著者:尾崎世界観 2021年1月に新潮社から出版
母影の主要登場人物
私(わたし)
物語の語り手。おとなしく聞き分けのいい小学生。遊び相手と居場所を探している。
母(はは)
私を女手ひとつで育てている個室マッサージ店の従業員。軽度の知的ハンディキャップがあるが日常生活には支障がない。
先生(せんせい)
私の担任。生徒たちに子供らしさを求める
彼女(かのじょ)
私のクラスメート。空気を読むのがうまく変わり身も早い。
母影 の簡単なあらすじ
小学校に通っている「私」でしたが親しい友人もいなく、良からぬうわさが広がっているためにクラスに溶け込めません。
放課後は母の職場で時間をつぶしていますが、店内で違法なサービスが行われていることが地域で問題になっていきます。
周りの大人たちに助けを求めず行政のサポートも利用することもなく、親子はふたりだけで生きていくことを決意するのでした。
母影 の起承転結
【起】母影 のあらすじ①
母が働いているお店はカーテンに囲まれた部屋が並んでいて、ベッドの上にはお客さんがうつぶせになっていました。
だいたいがスーツを着た中年の男性で、母の仕事は入れ代わり立ち代わりやって来る彼らの「こわれたところ」を直すこと。
カーテンの先にはキチンと畳まれた新品のタオルが山になって積まれている場所があり、ここに隠れて私は宿題をしたりお昼寝をしています。
客足が途切れる頃には外はすっかり暗くなっていて、ようやく母と一緒に帰る時間です。
お店を出ると目印のガソリンスタンドを曲がって、駅前につながっている大きな道から自転車置き場へ。
細くて長いアパートの3階の手前から2番目が私たちの部屋で、台所・トイレ・和室だけでお風呂はありません。
銭湯に行かない日にはご飯を食べて早く布団に入るだけで、次の日の朝になっても母は疲れて寝ていました。
母を起こさないように静かに歯みがき・着替えを済ませると、外に出て通学路をひとりで歩いていきます。
【承】母影 のあらすじ②
登校すると朝のホームルームまで時間があるようで、真ん中の方に集まっている女の子たちが私の方をチラチラと見てきました。
休み時間には教室に居づらいために廊下や階段をウロウロとしていますが、すれ違った女子ふたり組はコソコソと話し込んでいます。
あの子はテストができない、スポーツができない、友だちがいない、父親もいない… ふたりのうちのひとりの彼女は大きなマンションに住んでいて、以前はよく私も家に招かれたほどの仲良しです。
遅くなった時には彼女の両親が夕ご飯まで用意してくれましたが、ある日を境に声を掛けても返事が返ってきません。
どうやら母の店が警察関係者の捜査を受けたことが原因のようで、私が「変タイマッサージ」とあだ名をつけられたのと同時期です。
チャイムがなるとすぐに母の様子を見に行きますが、お金の計算ができずに時間もカウントできないことを店長から叱られています。
勉強もしないでこんなところに来ているとダメな大人になると、私もついでのようにお説教をされてしまいました。
【転】母影 のあらすじ③
いつもの指定席に隠れて私が漢字ドリルを片付けていると、初めてのお客さんがやってきます。
カーテン越しに影しか見えませんが紛れもなく先生の声で、教壇に立って帰りの会でしゃべっている調子とまったく同じでした。
年の割には感性が優れていること、豊かな想像力も備わっていること、みんなの輪の中に積極的に入ってほしいこと、給食を残さず食べられるようになってほしいこと。
私の学校生活と今後の課題についてはそんなところですが、本題は保護者からかかってきた匿名の電話についてです。
この店については職員室でも問題になっていますが、常連客の中には児童の父親もいるために大ごとにする訳にはいきません。
先生の話では母は「遅れている」そうで、しっかり申請すればそれ相応の支援が下りるそうでお金の問題も解決するでしょう。
先生の体には特にこわれたところはないようで、時間切れを告げるブザーが鳴ると母は早々と「またお越しください」といって追い出します。
【結】母影 のあらすじ④
学校のお店も休みの日にめずらしく母がお出かけをすると言い出したために、驚きながらも私は着替えをしました。
きっぷ売り場ではズラリと並んだ数字に困っているようでしたが、駅員を呼んで教えてもらいながら何とか改札口をくぐり抜けます。
冷たいソフトクリームや熱々のハンバーガー、玩具のカプセルが出てくるガチャガチャに水色のワンピース。
美味しいものを食べさせてもらい好きなものも買ってもらい大満足でしたが、1番に嬉しかったのは私と母とのあいだにカーテンがないことです。
授業参観の日にまで書いて先生に提出することになっている、家族についての作文もようやく今夜あたりには完成させることができるでしょう。
すっかり暗くなったアパートまでの帰り道、信号を渡った先にはボンヤリとした交番の明かりが。
立ち番の警察官の前を通る時に、母はおびえたように私の手をギュッと握りしめます。
マッサージするように優しくその手を握り返し警官をやり過ごした瞬間、母と私の影がひとつになるのでした。
母影 を読んだ読書感想
貧困層における母子家庭の危うさが、カーテンで囲まれた特殊な空間からリアルに描かれていました。
おそらくは小学校の低学年であろうかと思われる主人公、大人たちの偽善や欲望のすべてを見通したようななまなざしにドキリとさせられます。
彼女が学校で心ない言葉を浴びせられるシーンや、当たり障りのない担任の教師の対応もまさに今の時代を象徴しているのではないでしょうか。
終盤に親子が交番の前を通りかかる場面も秀逸で、駆け込んで助けを求めれば良かったのかは判断が分かれるところですね。
社会のセイフティーネットからこぼれ落ちていくような母と娘、せめてふたりが無理解によって引き裂かれることのないように祈るばかりです。
コメント