著者:石田夏穂 2023年6月に集英社から出版
黄金比の縁の主要登場人物
小野(おの)
Kエンジニアリングの新卒採用チームの一人。37歳。物語の語り手である〈私〉。
太田(おおた)
Kエンジニアリングの新卒採用チームの一人。チーム最年長。スキンヘッドの男。
中村(なかむら)
Kエンジニアリングの新卒採用チームの一人。〈私〉から見ると、お坊ちゃん。
町田雄大(まちだゆうだい)
今年の新卒応募者の一人。
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黄金比の縁 の簡単なあらすじ
〈私〉は大学院を出て、Kエンジニアリングに入社し、花形部門のプロセス部に配属されました。
ところが、ミスをしたせいで、人事部に左遷され、新卒採用の仕事をすることになります。
〈私〉は、復讐として、できるだけ会社に不利益になるような人を採用するように努めました。
すなわち、優秀な人財に合格を出したのです。
そういう優秀な人は三年以内に辞めていき、会社に損害を与えるからです……。
黄金比の縁 の起承転結
【起】黄金比の縁 のあらすじ①
〈私〉は大学・大学院で有機化学を学び、十二年前に、(株)Kエンジニアリングに入社しました。
入社後、社内の花形部門である、プロセス部尿素・アンモニアチームに配属されました。
ところが、あるとき、経産省の若手に、会社のチャットポットの「マドカちゃん」の外見を見せてしまったのです。
彼から世間に情報が漏れたらしく、「マドカちゃん」の、とあるマンガキャラクターに似た、昭和然とした容貌が、SNSで炎上しました。
〈私〉は「内部告発」をした裏切り者として、人事部へ左遷されてしまったのでした。
以来十年に渡って、〈私〉は人事部で新卒採用を担当しています。
今年も、三月一日の就活解禁日となりました。
〈私〉は、同じチームの太田と中村とともに、東京ビッグサイトの説明会場に来ました。
Kエンジニアリングのブースは、立ち見する人までいます。
当社の得意とする尿素・アンモニアは、時勢のSDGsにピッタリなので、この数年、人気が急上昇なのです。
Kエンジニアリングの新卒採用は、エントリーシート提出、一次面接及びグループディスカッション、二次面接、最終面接、という順に行われます。
このうち、〈私〉と太田、中村が担当するのは、一次面接です。
そして、面接が終わって、夜の八時ごろから、三人で選抜会議を行なうのです。
【承】黄金比の縁 のあらすじ②
これから六月までの間に、約千人の応募がある見込みです。
〈私〉たち三人で、まず四分の一に絞ります。
合格者には、すぐに二次面接の通知を出さなければなりません。
中村が自分の評価シートをもとに推した学生を、太田が否定します。
〈私〉も否定し、この人は不合格。
次に太田が推した学生を中村が否定します。
〈私〉も否定し、この人も不合格。
こうして、短時間で合否が決まっていきます。
〈私〉の採用基準は、他人には内緒ですが、顔の黄金比率です。
縦は、髪の生え際から目、目から鼻先、鼻先からあご、これが三等分になっていること。
横は、こめかみから目尻、目尻から目頭、目頭間、目頭から目尻、目尻からこめかみ、これが五等分になっていること。
この黄金比の人間が、「できる人」なのです。
〈私〉は会社に復讐してやろうと思っており、初めのうちは、黄金比でない学生を合格にしました。
つまり、凡人を採用したのです。
しかし、三十年会社にしがみつく凡人と、三年で会社に見切りをつける優秀な人と、どちらを採用するのが、会社にとって痛手かというと、後者なのです。
そのことに気づいて以来、〈私〉は、顔の黄金比により、「できる人」を合格させるようになりました。
その甲斐あってか、新入社員の三年離職率は、少しずつ上昇していきました。
【転】黄金比の縁 のあらすじ③
〈私〉が人事部へ来て五年目のことです。
新卒採用チームのメンバーは、当時、最古参の加藤、〈私〉より年上の太田、そして〈私〉の三人でした。
その〈私〉が、採用活動のテコ入れをまかされることになりました。
〈私〉は、パンフやポスターといった「見てくれ」を、プロにまかせてリニューアルしました。
外見的なものを変えただけで、応募者が三割も増えました。
その年の内定式が終わった後、落とされた学生が、泣きながら「入社させてほしい」とすがりついてきました。
最古参の加藤は、「こういうのは、ご縁。
縁がなかったのです」と、なだめて、学生を帰らせました。
その後、〈私〉はさらにHPの見てくれも改善をお願いし、〈私〉たち新卒採用チーム自身の見てくれも、改善に努めました。
そんなとき、会社が設計をしくじって、東証一部から二部に降格してしまいました。
FEDという投資会社が、支援を申し出る代わりに、人員整理を要求してきました。
部長たちは、人の首を切り慣れていません。
〈私〉がアドバイザーとして、リストラの応援に駆り出されます。
ある部で、二人のリストラ候補がいたので、〈私〉はためらわず、一ミリでも黄金比の良い方を、首切り候補として推挙しました。
そんなリストラの嵐のなか、チーム最古参の加藤もまた、リストラされたのでした。
【結】黄金比の縁 のあらすじ④
さて、場面は再び現在に戻ります。
選抜会議の後、中村が「小野さんはきれいな顔の学生が好きですよね」と、〈私〉に話しかけてきました。
〈私〉はとぼけましたが、中村には〈私〉の採用基準がバレていたのでした。
翌日、今年二度目の大規模合同説明会が、東京ビッグサイトで開かれました。
集まった学生たちを前に、中村が説明しますが、一人の学生をひどく気にしています。
それは、辞めていった役員の橋口にそっくりの男子でした。
〈私〉はその後の調査で、その男子、町田雄大が、橋口の前妻の息子であることを突き止めます。
しかも、退職した橋口が転職した先というのが、今度Kエンジニアリングが大口の受注をもぎ取った、発注元の会社だったのです。
もしも、今度の受注に、橋口の息子をコネ入社させることが影響しているとしたらどうでしょうか? しかも、中村はそのあたりの裏事情を知っているようです。
そもそも、中村自身も、同じような裏があって入社したように見えます。
町田の合否を決める選抜会で、太田がトイレに立った隙に、〈私〉は中村に自分の考えをぶつけました。
中村がひどくうろたえたので、〈私〉の考えが正しいことがわかりました。
太田が戻ってきたとき、〈私〉は、町田を合格させる方にまわったのでした。
黄金比の縁 を読んだ読書感想
一読して、まず、発想が面白いと思いました。
顔の黄金比で入社希望者の合否を決める、という発想です。
でも、よくよく考えてみると、そこまで厳密でなくても、面接したときの第一印象で、「あ、こいつ、デキそう」とか、「あー、これ、いかにも役に立たなさそう」と感じることは、現実にあると思うのです。
ですから、本書のアイデアも、あながち的はずれではないのかもしれません。
さて、次に感じたのは、ヒロインの執念深さです。
十年の長きに渡って、左遷された恨みを忘れず、どうやったら会社に不利益な応募者を採用できるか、考え続けているのです。
何というしつこさ。
でも、もしかしたら、現実の会社でも、こんな人がいるかも、と考えて、ちょっと怖くなりました。
そのあたりの妙なリアリティが、この作品のキモかなあ、などと思いながら、読み終えたのでした。
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