著者:古川真人 2017年7月に新潮社から出版
四時過ぎの船の主要登場人物
大村稔(おおむらみのる)
主人公。なまけ癖から大学を中退した。兄の介護を名目に仕事をしていない。
大村浩(おおむらひろし)
稔の兄。バリアフリー企業で全盲のシステムエンジニアとして活躍。
吉川佐恵子(よしかわさえこ)
稔の祖母で故人。70歳をすぎても島でひとり暮らしを続けた。
大村美穂(おおむらみほ)
稔の母。自分の時間を大切にして我が子とは距離を置く。
山浦卓也(やまうらたくや)
稔の幼なじみ。真面目な塗装工でマイホームパパ。
四時過ぎの船 の簡単なあらすじ
30歳をすぎても無職・出不精状態が続いていた大村稔が、ある時に田舎の小島へと出かけたのは祖母・佐恵子の遺品整理を頼まれたからです。
生前に佐恵子が愛用していたノートの走り書きを見て、稔は彼女の愛情の深さと遺言を思い出します。
これといってやりたいことが分からない稔でしたが、当面はハンデを抱えた兄・浩の面倒を見ながら生きていくことを決意するのでした。
四時過ぎの船 の起承転結
【起】四時過ぎの船 のあらすじ①
生まれつき目が悪かった大村浩は眼科医に通って治療を受けていましたが、中学生の頃には完全に視力を失ってしまいました。
福岡県内の盲学校に通い始めて、卒業後は視覚や聴覚に障がいを抱える人たちに開かれた関東の大学へと進学します。
4年間のキャンパスライフを情報工学を学ぶことだけに費やしたために、コンピューターの知識と応用技術は完璧です。
70通以上のエントリーシートを送ったところエンジニアとして採用、音声補助システムが完備された会社のために業務に差し支えはありません。
入社に合わせて都内のマンションを借り、通院に付き添ってもらったり身の回りの世話をするために呼び寄せたのが弟の稔。
兄とは対照的に極めて健康体でしたがぼんやりとしていることが多く、学校を辞めたのもただ怠惰であっただけです。
7年以上も同じ勤め先にいる浩、何かを始めてもすぐに放り出してしまう稔。
ふたりは時おりいさかいを繰り返しながらも、何とかうまく共同生活を送っています。
【承】四時過ぎの船 のあらすじ②
稔たちの祖母にあたる吉川佐恵子は、夫と死別してからも10年以上に渡って離島の一軒家にひとりで住み続けていました。
以前からあった認知症の兆候が進んできたために、娘の美穂がいる福岡の家に身を寄せます。
寝たきりになってからは入退院を繰り返して、とうとう生まれ故郷に戻ることはなく病院のベッドの上で亡くなったのが2年前の5月。
使い古された家具や旧式の家電製品、年季の入った調度品から上等な着物まで。
佐恵子の家には物があふれかえった状態でしたが、慌ただしい日々の中でなかなか手を付ける暇が見つかりません。
ようやく今年の5月に入って美穂は時間を作ることができ、連休には息子たちが帰省するそうです。
お互いにスケジュールが合わず、この機会を逃すとまたしても先送りになってしまうでしょう。
美穂にとっては生家でもあり兄弟にとっては「おばあちゃんの家」は、雨漏りがひどく床板もすっかり弱くなって踏み抜きそうになっていました。
要らないものは廃品業者に引き渡して目ぼしいものを運び出し始めると、玄関の外からクラクションが聴こえてきます。
【転】四時過ぎの船 のあらすじ③
運転席に座っていたのは吉川家の斜め向かいの住人・山浦卓也で、稔とは同い年のために幼い頃はよく海で泳いだり釣りを教えてもらいました。
いろいろと話をしたいという卓也からの誘いを受けて、稔は片付けの途中にも関わらず勝手に抜け出して助手席に乗り込みます。
しばらく会っていなかった卓也の父親はすっかり老け込んだ様子で、間もなく高齢者向けの施設か特養ホームに入居しなければなりません。
一方では愛知県の塗装業者に就職した卓也は、そこで知り合った女性と結婚して子どもも授かり幸せそうです。
手にしっかりと職をつけてプライベートでも1歳2カ月の娘の子育てに大忙しの卓也、間もなく30歳になろうかというのにプラプラとしている稔。
冷蔵庫から缶チューハイを持ってきてくれた卓也の妻に、今は何をしているのか訪ねられるとたちまち居心地が悪くなってしまいました。
明日の午後4時25分に出発する最終便で帰ることだけを告げた稔は、早めにおいとまします。
【結】四時過ぎの船 のあらすじ④
電話を置く台の引き出しを動かそうとした稔は、ボロボロになった佐恵子のノートを発見しました。
最初の方には詳細な日々の記録がつづられていましたが、徐々に物忘れが進行していくと備忘録の役割りを果たすようになっていたのでしょう。
最後のページには「今日ミノル、四時過ぎの船で着く」とだけ殴り書きがしてあります。
日付からさかのぼると稔は中学1年生、例年であればみんなで島に集まる時期でしたが浩が目の手術を受けるために美保は帰省できません。
たったひとりで不安そうに稔が波止場に立っていると、海からの照り返しで輝くアスファルトの道を上ってきたのは佐恵子です。
滞在中はイカやあじの揚げたものばかり食べさせられてウンザリしていましたが、帰り際に言われた「兄ちゃんの目にならんといかん」だけは今でも忘れられません。
4時の船に乗れば真夜中には東京のマンション、来週末には福祉団体を通じて知り合った浩のネット仲間が遊びに来る予定です。
朝から晩までお菓子とジュースを片手にゲームをして、みんなが帰った後に部屋の掃除をするのはもちろん稔のお役目。
不満が口をついてでそうになった時、稔は祖母の言葉を思い出してグッと飲み込むのでした。
四時過ぎの船 を読んだ読書感想
ハンディキャップがありながらも最先端のIT企業で活躍中の兄・浩、特に悪いところはないのに何事も成しえない弟の稔。
まるっきりタイプが異なる大村きょうだいがひとつ屋根の下にいながら、大きな衝突もなくこれといった事件も起こらないのが不思議ですね。
ブラインドエンジニアや音声サポート付きのオフィスなど、これからのボーダレス社会を見据えているかのような描写が続いていました。
ゆったりとした時間が流れて美しい海に囲まれた島が舞台となる、中盤以降からはガラリとムードが変わっています。
再会した昔の友だちに差を付けられたようなほろ苦い気持ちになりながらも、稔が新しい一歩を踏み出すまでにはまだまだ時間が必要でしょう。
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