坂下と一緒にして、それからご飯を一緒に食べ、夜は抱き合った。
そして日曜日はゆっくり借りてきたDVDをみて、ソファに座りながらお酒を飲んだ。
いつもは会える時間を作って、少ない時間をおしむように一緒に過ごす。
だからこうやってゆったりとした時間を過ごすのが志織にとってはうれしかった。
ひとり暮らしをしてから、週末は家事だけで終わってしまうことが多かった。
実家は関東ではあるが遠方だったため、大学からはひとり暮らしだった。
学生のときは、週末は家で鍋をしたり、たこ焼きをつくったり、友人と楽しいひとときを過ごしたものだった。
しかし、社会人になると友人も忙しくなる。
ひとりですごす時間も多い。
こうやって愛しい人と時間を過ごせるのは、人恋しい思いや寂しさも埋まる。
「もう、食事さめてしまいます」
坂下は映画をみながら、仕事のメールを返信していた。
坂下は新規のプロジェクトがあるらしく、休みの日もパソコンを開いていた。
ただ、食事のときはぱっと切り上げることが多いのに、今日は珍しい。
「誰からなのだろう……」
志織は、自分との食事よりも優先する仕事相手のことを思った。
すると、嫌な感情を思い出してきた。
そうだ、仕事よりも志織よりも大切にする相手がいるじゃないか。
坂下にとっての、一番の存在。
異国にいながらも、坂下の妻という立場でいる女性。
自分は彼に尽くしているのに、妻という立場にも座ることができないのだ。
抱き合うたびに、坂下への思いが深くなる。
愛する人が近くにいるのに、いくら体を重ねていても、一番にはなれない。
志織はダイニングにある椅子に座って、坂下を待っていた。
はやくこんな嫌な自分忘れたいと願った。
「ごめん、さあ食べよう」
すると坂下が席についた。
志織は嫉妬の気持ちで苦しくなったのを、忘れることができた。
坂下がこちらを見てくれれば、嫉妬の気持ちも落ち着くのだ。
楽しい会話をして、おいしい食事をすれば、嫌な自分にはならない。
「いただきます」
志織は笑顔をつくって、箸をもった。
今日は、鮭のバターホイル焼きだ。
きのこと野菜もそえて、オーブンで焼いた。
坂下が思いのほか料理ができるので、志織は料理をもっと上達したいと思って勉強している。
料理の勉強といっても、お金をかけて料理教室に通っているわけではない。
坂下が素朴なメニューが好きだといっているから、家庭料理を勉強しているのだ。
旬の素材を使って、栄養満点の料理。
テレビの番組をチェックし、ネットでレシピをみて工夫を加える。
坂下の妻はしていない、坂下の体を気づかうような料理を作りたい。
「おいしい!やっぱり料理が上手だよね」
「坂下さんにそう言ってもらえてうれしいです」
ほら、坂下が笑顔になる。
こうやって料理をつくって、食べてもらえると幸せを感じる。
「坂下さんが、お仕事で忙しいから……元気になってほしくて」
「井口さんありがとう」
坂下はほほえんだ。
坂下の妻への優越感をこういうときに感じる。
彼を笑顔にできるのは自分だけなのだと。
でも、やはり不安はぬぐえない。
彼がメールをしていると、不安になるのだ。相手は誰なのだと。
「最近、パソコンで連絡とっているのが多いですよね」
「そうなのだよ、急ぎの要件が入ることが多くて」
話しながら、相手がどんな人なのかと探りたくなる。
もし、仕事相手が女性だったらと考えてしまう。
仕事相手だから、会うこともあるだろう。
坂下と会って、心ひかれてしまう女性だったら?と不安になる。
そして、坂下がその仕事相手を気に入ったら?浮気をしてしまったら?と不安が膨らんでくる。
そんなことあるわけない、自分を好きでいてくれるはずという気持ちもある。
志織はわかっているのだ。
坂下にとって、自分こそ浮気相手。
だから、もし仕事相手やほかに好きなひとが坂下にできても、止めることなどできないのだ。
「豚汁から、ひさびさに食べたよ」
「坂下さん好きかなって思って」
「ああ、好きだね」
坂下を見つめながら、やはり後ろ暗い気持ちになってしまう。
彼と一緒にいても、一時的でしか心が晴れることがない。
もし、彼が既婚者でなかったら幸せでいられるのだろうか?
もし、もし……と自分で自分を縛りつけてしまっているのも自覚していた。
彼の笑顔が見ることができて、一緒にご飯を食べて。
それだけで満足であったはずなのに。人間というのは業が深い。
結婚いうものは、婚姻届という紙切れひとつのものなのかもしれない。
でも志織にとっては、その紙切れの契約がうらやましい。
だって、坂下は別々に暮らしても、それでも妻を一番にする。
それこそ、彼に思われ、大切にされている証拠でもあるのだ。
「坂下さんの好きなもの作りますよ、リクエストくださいね」
志織もほほえんだ。
彼を今、一番笑顔にしているのは自分なのだと言い聞かせるように。
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