著者:窪美澄 2022年1月に小学館から出版
朱より赤くの主要登場人物
みつ(みつ)
物語の語り手である〈私〉。私生児。舞妓のときは「菜乃葉」、芸妓のときは「琴葉」、女優となって「出雲琴葉」を名のる。
義どん(よしどん)
大阪の大茶屋「岡田屋」の男衆。
多都葉(たつは)
みつが入った横田屋の先輩舞妓。
沙也香(さやか)
新橋の新富屋の名妓。
松田道造(まつだみちぞう)
大阪の相場師。みつの夫となる。
朱より赤く の簡単なあらすじ
〈私〉は、鍛冶職人の父と料理屋の仲居の母との間に、私生児として生まれました。
十二の歳に父にだまされて舞妓として売られてからは、男たちの欲望の波に流され、大阪から東京へ、さらにはアメリカへと、生々流転の人生を送ることになります。
舞妓、芸妓、映画女優、作家、と職を変えていった〈私〉が、最後にたどりついたのは、出家することでした……。
朱より赤く の起承転結
【起】朱より赤く のあらすじ①
〈私〉の名はみつ。
鍛治職人の父と、料理屋の仲居の母との間にできた私生児です。
父の姉のもとで育てられた〈私〉は、十二歳のとき、父に騙されて、大阪の茶屋に売り飛ばされてしまいました。
〈私〉が修行の末に、舞妓になると、〈私〉のことを快く思っていない多都葉姉さんは、〈私〉に無理やり客をとらせたのでした。
それ以後、何人もの客をとらされた〈私〉ですが、ある日、東京からやってきた歌舞伎役者の市川松蔦に恋をしたのです。
彼に抱かれた〈私〉は、初めて女の喜びを知りました。
けれど松蔦とはそれっきりになりました。
その頃、〈私〉には旦那を持つように、という話がありましたが、断っていました。
そんなとき、金物問屋の中原さんと知り合います。
中原が松蔦さんに少し面影が似ていたせいか、〈私〉は彼と深い仲になりました。
〈私〉は花柳界で悪く言われるようになります。
〈私〉が身請けをお願いすると、中原さんは承諾してくれました。
けれども、いっしょに旅行した際、初恋の人、松蔦の写真を手鏡に貼っていたのを見つかり、縁を切られてしまいます。
後日、中原さんが座敷で荒れているというので、出かけていきました。
罵られるばかりで、悲しくなった〈私〉は、潔白を証明するために、自分の左手の小指を切り落とし、中原さんに押しつけたのでした。
【承】朱より赤く のあらすじ②
小指を切り落としたことで、〈私〉は大阪では毒婦として有名になってしまいました。
多都葉姉さんから責められたこともあり、〈私〉は東京へ出ることにしました。
お世話になった先は、沙也香姉さんのいる新富屋です。
ところが、しばらくすると、大阪から、茶屋の大物の男、義どんがやってきて、横田屋のお母ちゃんから、〈私〉を五千円で買い取ったというのです。
〈私〉は必死になって働かねばなりませんでした。
東京では、琴葉と名乗って芸妓として働きました。
何人もの嫌な男にも抱かれなければなりませんでした。
〈私〉はだんだんと自分の美しさを自覚しますが、所詮は売り物の女です。
あるとき、上品なお客の片岡さんにお世話してもらうことになりました。
お妾さんの立場ではありますが、大事にされ、贅沢させてもらいました。
でも、しばらくすると、片岡さんは外国へ行ってしまわれたのです。
月々のお手当は奥さまを通じて支払われるものの、とうてい足りません。
その次に〈私〉を世話してくださったのは、佐藤さんという九州男児でした。
この人は、〈私〉を妾にした途端にケチになり、〈私〉を束縛するのでした。
十七歳から六年もの間、そんな不自由な暮らしに耐えた〈私〉は、佐藤さんと別れることにしました。
そのときには、佐藤さんには財力は無くなっていたのです。
〈私〉は、大阪の義どんを頼りました。
義どんはすべてを片付けてくれました。
これで〈私〉は、大阪の花柳界へ戻ることになったのです。
【転】朱より赤く のあらすじ③
大阪へもどった〈私〉は、戸籍上、義どんの養女となっていましたから、彼の屋形で働きました。
そうして出会ったのが、相場師の松田道造でした。
〈私〉は義どんの反対を押し切り、松田に二万円で身請けしてもらい、彼の妻となりました。
大正九年、〈私〉は松田とともに渡米しました。
ところが、松田は〈私〉が浮気しないようにホテルに閉じこめ、そのくせ自分は女と遊び惚けるのでした。
〈私〉は松田に、勉強のためにアメリカの学校に行きたい、と申し出ました。
松田が許可してくれたので、〈私〉は寄宿舎付きの家政学校に入学することができました。
その学校で〈私〉はイルムガルドというお金持ちの娘とレズビアンラブの関係になりました。
ところが、そのことが学校にバレて、ふたりとも退学となります。
ふたりで駆け落ちしますが、ホテルにこもっているところを、松田の手の者に見つかってしまいました。
〈私〉は日本にもどされることになりました。
帰国すると、〈私〉は松田の命令で、映画に出演することになりました。
彼は帝国キネマの重役でもあったのです。
松田は、〈私〉が、映画で共演した男優と浮気していると疑います。
あるとき〈私〉は、やけになって、本当にその男優と身体の関係を持ち、松田から死ぬほどの折檻を受けます。
その後、女中の手を借りて逃げだしましたが、今度は、義どんに見つかり、松田のもとに連れもどされてしましました。
〈私〉は自殺しようと考え、遺書をしたためます。
【結】朱より赤く のあらすじ④
自殺をはかった〈私〉ですが、女中に発見され、治療を受けて、一命をとりとめます。
松田からさらに厳重に閉じこめられた〈私〉は、それでも隙を見て逃げだし、バーのマダムをやりました。
一年後、〈私〉はようやく離婚することができました。
〈私〉は食べていくために女優を志します。
月給二百円で大部屋女優としてスタートしました。
しかし、演技がうまくできません。
一本の映画に出演したあと、出演依頼はとだえました。
〈私〉は映画会社から給料をもらいながら、自分の半生に関わる雑文を書いて「サンデー毎日」に載せてもらいました。
そんなとき、ある映画監督から、〈私〉には女優の才能はない、と断言されてしまいます。
〈私〉は女優の道をあきらめ、引っ越して文筆に専念します。
暮らしは苦しくなる一方です。
やがて〈私〉は奈良にもどり、住みかを転々としました。
その頃、高浜虚子の「ホトトギス」の仲間に入れてもらい、俳句を投稿したりもしました。
朝夕に観音像にお灯明をあげ、観音経を唱えました。
〈私〉はしだいに出家を考えるようになっていきました。
そうして、縁があって知り合った庵主さんから、偉いお坊さんを紹介していただき、数年後にようやく得度を受けることができたのでした。
昭和九年九月のことです。
〈私〉は三十八歳になっていました。
朱より赤く を読んだ読書感想
明治から平成にかけて生きた実在の女性、高岡智照尼をモデルに、その半生を小説化したものです。
読み終えて、まず感じるのは「なんとも目まぐるしい」ということでした。
幼少のころは叔母を手伝って田楽を売り、騙されて舞妓に売りとばされてからは、さまざまな男たちに翻弄され、上京して芸妓になってからも、さらに男たちに翻弄されつづけます。
男尊女卑の時代であり、女の自立などは夢にも考えられなかったのでしょう。
あまりにも悲惨な生き方に、あわれをもよおしました。
なまじきれいな容貌を持っていたために、それがかえって悲劇につながったという面も大きそうです。
それでも、やがて出家ということになり、主人公が心の平穏を得たときには、読んでいるこちらも、安堵のため息をついたのでした。
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