著者:日比野コレコ 2022年11月に河出書房新社から出版
ビューティフルからビューティフルへの主要登場人物
椎名ナナ(しいななな)
進学校に通う三年生の女子。
清川静(きよかわしず)
レベルの低い高校に通う三年生の女子。
ダイ(だい)
静の同級生で、秘かに付き合っている。
ビルE(びるいー)
静やダイと同じクラスで、ダイのクループのひとり。本名はショウ。
ことばぁ(ことばぁ)
本名を琴という老婆。
ビューティフルからビューティフルへ の簡単なあらすじ
高校三年生のナナと静は、それぞれにタイプの違う絶望感と孤独感を抱え、救いを求めて、ことばぁという老婆のもとへ通っています。
ふとしたきっかけで知り合ったビルEという男子高校生も、心に閉塞感を抱えていて、ことばぁのところへ誘われます。
彼ら三人と、もうひとりダイという、意外にモテる男子高校生との、青春の日々がすぎていきます……。
ビューティフルからビューティフルへ の起承転結
【起】ビューティフルからビューティフルへ のあらすじ①
椎名ナナは、進学校に通う高校三年生です。
四十一名のクラスはだんだん減って、いまでは二十八名しかいません。
ナナはクラスのカーストの上のほうにいて、いじめをする側の立場です。
ナナの仲良しの三人組は、彼氏とのセックスで避妊に失敗したんじゃないか、と騒いでいます。
一方、清川静は、レベルの低い高校に通う三年生です。
静は、隣の席のダイと、盗難事件を機に、仲良くなりました。
といっても、クラスの男女の仲は険悪なので、みんなに秘密の交際です。
静は箱入り娘ですが、親の携帯を盗み見て、エロ漫画を読んでいたような女の子でした。
彼女は、舌先で障子紙を破くように、ルールを破るのが好きでした。
さてある晩のこと。
ダイたち、はみだし者グループのひとりであるビルEは、外でラップをしていました。
そこへ通りかかったナナに誘われ、ことばぁの家へと連れて行かれます。
そこには、同じクラスの静もいました。
二人の女子高生は、ことばぁと、禅問答のような、よくわからないやり取りをします。
ことばぁの家から帰るとき、静がビルEを送ってくれます。
ここは希望を失った者を治す病院なのだ、と静は教えるのでした。
【承】ビューティフルからビューティフルへ のあらすじ②
静の高校では、夏休み明けに文化祭があります。
静はダイといっしょに、看板のペンキ塗りをします。
作業中、ダイにペンキを頭からかけられ、処女喪失の話を聞かれたりしました。
静は、自分はおしっこをしただけでも濡れてしまう体だと思っています。
そして、いまはダイのことが好きで、自分はダイの運命に何かを刻むことができるのだろうか、と思うのでした。
一方、ナナの学校では、受験ムードが高まって、クラスがピリピリしています。
ナナの仲良しグループは、自分たちが知らない曲ばかりをナナが聞いているのを「変」と言います。
近くの席の堂前という女の子が、「知らないから変というのはおかしい」とナナをかばいます。
ナナは、堂前が愛されて育ったのだろうと想像します。
だから堂前には自己肯定感があるのです。
ナナにはそれはありません、ナナの母親は新興宗教の信者で、家庭は絶望の巣でした。
そんななかで、ナナは、誰かをいじめずにはいられない、性格の悪い女の子に育ったのでした。
別のある日のこと。
ナナは、ことばぁから、自分の人生を年表にする、という宿題を出されて帰宅しました。
ナナの人生はネグレクトの連続で、自分の人生に○×をつけるなら、×が十八個。
でも、ことばぁはなを責めないでしょう。
たからナナはことばぁが好きです。
ナナは、これからもことばぁと歩いていきたい、と思っています。
【転】ビューティフルからビューティフルへ のあらすじ③
夜、ナナはことばぁのところへ向かいます。
静が外で待っていて、ふたりで一緒に向かいます。
ナナも静も、別の意味で絶望にとらわれた少女です。
ナナは、ネグレクトされて育ってきた子です。
静は、自分の感じやすい性的な体を、好きな人に向けたいと思っています。
が、その「愛」は、ひどく危なげなものです。
それは生きているエロスというより、どこか死のタナトスを漂わせているのです。
一方、ビルEは、文化祭の準備をしています。
みんなで集まっているところへ、ごく普通に散歩するようにやってきたのは、ことばぁでした。
彼女は、リップをもらってバリボリと食い、門前に並べられた看板を眺めたりします。
ビルEは、この場を引っ張るリーダーが、ダイからことばぁに移動したと感じたのでした。
さて、ナナと静がことばぁの家に行くと、すでにビルEが来ていました。
ビルEも、ナナと同じように自分の話を聞いてもらいたい雰囲気を持った人でした。
ことばぁが、三人に宿題を出します。
禅問答のような、あるいは、おみくじの御宣託のような、よくわからない宿題です。
それでも、目からウロコが落ちていくように、ナナの悩みは消えていくのでした。
やがて、夏休みの終わる頃。
ダイたちは、文化祭の出し物の準備で、同じクラスの西田くんを被害者にして、ローション相撲の準備をしたのでした。
【結】ビューティフルからビューティフルへ のあらすじ④
静はダイの部屋に来ています。
ダイの子どもの頃の話などしています。
静は死にたいタイプの人間で、ダイはそうでないタイプの人間です。
静は、ダイが思い出を話したことで、自分は捨てられるのだろうと悟ります。
「私のことは全部燃えるゴミに入れていいよ」と静は言います。
家に帰ると、静の心は冷え切って、それでも自分の人生はバラ色で、ビューティフルだと信じるのでした。
一方、ナナは、受験が迫ってきて、必死で勉強しています。
赤本をやりたいのですが、自分のあのひどい母親には、怖くて言い出せません。
学校で、仲良しの仲間たちはみんな可愛いと思います。
ナナは可愛くはなく、ただそう見えるようにメイクしているだけです。
眠気をこらえて授業を聞きながら、死にたいばかりだったこれまでの人生を思います。
死にたい死にたいと思いつつ、ナナは決して死ぬことはないでしょう。
ナナにとって、この世はビューティフルなのです。
さて、一方、ビルEは、大晦日の晩に、ダイのところに来ていました。
ダイは静と手が切れ、二人いる彼女のうちのひとりと、初詣に行くつもりです。
またダイは、消防士の試験に合格したことを話します。
ビルEはショックを受けます。
夢を持っていたはずのダイに、ビルEはついてきたのです、そのダイが、知らないうちに、さっさと現実路線に切り替えていたのです。
ダイの家を退去したビルEは、ラッパーを目指そうか、などと夢見ます。
自分の人生は、ビューティフルとは無縁です。
それでも無理やりビューティフルだと考えるのでした。
ビューティフルからビューティフルへ を読んだ読書感想
第59回文藝賞受賞作品です。
あまりストーリーらしいストーリーはありません。
淡々と高校生たちの日常と心情が綴られています。
そんな本作が賞を取ったのは、若者たちの日常と心情を語る語り口と表現力が、ずば抜けているから、ということなのでしょう。
実際、読んでみると、非常に尖った独特の表現に、驚かされたものです。
なんというか「まろやかに熟成した文学的表現」の対極にあるような文章です。
そして、その文章で描かれるのは、主にナナと静という二人の女子高生です。
クラスではいじめる側にいるような、スクールカーストのそれなりに上にいる少女たちです。
しかし、ふたりとも、それぞれに絶望というか、闇を抱えています。
その「闇」が、説明されているのではなく、読む人の胸に伝わってくるように「表現されている」ところに、この作品の存在価値があるのだと思います。
非常に若い感性の文学だと思いました。
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