著者:西加奈子 2016年11月にポプラ社 から出版
iの主要登場人物
ワイルド曽田アイ(わいるどそだあい)
1988年シリアに生まれた女性。赤ん坊のころ、ダニエルと綾子の養子に迎えられた。
ダニエル・ワイルド(だにえるわいるど)
アメリカ人。
曽田綾子(そだあやこ)
ダニエルの妻。代々裕福な家の娘。
権田美菜(ごんだみな)
老舗の昆布屋の娘。アイの親友。
佐伯裕(さえきゆう)
フリーカメラマン。バツ2で子供がいる。
i の簡単なあらすじ
シリア生まれのアイは赤ん坊のときに、アメリカに住む裕福な夫婦のもとへ、養子にもらわれてきました。
アイは、自分が選ばれたために、選ばれなかったシリアの子供たちを思い、罪悪感にとらわれています。
その後、アイは家族とともに日本に移住しますが、自分には幸せになる権利がないように感じ、苦しみ続けるのでした……。
i の起承転結
【起】i のあらすじ①
ワイルド曽田アイはシリア生まれで、赤ん坊のときに、ワイルド・ダニエルと曽田綾子の夫婦の養子にもらわれました。
一家三人はニューヨークで暮らしていましたが、アイが小学校六年生のとき、父の仕事の都合で、日本に移住することになりました。
アイはいつも、自分の幸福な人生が、だれかの不幸の上に成り立っていることに引け目を感じていました。
また、世界のどこかで、さまざまな事故や事件で人が大勢死んだ、という話を聞くと、自分は死なずに生き残ったのだ、という罪悪感を覚えるのでした。
中学を出て高校へ入ったとき、数学の教師が生徒たちに向かって「世界にアイは存在しない」と言いました。
それは虚数の“i”が存在しない、という意味でしたが、アイは自分のことを言われているように感じたのでした。
高校では、権田美菜、通称ミナという友人ができました。
ミナは我が道を行くタイプの強い人間に見えました。
慎重な性格のアイですが、ミナとはなんでも話せる気がします。
さて、高校二年の夏休み、アイの家族といっしょに避暑地ですごしたミナは、帰り際に、家の血を残すために、婿養子を取らされそうになっている、と話しました。
母の連れ子の兄をさしおいて、血のつながったミナに、老舗の昆布屋を継がせようとしている親を「バカみたい」と突き放します。
アイは初めてミナに反感を覚えました。
血のつながらない親の元で、自分だけが幸せに暮らしていることにアイは苦しんでいます。
その苦しみをミナに理解してもらうことはできないのだと悟るのでした。
【承】i のあらすじ②
高校二年の終わりごろ、クラスの内田義也が、進学せず、ジャズのベーシストになることがわかり、ちょっとした騒ぎになります。
アイはろくに彼とは話できませんでしたが、ほのかな恋心をいだきました。
それはアイにとっての初恋だったのです。
少し後、ミナがアイに、自分はレズビアンであることを打ち明けます。
アイとミナはお互い好きですが、それは恋ではなく、友情だと確認します。
ときおりアイの耳に「この世界にアイは存在しない」という言葉が聞こえてくるのですが、ミナといるときだけはそれが聞こえないのでした。
高校を卒業したアイは、国立大学の理工学部数学家へ進学します。
大学は広く、人もさまざまで、それなりに社交性を身につけたアイは、幼いころのように人に怯えることはなくなりました。
アイはだんだん太っていきます。
アイを含めて、数学科の学生はみな、まるで僧侶のように数学に没頭します。
一方ミナは留学のためにロサンゼルスへ旅立ちました。
また、アイの父が会社をやめて人道支援の仕事をすることになり、夫妻は再び海外で生活することになります。
ひとり日本に残り、大学院に進んだアイは、ある日、東日本大震災を経験します。
父はすぐにアメリカに来るように言いますが、アイは拒否します。
アイが両親にたてつくのは生まれて初めてのことでした。
【転】i のあらすじ③
東北大震災から少し落ちついた頃、ミナとのテレビ電話で、アイは初めて東京に残った理由を説明しました。
これまで自分は、他人の不幸の上に自分の幸福があるのを後ろ暗く思っていた、そしてついにわが身に不運が襲ってきたからには受け入れるべきだと思ったのだ、と。
ミナはすべてを理解はしないものの、友人として、アイを受けとめてくれました。
アイは許されたような気になります。
その後アイは立ち直り、きれいになっていきます。
そんなアイに、佐伯裕というフリーカメラマンの恋人ができます。
ふたりは同棲を経て結婚します。
ふたりは子供を望みますが、一年たっても妊娠しませんでした。
不妊治療を受けたところ、原因はアイのほうにあるとのことでした。
それでも、体外受精によって、アイは妊娠します。
これで自分にも血のつながりができると、アイは喜びます。
しかし、11週で流産してしまうのでした。
そんなとき、ミナが残酷なことを告げてきます。
レズビアンのミナですが、アメリカで、かつて同じ高校にいた内田義也に会い、成り行きでセックスし、妊娠したというのです。
中絶するつもりだというミナを、アイは許せません。
そして、どうして自分の子は死んだのかと、むなしい問いを自分に向けるのでした。
【結】i のあらすじ④
ミナを許せないアイは、しばらく彼女との連絡を絶ちます。
一週間後、恐る恐るメールボックスを覗くと、そこにはミナからのメールが入っており、さまざまなことが書かれていました。
自分のこと、アイとの出会いのこと、アイに引きつけられた理由、等々。
また、恋人(女性)を裏切って男とセックスしたことは悪かったが、中絶することをアイに謝ることはしない、なぜならこれは自分の体だから、と書かれてあり、最後は、アイの支えになりたい、という言葉で締めくくられていました。
しばらくして、アイの両親が来日しました。
母は、アイが望むなら、シリアの実の両親のことを調べてみると提案しますが、アイは、知りたいとは思わない、と答えます。
アイは夫のユウ(佐伯裕)ともいろいろ話します。
ユウは、中絶しようとするミナを理解することはできなくとも、会いたいと思うなら会ったほうがよい、と勧めます。
アイはミナに会うために飛行機に乗りました。
途中、シリア人難民の、わずか三歳の少年の死をニュースで知ります。
ミナに会ったアイは、少年の死を悼みます。
ミナは、自分の意思で子供を産むことに決めたと言います。
さまざまな思いにかられたアイは、この世にアイは存在することを確信しました。
存在してもよいのか、ではなく、存在していることが先なのであり、存在する自分をみんなが愛してくれたのだ、とようやく理解したのでした。
i を読んだ読書感想
読んでいる間じゅう、著者によって鉈で切りつけられているような痛みを感じる小説でした。
たまたま幸せな境遇に選ばれてしまった主人公のアイは、なかなか自己を肯定することができません。
さんざん苦しみぬいたあげく、最後には救われます。
それは、自分という人間がまず存在した、という思いからでした。
ここのところは、仏教の「天上天下唯我独尊」という言葉を想起させられました。
意味は、「この広い世界に自分という人間はたったひとりしかいない。
なんてすばらしいことなんだろう。
なんてありがたいことなんだろう」といったところです。
アイは自分がここにいてもよいのかという引け目を感じていたのですが、そうではなく、自分という人間がとにもかくにもここに存在していた、そのこと自体がすばらしいことだ、と気がついたのです。
自分を肯定できない人がこの作品を読んだとき、なんらかの「救い」を得ることができるのではないか、という気がします。
勇気づけられる作品です。
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