テーマパークに行って、おいしい食事をした。
そして美しいパレードをふたりでみて、気分もよくなり、帰りはビジネスホテルに行って抱き合った。
坂下は、いつも丁寧だ。抱き合うまでの過程も、とても紳士的で、それでも情熱的だ。
愛されていると感じてしまう。
ただ、志織の不安は消えることはない。
いくら「好き?」と聞いても、消えることのない気持ち。
志織が聞いたら「好き」と答えてくれる。
だが、「愛してる?」と聞くと、答えてくれない。
「なんで、そんなの答えなくても。わかっているでしょう」
「そうですけれど、聞いてみたくて」
うざったいと思われてしまう、だから遠慮はもちろんしている。
でも聞かずにはいられないのだ。
抱き合ったあと、急に不安になる。だから確認してみたくなるのだ。
「どうしたの?」
志織の不安な気持ちを察してくれたのか、坂下は不思議そうに声をかけた。
志織は坂下の表情をみると、少し安心する。
まだ嫌われてない。
試してみたくて、どこまで彼に不安な気持ちをぶつけて大丈夫なのかと確認をしてしまう。
「言ってみたかっただけです、すみません」
「謝らないで、今日は井口さんに案内してもらったからおもしろかったよ」
「本当ですか?」
「ああ、もちろん。テーマパークって子どもだけが楽しむところだと思っていたけれど、大人も楽しめて驚いた」
「はい、大人だから楽しめることもあるかもしれませんね」
「確かに。あの中にいると、現実世界から離れたような。忘れられるのかもしれないね」
「はい、子どものころに戻れるような。不安もなかったころに」
「子どものころか、確かに。子どものころは、子どもなりに大変だったけれど。大人もそれなりに大変だから」
「そうですね、わたしの場合は子どものころはあまり不安とかなかったです」
「じゃあ、いい子ども時代を過ごせたのだね」
「はい、ごく平凡な家庭だとは思いますが」
「俺には平凡な家庭というのがわからないから、ちょっとうらやましいよ」
志織はそれ以上何も言えなかった。
家族の話をすると、坂下は寂しそうな表情をする。
坂下には両親はいない。
幼いころに亡くなってしまい、彼を育てたのはサラなのだ。
やはりサラには、勝つことはできないかもと思う。
あまりにも過ごした年月が違い過ぎる。
ちょっと二人の時間を過ごしただけの自分が、サラに勝てると思うことも傲慢な願いなのだろうか。
「小さいころ、坂下さんはどんな子どもだったのですか?」
志織の知らない坂下を知りたい。
「子どものころか、今思えばかわいくない子どもだったよ」
「テーマパークに行っても、ベンチに座っていたって言っていましたものね」
「そうそう、世間を斜めにみているところがあって。それがかっこいいと思って、大人になった気分になっていたのだろうね」
「そういう時期あるかもしれないです」
「大人ぶっても、結局はこどもだった。でも、今が大人かと言われれば、わからない」
「わかります。大人ってずっと遠いところにあるものだと思っていました。でも、結局は実感のないまま時間が過ぎていって」
「そう、大人ってたいしたものではないなって思ってしまうよ」
「本当。大人だって、悲しいこと、うれしいことたくさんあって。自分の感情に振り回されてばかりです」
「井口さんが?」
「はい、毎日ですよ。自己嫌悪も多くて、もっと大人になりたいなって……」
「そんなことないよ」
そして、坂下がなぐさめるようにキスをしてくれた。志織は坂下の背中に手をまわした。
「好きです、愛しています」
「ありがとう」
やっぱり、「愛してる」とは言ってくれない。
坂下がそれなりに、自分を好きいてくれるのはわかっている。
だけれど、自分と同じくらい思っていてくれているのだろうか。
愛してくれているのだろうか。
お互いに好きあっていても、同じくらいの思いでなければ、片思いと同じではないかと思ってしまう。
両思いなのに、片思い。
体を重ねているのに、思いが募るばかりだ。
「好きです、坂下さん」
「かわいいよ」
もう一度、好きという言葉がほしくてねだるように言葉を重ねた。
すると、子どもをあやすようにまたキスをされた。
男の人は、口下手だから恥ずかしくて言ってくれないのだろうか。
でも、志織は知っているのだ。
坂下が、サラに送るメールには「愛してる」という言葉があることを。
別にみるつもりはなかった。
不意に置いてあるスマホの画面が、メールの画面だったのだ。
いや、見るつもりはないと言ってもとても気になっていたのは間違いない。
だから、ちょっとしたスキに見てしまったのかもしれない。
スマホの画面を見たとき、雷にうたれたような衝撃があった。これは現実なのだと。
いくら妻の影が見えない、不倫の恋愛とはいえ現実を直視してしまった。
坂下の妻は存在するのだ。
妻には「愛」を口にするのに、愛人には「愛」を口にはしてくれない。
結局、自分は一番の存在ではない。
わかっていたのに、わかっていたはずなのに。
志織は自己嫌悪や嫉妬でつらくなってくる。
だから余計に、坂下を求めてしまう悪循環におちいってしまうのだ。
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