著者:山崎ナオコーラ 2012年2月に講談社から出版
私の中の男の子の主要登場人物
雪村(ゆきむら)
19歳でデビューした作家。女性の体をしているが女性性が薄い。
紺野(こんの)
雪村の担当編集者。デビュー当時からついている。雪村より8歳年上。
時田翔太(ときだしょうた)
雪村と同じ大学の同期生。雪村の友だち。
服部(はっとり)
スポーツジムのトレーナー。
私の中の男の子 の簡単なあらすじ
19歳で作家デビューした雪村は、外見は女性ですが、自分ではそれを意識していません。
書くのも男性的な視点の小説です。
デビュー早々、不美人ぶりをネットで揶揄されて落ち込んだ雪村は、担当編集者の紺野をヴィジュアル担当に押し立て、自分は陰にまわります。
そして、小説を書くかたわら、自ら販促活動に励むのですが……。
私の中の男の子 の起承転結
【起】私の中の男の子 のあらすじ①
雪村は小さなころから自分が女の身体を持っているという意識が希薄でした。
心は男で、体が女、という性同一性障害とも違います。
16歳と17歳でボーイフレンドを持ち、セックスを経験しても、それは作家になるための貴重な経験としか思っていませんでした。
雪村は小説を書くだけの、透明な存在になりたがっていました。
そんな雪村が作家としてデビューしたのが19歳のとき。
デビュー作は男性を主人公とした、男性目線の小説です。
雪村には、今野という担当編集者がつきました。
紺野は雪村のことを天才だと褒め、こまかなこともひとつひとつアドバイスしてくれます。
紺野はヴィジュアル的に、雪村がなりたい男性の理想像です。
さて、新人作家として雪村の写真が世に出ると、ネットに、雪村の容姿をけなす悪口雑言があふれました。
雪村は傷つきました。
雪村は無理なダイエットをし、ボーイッシュな髪形に変え、男性的な服を着たりしますが、似合いません。
ついに雪村は紺野に提案を持ちかけます。
それは「作家・雪村のヴィジュアル部分を紺野に担当してもらえないか」ということでした。
紺野が編集部に打ち上げると、それにOKが出たのでした。
【承】私の中の男の子 のあらすじ②
雪村は自分の本を男の人にたくさん読んでもらいたい、と願い、本がたくさん売れるようにと、販促活動に力を入れます。
カバーデザインにダメを出し、今野の写真を著者近影のように使います。
ところが、サイン会に来た読者から、「守られている」と言われたことから、今野を遠ざけ、サイン会もインタビューもひとりで行うようにしました。
そうやってみると、雪村は自分が紺野に恋心をいだいていることに気づきました。
雪村はその気持ちを他人に知られないようにするために、さらに紺野と距離をおくのでした。
三年生になると、同期の時田というリーダーシップのある男と友達になりました。
そのころ、雪村は痩せようとあがいて、むしろ太ってしまい、悩んでいました。
しかし、食欲のあるときだけ食べる時田につきあって食事しているうちに、雪村は自然にダイエットに成功していたのでした。
一方、小説のほうでは、雪村はいっそう販促に励みました。
しかし、その努力に反して本の売り上げは落ちていき、紺野に「小説がつまらなくなっている」と叱られてしまいました。
同じ時期、時田から付き合いたいと告白された雪村は、付き合うことにします。
三か月後、雪村は自分が時田に恋心を持たないことに気づきます。
雪村が好きなのは紺野なのです。
雪村は紺野に告白することを決意します。
その前に、まず、時田にすべてを打ち明けようと思うのでした。
【転】私の中の男の子 のあらすじ③
雪村は時田に言いました、紺野のことが好きだから、やはり時田とは付き合えない、と。
時田は、「楽しかった三か月間をなかったことにはしたくない。
付き合ったのは間違いではなく、付き合ったのち、ふたりが別れるということにしてほしい」と言い、雪村もそれを受け入れました。
時田と別れた雪村は、紺野に告白するために、ネットの情報を集めます。
すると、作家デビューして三年たち、ネットの雰囲気が変わっていることに驚くのでした。
さて、紺野とは映画を観に行く約束をしており、そのとき告白しようと思います。
告白して、ふられるつもりです。
当日、いつもと違ってフェミニンな装いで出かけていくと、紺野は上手に雪村の告白タイミングをそらし続けます。
しまいに、雪村は、紺野がデビュー当時から雪村の気持ちに気づいていた、ということに気づきます。
そして、とうとう告白させてもらえないまま、紺野とのひとときは終わってしまい、雪村は告白もできずに失恋したのでした。
やがて、大学の卒業式となりました。
雪村は時田と再会します。
時田はベトナムへ渡って、日本語教師になるつもりです。
時田から、友達になろう、と誘われた雪村は、それを承諾します。
雪村は時田との友達復活を喜びますが、同時に、自分が女でなかったら、もっと時田と親しい友人になれたのに、と残念がります。
そこで雪村は手術を受けて、乳房を除去してしまいました。
編集者たちは、雪村の胸を見ても、見ぬふりをします。
しかし、ベトナムへ行く前に会った時田は、平気で胸のことを話題にします。
時田と話すうち、自分の体のことを気にしすぎる人は、他人との間柄に重点を置かない、自己愛の強い人なのだ、と雪村は気づくのでした。
【結】私の中の男の子 のあらすじ④
やがて時田は海外へ行ってしまいました。
二年後、雪村は男性から告白されますが、心が動きません。
雪村は、以前入ってみたかったバーへ足を踏み入れました。
それは雪村にとって一人旅のようなことでした。
バーで、いまだに紺野に依存している自分のことを考えた雪村は、彼との関係を断ち切ることを決意します。
関係断絶を実行したところ、最初は不安だったものの、紺野なしでも仕事はできたし、二年もたつと、紺野のことを考えないようになったのです。
雪村は仕事上のストレス解消のためにジョギングを始めました。
走って体力がつくと、今度は登山しようと決意します。
男友だちふたりとネパールへ飛び、時田と合流し、四人でエベレストの中腹まで登山していきました。
そこ見たのは世界の果ての風景でした。
雪村はこれまで自分との相対で世界を見ていました。
しかしエベレストでは、世界は絶対的にそこに存在するのでした。
雪村の意識は変化し、ありのままの自分を受け入れられるようになります。
帰国した雪村は、たるんできた体をなんとかしようと、ジムへ通い始めました。
やがて、ジムのトレーナーの服部と付き合うようになります。
といっても、セックスもなく、夕食をいっしょに食べるおだやかな関係です。
ここにいたって、雪村は依頼心がなくなり、男がいてもいなくても小説を書く自信を持ったのでした。
なぜなら、自分のなかに男がいるから、なのでした。
私の中の男の子 を読んだ読書感想
最初は、性同一性障害の女性作家の話かと思いました。
つまり、女性の肉体を持ちながら、心は男性、という人の話だと思ったのですが、かなり違いました。
主人公の雪村は、肉体感覚がとぼしいのです。
そして、その心の中には、生物学的な意味での「牝」という領域が少なく、残りの大部分は「仕事をするマシン」ということのようです。
ですので、牝としての自分の肉体を受け入れる気持ちが薄いようです。
そんな雪村ですが、紆余曲折の末、エベレスト登山に挑みます。
そこで雪村が目にしたのは、世界の終りの殺伐とした風景です。
この風景描写が、この作品の白眉です。
その風景を見て、雪村は気づきます、世界は雪村の頭のなかに存在するのではなく、雪村がどうであれ、絶対的にそこに存在するのだ、と。
そして、雪村ははじめて自分の肉体をすなおに受け入れることができるようになります。
それは、仏教でいう「悟り」の境地なのかもしれません。
読み終えてみて、難解でよく理解できない面もあったのですが、不思議な共感を覚える作品でした。
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