【オフィスのアネモネ】第6話「告白の決意」

オフィスのアネモネ6話

「坂下さんって、お料理はしますか?」

 

「料理はしないね、最初はしたけれど。最近は外食ばかり」

 

 坂下と志織は、平日小料理屋にほぼ毎日のように通っている。あの日、イタリアンレストランで触れるだけのキスをしてから、志織はますます坂下を思うようになった。

 

彼が踏み込ませてくれない心、それに触れたくて仕方ない。なぜ、彼は一緒にいる時間を作ってくれるのだろう。単なる気まぐれ?でも、志織の愚痴には付き合ってくれて、優しい。いつもご飯だっておごってくれる。

 

 これだけのことをされたら、誰だって自分に好意をもってくれるのではないか?と期待するものだ。志織は今までの経験だけでは、坂下の心がわからなかった。女としてみてくれていないのだろうか。妹のような存在だから、こうやって親しくしてくれるのだろうか。

 

「わたし、最近料理が好きで。1週間まとめて料理したりするんです。時短レシピ調べたり……だから意外と手早く料理できますよ?」

 

 年下だからと異性として意識してくれないのだったら、志織は女性らしさをアピールしようと思った。本当に単純なことだが、女性らしい髪形、服装、そして家庭的なところを坂下にそれとなく告げる。

 

「へえ、それはすごい。段取りが悪いから、自炊やるほうが不経済になってしまうから。そういうのは、憧れるな」

 

「でも、ちょっと作り過ぎちゃうのが悩みで。料理ってたくさん作ったほうがおいしいから」

 

「わかる、カレーとか豚汁とか。鍋にいっぱいにつくるとおいしいのが不思議だな」

 

「坂下さん、カレーは好きですか?」

 

「ああ、好きだな。井口さんのカレー興味があるよ」

 

「じゃあ、今度食べにきます?」

 

「いいね、今度に」

 

 何度も自宅へ行きたいと暗に伝えていた。それに自宅へも誘ってみた。だけれど、「今度」と言われてしまう。志織はこのまま告白していいのか、迷っていた。せっかく気の置けない部下としてみてくれている。もし、彼から感じている親しみが志織の思っているものと違ったらどうしたらいいのか。

 

告白して今の雰囲気を壊してしまうことが怖い。

 

「坂下さんのリクエストがあったら、がんばって作ります」

 

「そんな悪いよ……でもうれしいな。女の子が料理を作ってくれるのっていつぶりだろう」

 

 また寂しい顔をする。坂下の中にいる誰かの存在。坂下は一人暮らしで、恋人はいなそうだった。基本的に休日はひとりで過ごし、近所の飲食店などに顔なじみの客がいて、話しをすることが楽しみであるようあった。

 

 坂下さんに料理をつくってくれるひとはいなかったのですか?

 

 そんな言葉が出そうになる。志織は坂下の過去を踏み込んできくことができなかった。彼から話してもらうまでは、聞いてはいけない気がした。

 

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 

 坂下といるとあっという間に時間が過ぎてしまう。志織と坂下は店を出た。このまま志織のアパートまで一緒に歩く時間もまた楽しい。志織は坂下を見あげて、話しかけようとした。しかし、彼の視線は違うところにあった。志織は、坂下の視線の先を見つめた。

 

「あれ、坂下さんと……井口さん?」

 

 同じ部署の山本だった。山本は、志織より二つ上の男性だ。背が少し低いが、アイドルのようなかわいらしさがある男性だ。人好きする笑顔は、女性社員のなかでは評判がよかった。  

山本はふたりに近づいてきた。

 

「珍しいですね、ふたりで食事ですか?」

 

一緒の店から出てきたのを見たのだろう。志織はすぐには答えることができなかった。黙って坂下を見あげる。

 

「そうそう、井口さんの仕事の話を聞いていてね。この店おいしいから、よく来るからね。付き合わせてしまって」

 

「そう、ですよね……仲がいいですね」

 

「友人みたいなものかな、自分にはない発想とかあって、若い人ってこう考えるのかって参考にさせてもらっているよ」

 

「そんな坂下さん、年寄りくさいですよ!」

 

 山本は口を大きく開けて笑った。志織はぎこちない笑みを浮かべるしかなかった。友人と言われてしまった。それ以外ここでいう言葉はないだろう。だが、とてもショックだった。もっと戸惑うような表情が坂下にあったら、志織は期待をもてたかもしれない。

 

 だが、坂下にとっては志織の思いなど届いてなかったのだ。意識をしてくれているかも、わからない。

 

「じゃあ、今度は井口さんと俺が食事いきたいな。ダメですか?」

 

「え、わたし?」

 

 軽い調子で山本が志織に声をかけてきた。志織は落ち込んだ気持ちを見せないように、無理に笑顔を作る。

 

「都合があったら、ぜひ」

 

 ちらっと坂下を志織はみる。だが、志織が誘いを受けていても、坂下はとくに反応はなかった。志織は悲しくなってくる。

 

「じゃあ、俺は待ち合わせがあるので。坂下さん、井口さんまた明日に」

 

 山本はその場を去って行った。志織は気まずい雰囲気のまま、アパートに送ってくれる坂下の後をついて歩いて行った。きっとこのままでは、何も進展はしない。志織は近いうちに告白をしようと思った。このまま気持ちを抱えたままはつらいと思ったのだ。

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