著者:永井みみ 2022年2月に集英社から出版
ミシンと金魚の主要登場人物
安田カケイ(やすだかけい)
認知症ぎみの老婆。語り手である〈あたし〉。
みのる(みのる)
後妻に入った家にいた、先妻が残していった子供。
健一郎(けんいちろう)
カケイの長男。
道子(みちこ)
カケイの長女。
嫁(よめ)
健一郎の妻。作中に名前は出てこない。
ミシンと金魚 の簡単なあらすじ
安田カケイは少し認知症になっている老婆です。
体調も悪く、デイサービスのお世話になっています。
カケイの父親はDVが激しく、母親はカケイを産んですぐに亡くなりました。
継母になった女は、カケイをいじめます。
やがてカケイは公務員の後妻になりますが、彼女が長男を産むなり、夫は家出してしまいました。
カケイは生きていくために、必死にミシンを踏み続けたのですが……。
ミシンと金魚 の起承転結
【起】ミシンと金魚 のあらすじ①
老婆の安田カケイは、デイサービスの職員のみっちゃんに付き添われて、病院に来ています。
カケイにとってデイサービスの女性職員は、みな「みっちゃん」です。
待合室で診察の順番を待っている間、躁状態のカケイは、大きな声で、のべつ幕なしにしゃべり続けています。
ようやく診察に呼ばれました。
なんとか立ちあがり、なんとか歩いて、診察室へ行きます。
検査結果は前回と同様ですが、女医は抗躁剤を出すと言います。
以前、カケイはその薬のせいでひどい目に会いました。
みっちゃんはそれを言い立てて、薬を断ってくれました。
病院から出ると、みっちゃんから、これまでの人生は幸せだったかと訊かれます。
カケイは、とりあえず自分の人生を語ります。
箱職人だった父親はDV男で、母親は自分を産んでまもなく亡くなりました。
その後、後妻に来た元女郎は、カケイと兄につらくあたりました。
兄はカケイの世話を犬に押しつけて、外へ遊びに行きました。
近所の親切なお婆さんから、「女は手に職をつけないといけない」と言われたカケイは、ミシンの腕を磨きました。
ミシンで稼いだものの、通帳はヤクザな兄が持っていました。
カケイのそんな話を聞いたあと、みっちゃんは、いま夫と離婚協議中なのだと話してくれたのでした。
【承】ミシンと金魚 のあらすじ②
今日は八月二十三日。
カレンダーに「ご家族様対応」と書いてあり、嫁が来ました。
カケイの世話をしに来たのですが、ひどく乱暴な扱いです。
息子の健一郎は来ないのか、と訊くと、二年前に死んだ、とのことです。
パチンコの借金のために、六十歳で自殺したのです。
血は争えないものです。
カケイの夫もパチンコで痛い目にあっています。
先妻が子供をおいて家出したあと、パチンコにハマり、カケイの兄の策略にのって身ぐるみはがされ、カケイを後妻にもらわざるをえなくなったのです。
夫は、健一郎が生まれて間もなく家を出ていきました。
カケイは、先妻の子の、みのると、健一郎をかかえ、必死にミシンを踏んだのでした。
嫁がみのるのことを言います。
格安ソープで心臓が止まったあと、蘇生措置によって息を吹き返したのですが、脳に損傷を受けて、植物人間状態になりました。
みのるの妻とその妹は、みのるをスパゲッティ状態にして、延命させました。
カケイより一日でも長く生きさせ、財産を相続する腹です。
嫁は息子と相談して、今日はカケイに遺言状を書かせようとやってきたのです。
ところが、ボールペンを持たされたカケイは、まったく手が動かないのでした。
さて、別の日、デイサービスに行くと、米山のお爺さんのことが好きなんでしょう、とスタッフにからかわれました。
スタッフが気をきかせて、ふたりを対面させます。
突然、米山がカケイの乳房をつかみました。
それがもとで、カケイは車いすから転げ落ちてしまいました。
大事になるのを防ぐため、亡き兄の内縁の妻が、自分とカケイがもめた、ということにしようと、提案したのでした。
【転】ミシンと金魚 のあらすじ③
夜寝るとき、カケイは介護のみっちゃんたちのことを思いだします。
それはやがて本物のみっちゃん、つまり道子へと変わります。
道子はカケイの産んだ娘です。
夫が家出してから、みのるが毎晩カケイの身体を求めてきました。
やがてカケイが妊娠すると、兄は怒ってみのるを家からたたき出し、カケイには中絶しろと命令しました。
それを上手にはぐらかし、カケイはある日便所で子供を産み落としたのです。
兄と、内縁の妻の広瀬の姉さんが、赤んぼうの世話を手伝ってくれました。
道子はかわいくと、それがカケイの人生にとって、唯一幸せな時期でした。
あくどいことばかりしていた兄は、心を入れ替え、真人間へと転向しました。
兄はカケイの家に藤棚を作り、その下に鉢を置いて、金魚を飼いました。
ある日、いつものようにカケイが夢中でミシンを踏んでいると、道子が、ズックですくった金魚を見せにきました。
道子は金魚を鉢にもどすと、ズックで鉢の水をすくって飲みました。
どうやら、いつもそのようにして鉢の水を飲んでいたようです。
カケイがあまりにもミシンに夢中で、道子をかまわなかったせいです。
その晩、道子は疫痢で死にました。
カケイは天罰が下ったのだと思ったものです。
さて、ある日のこと、嫁が来て、みのるが死んだことを告げました。
嫁はうきうきしています。
カケイの土地と家を売って、息子と商業ビルを建てようと算段しているようです。
しかし、ボケているカケイには、一人息子の健一郎がすでに死んだことさえわからないのでした。
【結】ミシンと金魚 のあらすじ④
デイサービスに行くと、亡き兄の内縁の妻だった広瀬の婆さんのとなりになりました。
米山の爺さんがいない、とカケイが言うと、死んだと言われます。
先々週死んだのを、何度聞いても、カケイは忘れてしまうのです。
広瀬はこれまでのことを打ち明けます。
カケイの兄は、カケイのことをとてもかわいがっていたのです。
夫が家出してから、それを死んだことにして、カケイに土地と家を相続させました。
手続きは兄が自分でやったのです。
兄は自分が借金で火だるまになったときも、カケイの財産にはいっさい手をつけませんでした。
兄が死んで残った借金は、広瀬が格安の売春婦をして、返済したのでした。
カケイはそんなことはなにも知りませんでした。
広瀬は、これでもう許してくれ、と言います。
彼女は、自分のせいで道子が死んだのだとカケイに恨まれている、と思い違いをしていたのです。
そんなことは少しもないのでした。
広瀬は通帳と印鑑をカケイに渡しました。
道子が生まれてからずっと、カケイの収入を兄が預かって、通帳に入金してきたのです。
合計十九万円あまり。
カケイは、そのお金をみっちゃんたちで分けてくれるように、との遺言状を、がんばって書きました。
遺言状に押すためのハンコを取りにいって、カケイは転んでしまいました。
気を失ったらしく、気がついたら夜でした。
手のひらに、花が見えます。
昔、近所に住んでいた親切なお婆さんが亡くなるときに見た、という花です。
カケイは、自分にもとうとうお迎えが来たのだと悟るのでした。
ミシンと金魚 を読んだ読書感想
第45回すばる文学賞受賞作で、題35回三島由紀夫賞の候補作でもあります。
一読して、主人公の人生はなんてすさまじいんだろう、とうちのめされました。
本当にもう、これでもか、これでもか、という不幸のオンパレードなんですね。
私は途中で、たぶんこのまま暗い終わりかたをするんだろうなあ、と思ったものです。
というのも、かつての日本の小説ではそういう暗い終わりかたというのはよくあって、むしろ、暗い終わりかたをするのがブンガク的だ、みたいな風潮があったのです。
ところが、この作品は違いました。
おしまいのほうに、ほっとするような救いを、ちゃんと用意しているのです。
そのおかげで、読み終えてから、惜しみなく拍手を送りたくなりました。
人生の尊さを描いた傑作だと思います。
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