってほしい。答えは急がないよ、いつでもいいから」
何回かのカフェデートのあと、紅茶を飲みながらさりげなく告白された。
とても自然な流れだった。
山本は志織の気持ちを尊重してきれた。
きっと志織が何かをかかえていて、悩んでいるのは知っているだろう。
このカフェを紹介してくれた林美佳も、なにかとご飯に誘ってくれる。
きっとふたりとも心配してくれているのだと思う。
「ありがとう、山本くん……でもわたしは……。」
「答えは今出さなくていいです。せっかくこうやって、ゆっくりとした時間をすごせるのはいいなって思いました。俺も急いでいるわけではなくて。こんな気持ちはじめてです」
「はじめて?」
「はい、女の子と付き合ったらすぐ告白してって流れでした。でも井口さんと一緒にいると、無理しない感じが楽だなって」
「あ、それもわたしも感じているよ」
「それは光栄です。もちろん、井口さんと付き合ったら楽しいのかなって思いますけどね」
「うん……ごめんね。今は答えだせなくて」
「いいですよ。無理強いしたら、林さんに怒られます」
「山本くん、林さんがこわいの?」
「はい、姉みたいな感じで。美人なのは認めますけど、実家にいる感じを思い出します」
志織は声を出して笑った。
すると、山本も笑う。
こんな時間が過ぎればいいのに――――。
志織は意識せず、こころのなかでつぶやいた自分に気がついた。
穏やかな時間は久しぶりだ。
そのまま彼との時間を過ごし、帰ることにした。
ふと、携帯にメッセージが入っていることに気がついた。
坂下だった。
『今度の週末に会えますか?』
行ってはだめだと本能が告げる。
きっと彼にあったら、またぐずぐずと気持ちがあふれてしまうから。
またつらい思いをして、嫉妬の気持ちに支配されるだろうとわかっているのだ。
だが、断ることなんてできない。
久しぶりに彼に会いたい。
抱きしめてもらって、気持ちを解放したい。
『はい、わたしも会いたいです』
距離をおいたほうがいいとわかっていても、志織から離れるなんてできないのだ。
少ししてから、メッセージを返した。
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