「高尾に恋して」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|松波季子

高尾に恋して 松波季子

著者:松波季子 2012年12月に文芸社から出版

高尾に恋しての主要登場人物

片山修三郎(かたやましゅうさぶろう)
主人公。大手企業を定年まで勤め上げて現在は無職。頭の固い亭主関白で周囲に従順さを押し付けていた。

岡本万由子(おかもとまゆこ)
明るく丁寧な接客を心がけるカフェ店員。社会的な地位のある男性と結婚。夫が浮気性なために精神的に不安定な面もある。

高尾に恋して の簡単なあらすじ

妻と死別して孤独に苦しんでいた片山修三郎が、供養のための山歩きをしている時に出会ったのが岡本万由子です。

彼女が働いているカフェに通いつめているうちに、個人的な悩み事を打ち明けられるほどの仲に進展していきます。

勤務時間外に修三郎と高尾の山に珍しい花を見に行ったのがきっかけで、万由子は冷えきってきた夫ともう1度やり直すことを選ぶのでした。

高尾に恋して の起承転結

【起】高尾に恋して のあらすじ①

伝えられなかった愛を胸に秘めて

片山修三郎が長年に渡って勤務していたのは一流どころと言われている会社で、つい先日に定年を迎えたばかりです。

12月2日、自宅近くのスーパーマーケットまで買い物に出掛けた妻が交通事故に巻き込まれて市立総合病院に搬送されました。

集中治療室で応急措置を受けるもののすでに手の施しようがなく、ただの1度も意識を取り戻すはありません。

深い喪失感に包まれていく修三郎はみるみるうちに老け込んでいき、生きているうちに愛情を伝えなかったことを後悔します。

会社員時代はほとんど旅行をする余裕がなかった夫婦にとっては、年に数回ほど高尾山に登ったことは貴重な思い出です。

特に年が明けてすぐの1月2日に薬王院に参拝することは、毎年の通例行事と決めていて欠かしません。

6畳の和室には笑顔でほほえむ妻の写真と遺骨が収められた小さな骨つぼ、四十九日の法要まではもう少し先。

修三郎は遺影とひとかけらの骨を包んだ白い布を上着のポケットに入れると、弔いのために山へと向かうことを決意します。

【承】高尾に恋して のあらすじ②

甘くて切ない味と恋の予感の香り

高尾山薬王院へはケーブルカーや登山用のリフトを利用できますが、参拝道に当たる1号路を歩いていくことにしました。

金刀比羅台園地に到着してベンチに座ってみると関東平野を一望することができ、その眺めには心を癒やす不思議な力があります。

香炉でお香をたいて本堂でお参りを済ませてから、男坂と女坂の分岐点で風に揺られていたのは「天狗焼き」と書かれたのぼりです。

見た目は高尾山の伝承として有名なテング、生地はパリッとした食感、中身は甘さを控えめにした国産黒豆あん。

和菓子には目がない妻はいつもここのお店でおいしそうに頬張っていましたが、今の修三郎には食欲がありません。

あえて何も考えないように高尾駅まで下山すると、1軒の小さな喫茶店「マロニエ」からコーヒー豆のいい香りが漂ってきました。

扉を開けると30代の半ばかと思われる女性が元気よく迎えてくれて、妻の若い頃にそっくりです。

1杯だけホットコーヒーを飲んだ修三郎は、帰り際に翌月の2日にも来店することを約束します。

【転】高尾に恋して のあらすじ③

スミレの上での告白と抱よう

2月2日、3月2日、4月2日… 妻の月命日には必ず高尾山に足を運ぶようになった修三郎は、少しずつ健康的な生活のリズムを取り戻してきました。

帰り道にマロニエに寄るために服装も小ぎれいに整えて、髪の毛も清潔に散髪して黒く染め上げているために以前よりは年相応に見えるでしょう。

マロニエは奥のキッチンで調理を担当する男性と、例の女性・岡本万由子のふたりだけで切り盛りしているようです。

ゴールデンウィークの期間は営業していないということを聞いた修三郎は、思いきって一緒に高尾菫を見に行かないかと提案してみます。

すんなりと了承してくれた万由子との待ち合わせ場所はケーブルカー清滝駅、日付は5月2日です。

当日にはこの時期にしか見られないハート形の葉っぱを付けたスミレが咲きほこっていましたが、山頂に着いた頃には万由子は目に涙を浮かべていました。

外資系のIT関連に勤めていて責任のあるポジションを任されている夫、よそに愛人がいるためにうまくいっていない結婚生活。

自分でもどうしたらいいのか迷っているという万由子にハンカチを差し出すと、修三郎は力強く抱きしめます。

【結】高尾に恋して のあらすじ④

それぞれの階段を駆け上がる時

6月2日、いつものように山道を歩いたり風景や季節の草木を堪能した後でマロニエに立ち寄りますが万由子の姿がありません。

カウンターにいたのは新しく雇われた若い女性で、彼女が店を辞める直前に預かったという小さな袋を渡されました。

袋にはアイロンを掛けたハンカチとスミレの押し花を模様にした封筒が添えられていて、手紙は品の良い文字でつづられています。

ふたりで登った高尾山が久しぶりに楽しかったこと、頂上で見た花に本当に感動したこと。

見苦しい姿を見せてしまったことが恥ずかしくて仕方がなかっ万由子ですが、あの日を境にして夫と真っすぐに向き合うことができるようになったそうです。

それ以降も修三郎は高尾山に通いつめて時おりマロニエにも顔を出しますが、万由子がここに現れることはないでしょう。

妻がこの世を去ってから1年後、遺影を内ポケットに入れた修三郎は年末の参拝客でにぎわう高尾浄心門の石段を一歩ずつ踏みしめていきます。

途中で夫とふたりの子供を連れた万由子とすれ違いますが、声をかけることはなく12月の空を見上げるのでした。

高尾に恋して を読んだ読書感想

通夜と葬儀の慌ただしさに追われていた主人公の片山修三郎が、ようやく雑事から解放された途端につぶやいた言葉は「あいつはもういないんだ。」

仕事ひと筋でバリバリに生きてきた中高年の脳裏に、言い知れぬ虚しさがよぎる瞬間を見事に捉えています。

当たり前のように誰かが側にいるありがたみは、失ってみなければ分からないのでしょう。

老いらくの危険なロマンスが燃え上がってしまうのかとハラハラさせつつも、最後までピュアな関係を貫き通しているので清々しいです。

高尾山の山上名物として人気があるらしい、テングを型どったスイーツも食べてみたくなりました。

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