著者:伏見憲明 2010年4月に集英社から出版
団地の女学生の主要登場人物
川嶋瑛子(えいこ)
ヒロイン。他人に寄りかからずに生きてきた独居老人。死後はひっそりと忘れられることを望む。
洋子(ようこ)
瑛子の娘。出版関係の営業職が忙しく実家に寄り付かない。
高田稔(たかだみのる)
瑛子の隣人。やっかい事を押し付けられても嫌な顔をしない。
山上淑子(やまがみとしこ)
瑛子の女学校時代の友人。習い事に熱心だったが現在は認知症が進行している。
蝶谷聡(ちょうやさとし)
瑛子の幼なじみ。明るくロマンチストだったが戦争で一変した。
団地の女学生 の簡単なあらすじ
ひとり暮らしをしている川嶋瑛子にとって最後の心残りは、女学校に通っていた頃に自分に好意を寄せていた蝶谷聡と疎遠になっていることです。
同じ桜草団地に住んでいる高田稔にお願いをして、生まれ故郷でもある群馬県高崎市まで久しぶりの遠出をします。
聡の幸せそうな姿をひと目みただけで満足をした瑛子は、静かに余生をすごすことを決意するのでした。
団地の女学生 の起承転結
【起】団地の女学生 のあらすじ①
高度経済成長期に建設された桜草団地に住んでいる川嶋瑛子でしたが、コンクリートの壁には亀裂が目立つようになりました。
女子大を卒業後に中堅の出版社に就職した娘の洋子は、すでに自分のマンションを手に入れています。
結婚相手は47歳の時に友人から紹介された大手メーカーのエンジニアで、それなりに蓄えもあるようなので人並み以上の暮らしはしていけるでしょう。
親としての責任を果たした途端に家に閉じ込もっていることが多くなり、食事もカップラーメンやおにぎりで済ませてしまうことが多いです。
珍しく電話がかかってきてかと思うと、70年前に高崎観音女学校の茶道部で一緒だった山上淑子の夫・勇でした。
昨年の春頃から物忘れがひどくなったという淑子は、今朝も勇が起きた時には家を抜け出していてどこに行ったのか分かりません。
明日はわが身だと不安が湧き上がってくるのを感じた瑛子は、頭がしっかりしているうちに手紙や日記などを処分するつもりです。
鏡台の引き出しを整理していると、セピア色に変色した金閣寺の絵はがきが出てきます。
【承】団地の女学生 のあらすじ②
瑛子が生まれたのは高崎城の近くの閑静な住宅街ですが、蝶谷聡の両親は2軒隣に立派な2階建てを構えていました。
それぞれのきょうだいを交えて頼政神社で隠れんぼをしたり、家族ぐるみで水上温泉へ行ったこともあります。
瑛子に取っては弟のような存在でしたが、聡にとっては初恋の人だったのでしょう。
女学校の門の前で待ち伏せをしたり、ポエムを書きつづったラブレターを送ってきたり… そんな聡が別人のように陰うつな性格になってしまったのは、少年航空兵として徴兵されて多くの戦友を亡くしてからです。
一方の瑛子はアメリカ軍とともに入ってきたダンスホールや映画に夢中になり、郊外に引っ越してしまったために付き合いはありません。
例の絵はがきは3年ほど前に受け取ったものでしたが、当時は洋子の婚約やら自身の通院やらですっかり忘れていました。
高崎に来ることがあればぜひ立ち寄ってほしいという聡の住所が記されていて、お城の近くの番地のままで変わっていません。
【転】団地の女学生 のあらすじ③
ここから高崎駅までは普通列車で2時間ほどかかるために、駅の階段や乗り換えなどが少しだけ気がかりでした。
84歳の瑛子を筆頭に住人の平均年齢は高いために、自治会の役員などを任されているのが40代の高田稔です。
捨て猫の里親を探すボランティアをしていたり、自宅で作曲をしている他は特に決まった職にも就いていません。
1万円のアルバイト代に交通費、名物のだるま弁当まで付けるという条件ですぐに快く引き受けてくれます。
前の日の午前中には美容室を予約して髪の毛をセット、午後からは顔のマッサージとメイク。
口紅をひいたのは数年ぶりで、それだけでこの世界もまんざら捨てたものではないと胸がワクワクしてきました。
駅前通りこそ均一的な地方都市といった眺めでしたが、妙安寺の裏手の坂道を下っていくと今でもときどき夢に見る一角が広がっています。
区画整理が幾度となく行われているために苦労しましたが、ようやく探し当てたのが「蝶谷」の表札が掲げられた2階建てです。
【結】団地の女学生 のあらすじ④
気を利かした稔は近くの喫茶店で時間をつぶしてくるそうで、瑛子は最近になって建て替えたと思われる2世帯住宅の中庭に回りました。
垣根越しに話しかけてきたのは少し腰が曲がった白髪の高齢男性でしたが、はにかんだような笑顔には面影が残っています。
息子の妻らしき女性によると医者の予約があるためすぐに屋内に引っ込んでしまいましたが、「あなたは相変わらずおきれい」という聡の言葉を聞けただけで満足です。
これが最後の機会になるかもしれない瑛子はご先祖様のお墓参りを済ませてから帰宅、稔はインターネットの掲示板で知り合った彼とデート。
テレビや新聞で「LGBT」という言葉を聞いたことがある瑛子でしたが、稔のお相手が若い男の子だという事実に少なからずショックを受けます。
せっかくここまで付き合ってくれた稔に、了見の狭い老人だと思われたくはないために顔には出しません。
誰が誰を好きになろうと構わないと清々しい気持ちになった瑛子は、紫色に暮れなずんだ高崎公園の噴水の前で稔と別れるのでした。
団地の女学生 を読んだ読書感想
かつては夢の近未来型都市と大々的に宣伝されていたであろう、北関東のマンモス団地が物語の舞台。
21世紀を迎えてからは建物も人も老朽化が著しく、昭和の生き残りのような頑固さを漂わせているのは日本全国どこでも同じでしょう。
そんなコンクリートの箱の中で人知れず終活をスタートする主人公、川嶋瑛子の胸のうちにも思いをはせてしまいます。
彼女のプチ旅行にお供するのが血を分けた娘ではなく、気さくでちょっぴり謎めいたご近所さん・高田稔だというこも今の時代を象徴していますね。
遠くの親戚よりも近くの他人という言葉がピッタリな、ふたりの息の合った掛け合いも楽しめました。
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