「俳優・亀岡拓次」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|戌井昭人

「俳優・亀岡拓次」

著者:戌井昭人 2011年9月にフォイルから出版

俳優・亀岡拓次の主要登場人物

亀岡拓次(かめおかたくじ)
主人公。監督やプロデューサーに重宝される名脇役。オートバイでツーリングをしたりスナックでお酒を飲むのが楽しみ。

室田安曇(むろたあずみ)
実家の居酒屋で接客や調理を担当。色っぽく離婚歴がある。

鎌田登(かまたのぼる)
亀岡が憧れるベテラン俳優。寡黙でストイック。

石野(いしの)
亀岡とは初共演。華やかさはないが演技には定評のある女優。

吉村(よしむら)
通訳からエージェントまで敏腕にこなす。仕事の時間と私生活をきっちりと分ける。

俳優・亀岡拓次 の簡単なあらすじ

役者として数多くの日本映画に出演している亀岡拓次でしたが、ほとんどはマイナーな作品なために知名度は低いです。

仕事では尊敬する先輩・鎌田登とお近づきになれたり、ハリウッドデビューを果たしたりと順調にキャリアを重ねていきます。

プライベートでは冬の長野で知り合った一般女性や実力派女優との個人的な進展を期待しますが、何事もなく日常へと帰っていくのでした。

俳優・亀岡拓次 の起承転結

【起】俳優・亀岡拓次 のあらすじ①

寒天の町でほのかな恋心

亀岡拓次は職業俳優でたまにテレビに出ることもありますが、ほとんどが映画への出演で世間的な認知度はありません。

旅館の番頭の役で東京から長野県へと撮影にやってきた亀岡は、酒場「ムロタ」でこの町の名物だという寒天をごちそうになりました。

洗い物をしていたのは30代半ばかと思われる室田安曇で、1カ月ほど前に結婚に失敗して実家であるこのお店に戻ってきたそうです。

夫と別れて気楽だという安曇は好意的なほほえみを投げ掛けてくれたために、必ず会いにくると約束して亀岡は東京へ帰ります。

しばらくは仕事が続いて岡山に5日間ほど滞在することになり、2日間の休みが入ったのは朝から雪が降りそうな寒い日です。

昼過ぎからバイクに乗って高速道路を飛ばすとその日のうちにムロタに着きましたが、カウンターにいた安曇には撮影できたとうそをついてしまいました。

3歳になる子どもが熱を出して上の階で寝ているという安曇は早く閉店にしたいようで、熱かんを急いで飲み干した亀岡は会計をしてこの前に泊まったばかりのビジネスホテルへ向かいます。

【承】俳優・亀岡拓次 のあらすじ②

男気に男がほれる

夏が終わりに近づいてきた和歌山県の海辺の町で、亀岡は72歳の鎌田登と現場で一緒になりましたが緊張してなかなか話しかけられません。

小舟で昆布を取りに行くシーンで鎌田が落ちてしまい、亀岡が海に飛び込んで助けると命の恩人だと感謝されました。

その日の夜に亀岡は芸者さんたちが控えたお座敷に招待されて、鎌田とビールを片手に兄弟の契りを交わします。

男が男に恋をするという気持ちを始めて理解した亀岡は、ひとりで宿泊先に帰ってからも興奮が冷めやりません。

次の日からは鎌田に「亀岡の兄弟」と呼び掛けられ、空き時間ができると一緒に那智の滝を見に行ったり熊野速玉大社にお参りに行ったりと夢のような2週間です。

クランクアップの2日前に亀岡の出番は終わったために、みんなよりもひと足先に帰らなければなりません。

拍手に包まれて花束を受け取った亀岡が涙を流していると、鎌田は「男が泣くんじゃねえ!」と極道映画さながらに抱きしめてくれます。

【転】俳優・亀岡拓次 のあらすじ③

本当にいい女優の条件

1週間ほど上野から浅草にかけての隅田川の付近で映画の撮影予定が入り、集合時間は朝早くで始発電車に乗らないと間に合いません。

今回は石野という32歳の個性的な女優さんと夫婦役で、下町でお弁当屋を営んでいるという設定です。

初めての顔合わせで亀岡があいさつをすると、普段は無愛想な彼女の顔から少しだけ笑顔がこぼれています。

鹿のように黒目が大きくいつも潤んだような感じがしていて、目がきれいなほどいい女優というのが亀岡の持論です。

カメラの前に立った途端に、石野は瞬く間にくたびれた女へと変身しました。

夫役の亀岡がコロッケを揚げているあいだに、妻役の石野がキャベツを千切りにしながら浮気を追及。

夫婦ケンカの場面では石野がアドリブでものすごい表情でにらんできたために、その演技力に圧倒されました。

監督の「カット!」の声が弁当屋のセットに響き渡り大絶賛を浴びますが、石野ははにかみながらその場を去っていきます。

ほめられるのが当たり前と思っている同業者が多い中で彼女の謙虚さにますます好感を持った亀岡でしたが、今回の撮影でラブシーンがないのが残念でなりません。

【結】俳優・亀岡拓次 のあらすじ④

脇役の幸せを異国で堪能

今回のオファーはハリウッドからで、亀岡の役は香港マフィアの一員で出てきて早々に射殺されるのでセリフはありません。

撮影場所はサンフランシスコで、英語もろくにしゃべれない亀岡のために空港まで通訳の吉村が迎えにきています。

普段は日本からやってくる劇団やダンスカンパニーのコーディネーターをしているという吉村は、制作事務所から頼まれて特別に駆け付けてくれたそうです。

現場では亀岡の大ファンだというアメリカ人の映画監督に従うと、3回ほどでOKが出ました。

撮影が終わると吉村は高級住宅街の坂の途中にある、すてきなマンションの一室に招いてくれます。

吉村の夫・マークは日本に留学していたこともあり、その時に出会ってふたりは結婚してそうです。

仕事の時にはキリッとした鋭い目の吉村でしたが、マークの前ではにこやかで別人のような表情を浮かべています。

ふたりを見ているとうらやましく思えてきましたが、亀岡はこの先も家庭を築くつもりはありません。

幸せは無理につかむものではなく自然にやってくると信じている亀岡は、これからも主役ではなく間抜けなバイプレーヤーに徹することを誓うのでした。

俳優・亀岡拓次 を読んだ読書感想

結婚もせずに女っ気も感じられない主人公・亀岡拓次ですが、手元に入ってきたギャラを自分の好きなことだけに費やしてそれなりに充実した生活を送っているようです。「小さな役はない、小さな役者がいるだけだ。」

というセリフの中に亀岡の仕事に対する誇りが込められていました。

エンドロールの隅っこに小さく載っているような役だったとしても、全力でチャレンジしていくうちに主役以上の喜びを感じることができるのかもしれません。

映画の世界に限らずに、だれもがそれぞれの人生において重要な役を演じていることを考えさせられます。

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