著者:児玉雨子 2023年7月に河出書房新社から出版
##NAME##の主要登場人物
石田雪那(いしだせつな)
物語の語り手である〈私〉。小学校から中学まで、芸能事務所ミルクロードに所属するジュニアアイドルだった。芸名は石田せつな。
金井美砂乃(かないみさの)
芸能事務所ミルクロードに所属する人気のジュニアアイドル。雪那の一歳年上。
狭山(さやま)
芸能事務所ミルクロードの所長。
盛り塩(もりしお)
絵師。雪那が大学生のとき、二次創作の趣味が縁で知り合った。
尾沢(おざわ)
雪那が大学生のとき、同じ基礎ゼミにいて、同じBL研究会に所属していた女子大生。
##NAME## の簡単なあらすじ
〈私〉は小学校から中学にかけて、芸能事務所に所属し、ジュニアアイドルをやっていました。
同じ事務所に,一つ年上の、美砂乃ちゃんという人気のある女の子がいて、仲良くしていました。
ただ、後になって振り返ってみると、〈私〉たちはアイドルというより、大人たちの性の商品である、児童ポルノの被写体だったのです。
〈私〉はその後、そのことで、さまざまに不快な思いをすることになります……。
##NAME## の起承転結
【起】##NAME## のあらすじ①
かつて〈私〉はジュニアアイドルでした。
2006年当時、小学五年生だった〈私〉は、ミラクルロードという芸能事務所に所属し、写真を撮ってもらったりしていました。
同じ事務所に、美砂乃ちゃんという小学六年生の女の子がいて、仲良くしていました。
美砂乃ちゃんは人気があり、撮影のポーズもさまざまにできるのでした。
一方、〈私〉は人気がなく、ギャラの高い撮影会にも、あまり呼ばれません。
〈私〉の家は、父が福岡に単身赴任しており、母と〈私〉のふたり暮らしです。
母はいわゆるステージママで、〈私〉の人気を上げようとやっきになっています。
でも、母に言われた通り笑顔を無理やり作っても、体形が大人びているせいか、〈私〉の人気は上がらないのでした。
さて、時間は飛んで、2015年、〈私〉は二十歳になっています。
もう芸能事務所とは無縁です。
昔、芸能事務所で稼いだ少しばかりのお金を母からもらい、東京で一人暮らししています。
いまの〈私〉は夢小説にはまっています。
「両刃のアレックス」というコミックを二次創作した夢小説が特に好きです。
でも、人気のあったricoという作家は、いまはもう夢小説から離れていってしまいました。
〈私〉は、同じ趣味の絵描きさんとツイッターで知り合い、食事をして、おしゃべりしました。
【承】##NAME## のあらすじ②
美砂乃ちゃんはますます人気が上がり、2008年8月、初のソロイメージビデオを制作するため、沖縄にロケに行きました。
帰ってきた彼女から、星の砂のストラップをお土産にもらい、一緒にCMのオーディションを受けました。
〈私〉の方は、相変わらず人気が出ず、中学ではバスケ部に入ったものの、すぐにやめました。
〈私〉の芸能活動を知ったバスケ部の皆から、「変態」となじるメールが頻繁にきます。
クラスの男子が、〈私〉を気持ち悪い目で見ます。
〈私〉は、「両刃のアレックス」の漫画を二次創作した夢小説にはまっています。
でも、キャラの名前は入れず、##NAME##のままにしています。
やがて〈私〉はCMの採用が決まりました。
母は大喜びですが、〈私〉は事務所をやめたいと告げます。
もう水着にはなりたくないのです。
もう少しがんばろう、と母に説得されて、ひとまずその場は引き下がりました。
時は変わって、2015年5月、一浪して入った大学の基礎ゼミで、悲惨なドキュメンタリー映画を見せられ、レポートを提出するよう言われました。
〈私〉は同じゼミ仲間であり、同じBL研究会に所属する尾沢さんと、いろいろ話をします。
話すうちに、自分の子どものころのことがあまりにぼやけているのを自覚します。
〈私〉はすでに芸能事務所を退会しています。
美砂乃ちゃんは一時期売れて、雑誌にも出たけれど、その後は相変わらず性的な写真の撮影会に出続けています。
【転】##NAME## のあらすじ③
2008年9月、〈私〉が中学一年生のときです。
その日、芸能事務所の狭山さんが、所属するジュニアアイドルの皆に、「前略プロフィール、やってないだろうな」と問いただしました。
〈私〉は、本当は「前略プロフィール」に登録だけはしていたのですが、やってない、と嘘をつきました。
あとで美砂乃ちゃんにそのことを話したら、ひどく叱られました。
さらには、〈私〉が水着撮影を嫌っていることについても、プロ意識がない、とけなされてしまいました。
美砂乃ちゃんは、嫌いな水着姿の撮影でも、我慢してお金を稼がないといけないらしいのでした。
〈私〉は美砂乃ちゃんとケンカ別れしてしまいます。
後日、〈私〉はCMの撮影に臨みます。
けれど、衣装が肌に合わず、かきむしりました。
そしたら、狭山さんから、考えがないとひどく叱られたのでした。
時は移り、2017年3月、大学二年生も終わるころ、〈私〉は家庭教師のアルバイトをクビになりました。
〈私〉が小学校五年生のときに撮った水着写真を、家庭教師の教え子が発見して、その母親が怒ったためです。
さらに悪いことが起こりました。
〈私〉が大好きだった「両刃のアレックス」の漫画家が、児童買春と児童ポルノ違反で、逮捕されたのです。
彼は小学生女児の写真を所持していたそうです。
その児童ポルノの「児童」には、かつての自分も含まれているのだ、と気づいた〈私〉は、暗い気持ちになりました。
〈私〉は「両刃のアレックス」の漫画全巻を、ネットで叩き売ったのでした。
【結】##NAME## のあらすじ④
2008年9月、〈私〉が中学校一年生のときのことです。
〈私〉に中傷メールを送ってきていたバスケ部の女の子が、〈私〉に謝りにきました。
彼女は、好きな男子から、性器の写真を送るように言われたそうです。
でも、写真を送ったところ、仲間の笑い者にされ、皆からイジメを受けるようになった、と言います。
彼女は、いじめられる立場になって初めてそのつらさを知り、〈私〉に謝りに来たのでした。
やがてイジメが大きくなって、彼女は学校に出てこなくなりました。
一方〈私〉はドラマのオーディションに落ちたのを機に、母に言って、芸能事務所を退会させてもらいました。
さて時は移り、2017年4月です。
〈私〉は大学四年生になっています。
「両刃のアレックス」の著者は罰金を払い、一応の片を付けました。
彼は続編に取りかかるようです。
一方、BL研究会の尾沢さんは、〈私〉が児童ポルノの被害者だったのだから、それを告発するような作品を書くようにけしかけてきます。
尾沢さんの言うことは正論かもしれませんが、あの、美砂乃ちゃんと過ごした時代、〈私〉は確かに私として生きていられたのです。
なので、あの時代のことを告発する気にはなれませんでした。
さて、美砂乃ちゃんですが、プロレスラーとできちゃった結婚することになりました。
夢小説のつながりで知り合った絵描きさんも、結婚するとのことです。
〈私〉は改名を申請し、「ゆき」という名前に変えました。
「ゆき」は美砂乃ちゃんが〈私〉にくれた名前です。
あの頃、彼女は〈私〉を「ゆき」と呼び、自分のことを「みさ」と呼んでほしがっていました。
〈私〉はいまになって、美砂乃ちゃんのことを心の中で「みさ」と呼び、お互い、「ゆき」「みさ」と呼び合いたいと思うのでした。
##NAME## を読んだ読書感想
不思議な作品でした。
読んでいて、私の中では、作品の印象が三色の色に変わりました。
最初は、児童期にアイドル界の末端にいたという、華やかな色合い。
次に、それが実は児童ポルノにすぎないのだ、とわかって、黒い闇の色合いに変わります。
普通なら、この二色目で終わるかと思います。
ああ、なるほど、著者は児童ポルノの闇をえぐった作品を描きたかったのだなあ、で終わるわけです。
ところが、本作には、第三色がありました。
終わりのほうで主人公が、「あの時代、自分たちは確かに自分らしく生きていたのだ」とふりかえるところで、淡いクリーム色のような救済の色合いになるのです。
この終わり方がよいのです。
なんとも甘酸っぱく、切ない後味が残ります。
第169回芥川賞の候補になったのもうなずける佳作でした。
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