著者:井上荒野 2012年5月に朝日新聞出版から出版
夜をぶっとばせの主要登場人物
たまき(たまき)
ヒロイン。高校を卒業して食材のデリバリー会社に就職。現在は主婦として退屈している。
雅彦(まさひこ)
たまきの夫。フリーのカメラマンだが年々依頼は減っている。突発的に暴れる。
朗(あきら)
たまきの息子。小学生の割りに大人びていて古い洋楽が好き。
岸瑶子(きしようこ)
たまきの中学からの友人。詩人を目指したりモダンダンスを習ったりとアクティブ。
マイケル・チャカチョンバ(まいける・ちゃかちょんば)
アフリカからの移民。エスニック料理店を経営。親日家で野外活動にも積極的。
夜をぶっとばせ の簡単なあらすじ
平凡な主婦としての毎日に物足りなさを感じているたまきの数少ない楽しみは、ネットで知り合った男性との密会を楽しむことです。
その中のひとりが自宅まで乗り込んできたことで、夫・雅彦のDVが明るみになり夫婦は離婚します。
たまきは親日派の外国人、雅彦はたまきの女友だち。
新しいパートナーを得たふたりは、別々の道を歩んでいくのでした。
夜をぶっとばせ の起承転結
【起】夜をぶっとばせ のあらすじ①
19年ぶりに中学校のクラス会で再会した岸瑶子と一緒に、たまきは電気街へ行ってパソコンを購入しました。
自宅に帰ると小学3年生の息子・朗は、友だちから借りてきた「Let’s spend the night together(夜をぶっとばせ)」の歌詞をノートに書き写しています。
数カ月前に父親の雅彦にお気に入りのCDを壊されて以来、朗は音楽を聴かなくなり歌詞カードの方に夢中です。
ふたりで協力しながらプロバイダーと契約して、いちばん安い月々2000円のコースを選びました。
ホームページが見られるようになり電子メールも使えるようになると、たまきはすっかりインターネットに熱中してしまい家事が手に付きません。
そんなたまきの姿を見て、午前1時に帰宅してきた雅彦はいきなり後ろから髪の毛をつかんでパソコンの前から引きずり下ろします。
暴行を加えた雅彦が自分の部屋へ引き上げていくと、たまきはメル友を募集するサイトにアクセスして自分のプロフィールをそえて「誰か助けに来てください」と書き込みました。
【承】夜をぶっとばせ のあらすじ②
翌日の午後1時すぎに雅彦が出掛けたのを見計らってたまきがメールをチェックしてみると、100通以上も届いていました。
なるべく安全そうな相手を選んで連絡をとり、何人かとはデートをしたりホテルに行ったりしますがいずれも長続きしません。
ただひとり夫から暴力を振るわれているたまきのことを気遣ってくれているのが、「メロンさん」というハンドルネームで登録している自称ディレクターです。
ついにはメロンさんからプロポーズをされてしまったたまきは頭の中が真っ白になって、財布を落としてしまったことに気が付きません。
財布の中には雅彦の名刺が入っていたために、たちまち隠れて男と会っていたことがバレてしまいます。
雅彦が殴ったのはたまきではなく、財布から抜き取っておいた名刺を頼りに駆け付けてきたメロンさんです。
ふたりが乱闘を繰り広げているすきに警察に通報したために、たまきと朗は母子生活支援センターに保護されました。
施設の職員のサポートによって離婚が成立して、子供の親権はたまきが引き取ります。
【転】夜をぶっとばせ のあらすじ③
たまきと別れた雅彦が、タウン誌の仕事で詩作サークルを取材した時に偶然にも知り合って相思相愛となったのが岸瑶子です。
瑶子とたまきが中学校時代のクラスメートであること、雅彦が瑶子と離婚したこと、子供はたまきが引き取ったこと。
会話をしていくらか情報を交換し合うと、瑶子はたまきに了解を求めに行きました。
たまきは今では幸せに暮らしているそうであっさりと許してもらい、雅彦と瑶子は2階立てのコンパクトな一軒家に引っ越します。
瑶子は詩を書きながら生活費の足しにパソコンを使って内職、雅彦は総菜工場でアルバイト。
久しぶりに本業が入った雅彦がカメラを持って向かう先は、都内でも敷地が広いことで有名なR公園です。
なだらかな芝生の丘では音楽を演奏してダンスを披露するイベントが開催されていて、輪の中心にはアフリカ系の大男が太鼓を打ち鳴らしていました。
男の周りには民族衣装を身にまとった3人の女性たちが踊っていて、その中のひとりは元妻のたまきに間違いありません。
【結】夜をぶっとばせ のあらすじ④
瑶子の留守中にノートパソコンを開いた雅彦は、「太鼓 アフリカ R公園」と思い当たるキーワードを入力して検索してみました。
あの公園にいた男の画像がすぐに表示されたために、クリックしてみると詳細な経歴が記されています。
本名はマイケル・チャカチョンバで1958年生まれ、ツアーで訪れた日本を気に入って1986年以降都内に在住、妻は日本人。
太鼓を通して子供たちの情操教育に携わっているというマイケルは、板橋区にあるアフリカ料理「マタラ」の経営者です。
通販カタログの撮影で渋谷区内のスタジオに来る機会があった雅彦は、電車を乗り継いでマタラを訪ねてみました。
店内には即席のステージが設置されていて、カウンターの中にはたまきが立っていたために声を掛けてみます。
マイケルの故国では一夫多妻性が認められているために、たまきはいまだに正式な妻ではありません。
それでも順調にいっていると笑顔で答えるたまきに雅彦が見とれていると、マイケルがステージの上から太鼓をたたきながら「カモン!」と呼ぶのでした。
夜をぶっとばせ を読んだ読書感想
プライドばかり高くて暴力的な夫の雅彦と、なぜかローリングストーンズの「夜をぶっとばせ」が大好きな息子・朗に挟まれた主人公のたまきがユーモラスです。
繰り返される返される日常にすべてを諦めていたかと思いきや、パソコンを買ってきて怪しげなサイトにアクセスしてしまう無鉄砲さに驚かされました。
DV被害にあった親子の保護から、その後の社会復帰の支援体制までリアルに描かれています。
妻の目線から映し出されていた物語が、後半になると夫の側に切り替わる展開も斬新です。
ふたりのそれぞれの旅立ちを祝福するような、情熱的な太鼓の音色も痛快でした。
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