著者:千葉雅也 2019年11月に新潮社から出版
デッドラインの主要登場人物
僕(ぼく)
物語の語り手。大学院の修士1年生。専門は哲学でフランスへの留学も考えている。自らの性的指向にもオープン。
K(けー)
僕の高校時代からの友人。音楽と情報処理の融合を工学で目指す。自主映画の制作やドライブが趣味。
徳永(とくなが)
僕の指導教授。口数は少ないが親身になって学生の世話をする。
知子(ともこ)
僕のサークル仲間。実家は呉服屋だが家業に興味はない。文学やアートに憧れる。
デッドライン の簡単なあらすじ
幼い頃から成績が優秀だった「僕」は大学院まで順調に進んで、金銭的な苦労も知らずに自分の研究やプライベートを楽しんでいます。
「動物になること」と「女性になること」をメインテーマに修士論文の執筆を開始したのは、同性愛者であることを公言しながら時おり生きづらさを感じていたからです。
論文の締め切りが迫る中で父親の会社が倒産したために、苦学生として再出発するのでした。
デッドライン の起承転結
【起】デッドライン のあらすじ①
内部進学で大学院の修士課程に進んだ僕は、外部から来た人たちとはいまいち気が合いません。
サークルにも特に興味はありませんが、高校の時から仲の良いKや学科が同じ知子が入っている映画研究会を手伝っていました。
午前中の授業は取っていないために起きて大学に行くのは昼過ぎでしたが、水曜日の5限から始まる徳永のゼミには欠かさずに出席しています。
学生の自主性に任せて特に決まったカリキュラムもなく、先輩後輩の上下関係もゆるく何も強制されないからです。
金曜日の夜になると僕が向かうのは新宿2丁目を南北に貫く仲通りで、マージャン店やマッサージサロンがテナントとして入っている雑居ビルのワンフロアに足しげく通っていました。
真っ暗な店内には筋肉質の若い男性たちが下着姿で回遊魚のように歩き回っていて、フィーリングが合った相手を見つけると個室に入って愛し合います。
僕には一夜限りの遊び相手を何人かキープしていましたが、「ステディ」と呼べるような決まったパートナーはいません。
【承】デッドライン のあらすじ②
7月の終わりに母方の祖父が亡くなったために、下宿先の杉並区久我山から新幹線に乗って実家へと帰りました。
高台にある葬儀所は美術館のような広々としたホールで、祖父が火葬場で骨になるまで親戚と一緒にビールを飲んだり食事を取ったりします。
祖父の介護からようやく解放された母はひと回りは小さくなった様子で、悲しんでいるというよりも力が抜けてしまったのでしょう。
僕が男性に対して欲望を抱くことをカミングアウトして以来、子供の頃によく遊んでもらった母の兄は急によそよそしい態度を取るようになっていました。
15畳のワンルームマンションで家賃は12万円、車の免許を取得してからは3万円をこえる駐車場代、愛車は青緑色の古いフォルクスワーゲン・ゴルフ。
大学生にしては不相応なくらいの優雅な暮らしができるのは、僕の父親が起業家として成功していたからです。
近頃では経営がうまくいっていないようですが、東京の専門学校に進学して僕と同じく高額な仕送りを受けている妹の電話では「パパは天才だから大丈夫」とのこと。
【転】デッドライン のあらすじ③
まだ十分に夏が終わらない9月の末から大学は始まり、僕はKや知子だけではなく徳永を自宅に招いてちょっとしたパーティーを開きました。
幼稚園から高校までピアノを習っていて父の影響で高価なオーディオ機材の趣味もある僕の部屋で、下北沢にある行き着けのレストランのマスターが包んでくれたイタリアンを堪能します。
食事とお酒が進んでいく中で、知子が打ち明けたのは祖父の代から続いてきた呉服屋のことです。
親の期待以上にコツコツと努力して学業を続けている知子でしたが、母が家業を継いでほしいと愚痴をこぼすのが悩みの種でした。
一浪して工学部に合格しているKはまだ4年生で、院に行くか就職活動をするかで迷っています。
修士論文のテーマをいまだに決めていない僕に、徳永がお勧めしてくれたのはフランスの哲学者ジル・ドゥルーズです。
男性的な社会の支配から逃れて動物的・女性的な生き方を模索したドゥルーズは、性的マイノリティーとしての自由を求める僕にはぴったりに思えました。
論文の締め切り(デッドライン)は冬ですが、今から取りかからなければ間に合いそうにありません。
【結】デッドライン のあらすじ④
12月に入っても論文の執筆がなかなか進んでいないある日のこと、実家に電話をかけてみると銀行に融資を断られた父親が不渡りを出したことを報告してきました。
徳永に相談してみると書き終わっていない論文の提出は諦めて、お金に関するアドバイスを与えて安心させてくれます。
奨学金を受ける場合には基本的に返還義務がありますが、研究成果が認められれば免除される制度もあるそうです。
学費は何とか実家で出してもらえそうですが、当面の生活費は僕自身の手で工面しなければなりません。
学習塾で働いている友人に頼んで個別指導のアルバイトを紹介してもらい、車も手放して駅前の不動産屋で6畳ひと間で月5万円ていどのアパートを見つけます。
これまでの僕は向こう側へと飛びこえそうになりながらも、ただ線の手前でくるくるとダンスをしていただけです。
バランスを失って崩れ落ちた先から全てをやり直すためにも、自分自身がデッドラインになることを決意するのでした。
デッドライン を読んだ読書感想
高い知性に恵まれて裕福な実家からの経済的なバックアップを受けながら、お気楽な日々を過ごす学生が主人公です。
昼間は哲学の高尚な思想や難解なテーマに取り組みつつ、夜は新宿のディープなエリアで欲望を満たすギャップが印象的でした。
やりたいことはとことん追いかけなければ気が済まないK、自分の将来は自分で決めるという強い意志を胸に抱いた知子。
男女の性別や恋愛観に捉われずに、お互いの違いを認め合いながら築き上げていく3人の友情には心が温まります。
研究者や大学教授というよりも仙人のような風格を漂わせた、徳永先生の言葉も味わってみてください。
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