著者:奥田亜希子 2020年2月に中央公論新社から出版
愛の色いろの主要登場人物
渡辺伍郎(わたなべごろう)
主人公。特異なコミュニティで幼少期を過ごす。シェアハウスのオーナーで都内で不動産業も営む。確固たる意思でポリアモリーを貫く。
佐竹黎子(さたけれいこ)
伍郎の同志。熊本の保守的な家庭で生まれる。上京後にパンセクシャルを公表。
志田千瀬(しだちせ)
黎子のファン。地元の高校を卒業後に歯科助手として働く。自分の考えを表現するのが苦手。
朝川良生(あさかわりょうせい)
千瀬のパートナー。プログラマーの仕事が忙しく一度結婚生活に失敗している。
伊都子(いつこ)
良生の元妻。自立心が低く思い込みが激しい。
愛の色いろ の簡単なあらすじ
渡辺伍郎と佐竹黎子が都内にオープンしたのは、ポリアモリー(複数愛)の人たちのためのシェアハウスです。
黎子の活動に共感した志田千瀬や離婚歴のある早川良生が入居してきますが、突然の伍郎の死によって転機が訪れます。
千瀬は生まれ故郷へと帰り、残った黎子と良生によって苦学生のための支援施設へと生まれ変わるのでした。
愛の色いろ の起承転結
【起】愛の色いろ のあらすじ①
養鶏や酪農を営み会員たちの暮らしを賄うタライノ会という共同体で、渡辺伍郎は5歳から15歳までの時期を過ごしました。
入会するためには財産のすべてを寄付することが推奨されていて、コミューンに移り住めば衣食住が提供されてお金を使う必要はありません。
親子関係すら認められずに一切の所有を否定する環境で育った伍郎は、パートナーを独占する従来の恋愛スタイルに違和感を抱いていきます。
成人してからも思い悩んでいた伍郎が見学してみたのは、性的マイノリティの人たちが同志と交流するためのグループです。
このグループで伍郎は愛する人の性別にとらわれない「パンセクシャル」をカミングアウトして活動している、佐竹黎子という女性と出会いました。
ふたりは新宿から電車で20分くらい離れた場所にある小さな一軒家を購入して、シェアハウスを始めます。
この家に住むための唯一の条件は複数の人を同時に愛する、「ポリアモリー」と呼ばれるライフスタイルを受け入れられるかだけです。
【承】愛の色いろ のあらすじ②
黎子が切り盛りしているスナック「デイブレイク」は、少数派の恋愛指向の人たちの集いの場となっていました。
若島歯科で働いている志田千瀬もラジオで黎子のラジオ番組を聴いて客として来店したひとりで、間もなくシェアハウスのメンバーに加わります。
朝川良生が妻の伊都子と子供の親権争いで疲れていた時期に、辛うじて精神的なバランスを保つことができたのもデイブレイクのおかげです。
伊都子との離婚協議が成立した後に良生もシェアハウスに移り住みましたが、ポリアモリーについては友人や勤め先には打ち明けていません。
黎子や伍郎と比べてみると、良生はまだまだ自分が複数愛者としての覚悟が足りないことを痛感してしまいました。
千瀬とは恋人同士となりましたが、時おり彼女を独占したいような気持ちに悩まされています。
お互いに不満や不安を抱いた時には話し合いで解決をしてきた4人でしたが、突如として伍郎が交通事故で亡くなったのは千瀬たちが引っ越してきてから2年目の正月のことです。
【転】愛の色いろ のあらすじ③
もしもの時に伍郎が残しておいた遺書によって葬儀は神式で行われて、シェアハウスの土地と建物は黎子が相続することになりました。
黎子は生活のリズムが不規則になりアルコールの量が増えていく一方で、デイブレイクも臨時休業したままです。
そんな黎子を心配してこまめに身の回りの世話を焼いているうちに、自然と良生は彼女と急接近していきます。
ポリアモリストを自認している千瀬ですが、ふたり以上と同時には交際したことがありません。
人生経験では黎子や良生にはかなわない千瀬は、少しずつふたりとの間に距離感を感じてしまいます。
千瀬がシェアハウスを出て実家に帰ることを決意した決定的な理由は若島歯科の院長が高齢のためにクリニックを閉めることにしたからです。
新しい勤め先でうまく人間関係を築き上げて仕事を続けていく自信も、今の千瀬にはありません。
ふたたび千瀬がシェアハウスを訪れたのは、伍郎の事故死から10年の歳月が流れた頃でした。
【結】愛の色いろ のあらすじ④
黎子と良生は18歳を過ぎて児童養護施設からの退去を迫られている、少年少女たちをサポートする取り組みをスタートします。
高校卒業と同時に経済的に自立をしなければなれない上に、彼ら彼女たちには身近に頼りになる大人もいません。
そんな若者たちのために光熱費・水道代・食費を含めた格安の家賃で、シェアハウスの空き部屋を提供してあげました。
黎子と良生が籍を入れたのも、夫婦として運営している自立支援ホームという看板があったほうが行政や養護施設のスタッフの理解を得やすいからです。
「早川夫妻」はあくまでも表向きだけのもので、ポリアモリストとしてのふたりの関係性は変わっていません。
30代の半ばで実家で暮らしながら近所の歯科クリニックで働いている千瀬は周囲から結婚をせっつかれていますが、これからも黎子や良生のように何かに立ち向かっていくつもりです。
10年ぶりに足を踏み入れたシェアハウスはあの頃と何も変わらないままで、千瀬は大きな声で「ただいま」を言うのでした。
愛の色いろ を読んだ読書感想
肉体的な性別や旧来の家長父制に束縛されることのない、新しい恋愛観やパートナーとの関係性が描かれていました。
多様性を尊重して、自分と異なる価値観を持つ人たちとどれだけ分かり合えるかというタイムリーなテーマにも考えさせられます。
誰かを所有すること、誰かに所有されることから解放されるためにひとつ屋根の下で送る共同生活が忘れられません。
ポリアモリストとして揺るぎのない信念を貫き通した渡辺伍郎と佐竹黎子、迷いながらも自分の生き方を模索していく志田千瀬と朝川良生。
4人の男女のコントラストも美しく、それぞれが対等な立場を尊重していて感動的です。
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