著者:太田忠司 2020年8月に幻冬舎から出版
猿神の主要登場人物
塚田市郎(つかだいちろう)
29歳、大卒。自動車部品を製造する飯野電気の喜里工場に勤務。品質管理課。
光川平次(みつかわへいじ)
24歳、高卒。飯野電気の製造部門でねじ止め作業を行う。
斎藤恵理(さいとうえり)
飯野電気の品質管理課で事務を行う。光川の恋人。
氏家辰郎(うじいえたつろう)
飯野電気の工場資材課の課長。
篠島俊行(しのじまとしゆき)
飯野電気に派遣されているエンジニア。機械工学博士。
猿神 の簡単なあらすじ
笹が生い茂り、近寄ってはならないとされる猿神地区を造成して、工業団地がつくられました。
やがて、団地に建てられた工場で、社員たちの精神がむしばまれ、次々と人が死んでいきます。
そして、除去したはずの笹が、工場を侵食していきます……。
猿神 の起承転結
【起】猿神 のあらすじ①
1979年、笹が生い茂り、近寄ってはならないとされる猿神地区を造成して、工業団地が開発されました。
団地には工場が誘致され、しばらくは何事もなかったのです。
そうして、バブルと言われた1989年の春を迎えました。
団地に建つ飯野電気の喜里工場は、親会社の自動車メーカーに部品を納入しています。
品質管理の塚田市郎は、自動車ランプの樹脂成型がうまくいかないことにいらだっていました。
ようやくましなものができても、上司に突き返され、またイライラです。
製造でネジ締めばかりしている光川平次は、休日出勤を命じられ、いらだっています。
資材課の氏家辰郎課長は、せっかくの休日に、部下が、納品がうまくいかないと泣きついてきてイライラしています。
皆がいらだっています。
そんななか、親会社から部品不良の連絡が入ります。
塚田は現場を調査しますが、原因がわかりません。
とにかく選別に行くことになり、設計の派遣社員、篠島俊行が随行してくれました。
工場では最近、このように原因不明の不良が多く出ています。
一方、光川は、工場の窓際まで笹が迫っていることに気づきました。
そういえば、光川が子供の頃、ここいらは笹の原っぱで、大人から近づくなと言われたものです。
彼の耳に、うわんうわんと声が聞こえます。
だんだんと光川はおかしくなっていきます。
同じようにうわんうわんという声の聞こえる氏家課長は、ささいなことで光川と喧嘩になり、治具で顔をたたきつぶされてしまいました。
選別から戻ってきた塚田と篠島は、事件に遭遇して唖然とするのでした。
【承】猿神 のあらすじ②
光川が逃げるうちに、なぜかまわりは子供のころに見たのと同じ笹原になっていき、うわん、うわん、と声が迫ってきます。
一方、塚田は工場長に呼ばれ、警察を呼んだことで嫌味を言われました。
すべての責任は平社員にすぎない塚田にあると言いたげです。
辞めろ、ということかと塚田が問うと、もっとこき使ってやる、と答えが返ってきました。
塚田のストレスは増幅します。
そんななか、次に襲われたのは、品質管理の高村課長でした。
倒れている状態で見つかったので、犯人が光川かどうかはわかりません。
社員たちは光川を疑っています。
品質の部屋では、皆が好き勝手に陰口をたたいていました。
光川の悪口、光川と付き合っている同僚の恵美の悪口。
胸糞悪くなった塚田は帰ろうとしますが、呼び止められ、応接室へ行きます。
そこには喜里署の刑事がふたりで来ていました。
事件のことを聞きたい、と言いますが、どこか様子がおかしい。
実は、光川の部屋からノートが押収されており、そこに、氏家、崎村、高村の三人の課長とともに、塚田の名前が記され、「ぶっ殺す」とあったのでした。
夕方、アパートに帰った塚田は、徹夜明けのために疲れていて、なにもせずに眠ってしまいました。
電話が鳴って起きたときには、夜の11時でした。
電話は上司の中本係長からで、不具合が発生したので、すぐに出社してくれ、ということでした。
同時に、高村課長が亡くなったことも知らされます。
塚田が出かけようとすると、車の陰になにものかがいて、彼は意識を失ったのでした。
一方、氏家は病院で意識を取り戻しました。
彼は事件のことを思い出します。
彼はただ、うわん、うわん、という声から逃げていただけで、光川と喧嘩するつもりなどなかったのです。
そのとき、病院内からもうわん、うわん、と声が聞こえてきて、逃げた末に、氏家は屋上から落ちてしまったのでした。
【転】猿神 のあらすじ③
翌朝、塚田は病院で目をさましました。
夕べ、倒れているのを発見され、担ぎ込まれたのです。
昼すぎ、ようやく退院の許可をもらって出社すると、敷地のコンクリを破って、あちこちから笹が伸びているのに気がつきました。
息が詰まるような気分の塚田に、昨日の刑事が寄ってきました。
県のほうから、早期解決を求められているようです。
話していると、その刑事も、夕べ、塚田が見たような不気味なものを見たと言います。
そのとき、若手の工員、池上が、別の課の先輩に殴りかかるという事件が起きました。
池上が工場の機械で自殺しようとしたのを、先輩が止めようとしたら、殴りかかったようです。
池上は酔って、ひどく興奮して手が付けられません。
工場全体がおかしくなっています。
そんな状態なのに、不具合品についての会議が開かれました。
品質課からは塚田と中本係長が出席しました。
もめた会議が、ようやく終わるころ、中本が倒れました。
彼は運ばれた病院で亡くなりました。
疲労による心筋梗塞です。
しかし、誰が死んでも仕事はなくなりません。
翌日、塚田は、組み立てを請け負っている零細企業の西原精機へ行き、あまりのずさんさにショックを受けます。
その夜、塚田は中本の通夜に参列しました。
外へ出たところで、中本の妻の兄から、中本が倒れたときの様子を聞かれ、話します。
たまたま妻の兄は、暴れた池上の兄と、職場の同僚でした。
池上は臆病者で、なにか不気味なものを感じつつ工場へ行っていたようです。
あそこは人間がいてはいけない場所、ともらしていたようです。
【結】猿神 のあらすじ④
翌朝、製造の崎村課長の遺体が、掃除用具入れのロッカーから発見されました。
一方、塚田は、光川のタイムカードが毎日押されていることに気がつき、刑事に報告しました。
やはり光川は工場内にひそんでいるのか、と思います。
塚田は工場長から、しばらく有休を取るように命じられました。
塚田のことが心配なのではなく、光川のノートに塚田の名前があったので、これ以上騒ぎを大きくしたくないのです。
塚田は、西原精機からの納入品を全数再チェックして、報告書を書いてから休むことにします。
再チェックの作業は、夜遅くになってようやく終わりました。
あとは報告書を書くだけです。
が、書いている途中、恵理から電話で呼ばれ、溶剤置き場へ行きました。
そこには斎藤がいて、塚田を攻撃してきました。
光川の死体も出てきました。
斎藤は、エリート派遣社員なのに、くだらない雑用ばかりやらされてキレてしまったのでした。
いや、キレてしまっただけにしては、あまりにも異常でした。
彼は、光川の死体を隠し、高村課長と崎村課長を殺したのです。
斎藤は火をつけます。
塚田と恵美が逃げ出そうとすると、前にたちはだかります。
が、その口から笹が噴き出してくるではありませんか。
彼を振り切って逃げようとする塚田に、笹が絡みついてきます。
それを恵美に助けられ、ようやくのことで外へ脱出しました。
外へ出てみると、飯野電気ばかりか、団地に建つほかの工場もからも火が出ていたのでした。
猿神 を読んだ読書感想
ホラー小説です。
ホラーの構図でいえば、猿神という笹ばかりが生い茂る禁忌の地域に人手を入れたために、たたられた、ということになります。
が、それ以上に、この小説では人間の異常さが描かれています。
やってもやっても終わらない仕事に、皆が疲弊し、おかしくなっている、狂っている。
そこに、たたりという超常現象が積み重なって、人間の狂気が増幅されていく、という構図です。
舞台となるのは、自動車メーカーの下請け企業です。
ひとつひとつの業務と、そこで衝突する人間関係が、きわめて具体的に、綿密に描写され、がんじがらめの檻に閉じこめられたような閉塞感をリアルに感じさせてくれます。
ホラー小説であると同時に、サラリーマン小説として、多くのサラリーマンの共感を呼ぶのではないでしょうか。
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