著者:千早茜 2019年7月に文藝春秋から出版
神様の暇つぶしの主要登場人物
柏木藤子(かしわぎふじこ)
文中の語り手である〈私〉。メインストーリー上では二十歳の大学生。
廣瀬全(ひろせぜん)
藤子の亡くなった父の友人。写真家。メインストーリー上では五十台後半から六十くらい。
菜月(なつき)
藤子の友人。中学から大学までいっしょ。
里見(さとみ)
藤子と同じ大学に通う美形の男子。
三木(みき)
廣瀬全の助手。
神様の暇つぶし の簡単なあらすじ
父を亡くして間もないある日、柏木藤子のもとを、腕に大けがをした男が飛びこんできます。
男は全さんと言い、亡くなった父の友人のカメラマンでした。
出会った初めから、心がざわつく藤子。
全さんとの交流が続くうちに、藤子はどんどん彼にひきつけられていきます。
彼の助手は、彼がどんなに女癖が悪いかを言い、近づかないようにと忠告するのですが……。
神様の暇つぶし の起承転結
【起】神様の暇つぶし のあらすじ①
藤子は二十歳になったばかりの大学生です。
初夏の夜、腕に傷を負った初老の男が父を訪ねてきました。
父はふた月ほど前に亡くなっていますが、男はそれを知らずに頼ってきたのです。
男は父の昔からの友人で、藤子の小さなころも知っていました。
男の傷の手当てをする藤子は、彼にひきつけられていきます。
別れぎわ、藤子は男のことを思いだしました。
全さんと言います。
廣瀬写真館の不良息子で、プロの写真家です。
翌日やってきた全さんは、故障した浄水器の修理部品を買いがてら、藤子を食事につれだしました。
そのくせ、回転寿司でたらふく食べると、食べすぎだから歩いて帰るように言いつけて、自分はさっさとタクシーで帰ってしまうのでした。
帰宅した藤子は、父の机の引き出しにED治療薬が入っているのを見つけ、嫌悪感をおぼえます。
母は、藤子が中二のときに男といっしょに出て行っています。
それ以来、「いい人」だったはずの父でしたが、結局は母と同じなんだ、と藤子は思ったのでした。
全さんとの夕食のとき、ビールを飲みながら、その思いをぶつけました。
さらには、問われるままに、うまくいかなかった自分の初体験のことまで話しました。
飲みすぎた藤子はゲロを吐きます。
全さんは、藤子を介抱しながら、「男は隠すのがへたなんだ。
許してやってくれ」と言うのでした。
【承】神様の暇つぶし のあらすじ②
翌日、藤子は家に帰る途中、廣瀬写真館のそばで、かわいらしい四十歳台の女性に声をかけられました。
数日後、庭で草むしりをしていると、その女が訪ねてきました。
「あなたはあの人とどういう関係なのか」と、全さんとの関係を問い詰めてきます。
「関係なんてない」とつっぱねる藤子に、「関係ないなら、どうしてあの人がここに来るの」と怒りだし、とうとう藤子をひっぱたきました。
そこへ全さんの助手の女性がやってきて、女を引き離してくれました。
全さんは、以前あの女と関係を持ったようです。
驚いたことに人妻なのです。
藤子は、そういう関係は気持ち悪いと全さんに訴えます。
全さんは、藤子の母が不倫して家を出ていったせいで、藤子が不倫の恋を許せないのだと理解したようです。
藤子の母・幸枝はまだ藤子の父の死を知らないとのことなので、全さんは藤子を、母の故郷の山形へつれていきます。
藤子がその家のそばで待っていると、母が子供をつれて帰ってきました。
母と話すうちに、わかりました。
母にとっては今の夫とのことが本当で、藤子の父とのことのほうが間違いだったのだと。
その晩、藤子は全さんと呑んで、したたかに酔ったのでした。
【転】神様の暇つぶし のあらすじ③
翌日、全さんに誘われて、出羽三山のひとつ、羽黒山に参拝することになりました。
二千四百段以上ある石段を登っていきます。
全さんがひどく苦しそうで、携帯している腰痛用の薬を飲んでいました。
山をおりて、新幹線のなか、眠っていた藤子がふと目をあけると、全さんがギラギラした目で見つめているのでした。
しかし、どうして見つめているのか、藤子には訊けませんでした。
その夜、もつ焼き屋で、全さんと呑んでおしゃべりしている途中、話の流れから藤子は「全さんが教えてくださいよ、私に、男を」と、ぽろりと言ってしまったのです。
全さんは逃げ腰になり、藤子は一気に後悔の念に囚われてしまいました。
家に帰り、死にたいほどの恥ずかしさにおそわれ、翌日も雨の音を聞きながら、家のなかで呆けていました。
翌日、写真館を訪ねましたが、返事がありません。
そこへやってきた助手の女性に、全さんの女癖の悪さを教えられ、気をつけるように言われました。
昔、娘さんを亡くしたときから、そんなふうに変わったそうです。
しばらくして、藤子は、親しくしている美形の男友だちから、同性愛者であることを打ち明けられます。
そして、はたから見て気持ち悪かろうと、みんな自分の恋愛だけがきれいなのだと諭されます。
勇気を得た藤子は、全さんに会いに行き、そこで交通事故に遭いました。
全さんに病院へつれていかれます。
幸い、大したことはありませんでした。
全さんは藤子に「恋愛ごっこならよそへ行け。
おれはだめだ」とつっぱねるのですが……。
【結】神様の暇つぶし のあらすじ④
結局のところ、藤子は全さんに抱かれることになりました。
全さんは容赦なく時間をかけて藤子の身体を愛撫し、挿入してきました。
一度関係を持ったあとは、藤子は全さんとのセックスに耽るようになります。
ひと夏の間中、世間を切り離して、愛欲の生活に浸り続けました。
全さんは「お前は神様なんだ」と、よくわからないことを言います。
そうして、いつの頃からか、藤子の写真を撮るようになりました。
やがて秋となり、ある日突然、全さんは藤子の前から姿を消したのでした。
助手の女性が以前言っていたように「手を切ることさえしない。
興味を失ったら終わり」ということらしいのでした。
捨てられた悲しみのなか、ゲイの里見とおしゃべりして、少し慰められる藤子でした。
次の年の夏、写真館をひとりの女性が訪れました。
全さんの妻の京子さんでした。
京子さんは、全さんが撮った藤子の写真を本にする許可を求めてきます。
藤子は「好きにして」と言い捨てます。
そんな藤子に、京子さんは、全さんが去年亡くなったことを教えます。
末期癌だったのです。
写真集が出版されると、藤子は世間からさんざんにつつかれました。
それを逃れて生きていったある日、写真集にかかわった編集者が、藤子のもとを訪れました。
彼は、藤子のような命のかたまりのような女に、広瀬全は魅入られ、執着したのだと言います。
もしかしたら、廣瀬全は、カメラがとらえた一瞬のその向こうをいっしょに生きたいと願ったのかもしれません。
それはあくまで、編集者が思い描いた廣瀬全の物語。
藤子には藤子にとっての廣瀬全の物語があります。
それを彼女は編集者に語ろうと思うのでした。
神様の暇つぶし を読んだ読書感想
正直言って、読んでいて、非常に重い感じのする恋愛小説でした。
普通、恋愛小説というと「好きになっちゃった、うふふ?」みたいに、ハートマークをペタペタ貼りつけるような、ハッピーな小説ではないかと、個人的には思っていました。
本作はぜんぜん趣きが異なります。
出会ったときから、ヒロインは男にひきつけられていきます。
そこに「恋」という文字はなく、極めて具体的に、かつ微細に、男のどんな様子にひかれるのかが描写されています。
それがとてもリアルで、読んでいるこちらの心までがざわざわとするのです。
そうして、ヒロインはどんどん「恋」という「沼」にはまりこんでいきます。
ヒロインと男が肉体関係を持って以降、すでに別れの予感が漂いはじめており、これまた、読んでいるこちらの胸もはりさけそうです。
やがて、実際に別れが訪れます。
単に恋の話というより、人間の生きている切なさや哀しさというものにまで迫っている印象のある恋愛小説でした。
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