著者:羽田圭介 2003年11月に河出書房新社から出版
黒冷水の主要登場人物
高見澤正気(たかみざわまさき)
主人公。進学校に通う高校2年生。キャンプやツーリングが好きなアウトドア派。
高見澤習作(たかみざわしゅうさく)
正気の弟。中学2年生で成績は平凡。パソコンゲームやアニメが好きなインドア派。
青野(あおの)
正気の通う学校の中等部の生徒。生物が得意で薬品に関する知識も豊富。
竹内(たけうち)
正気の学校に外部から派遣されているカウンセラー。型破りな診療で定評がある。
轟(とどろき)
正気の先輩。実家が埼玉にあるため都内にある大学の校舎で寝泊まりする。
黒冷水 の簡単なあらすじ
「兄」はコンテストに応募するための、自分たちきょうだいをモデルにした「黒冷水」という小説を執筆していました。
物語の中では兄・高見澤正気と弟の習作は壮絶な殴り合いの末に、初めて兄弟愛に目覚めます。
現実の世界では完成寸前だった原稿を「弟」は台無しにしようとして、兄に大ケガを負わされて病院へと搬送されるのでした。
黒冷水 の起承転結
【起】黒冷水 のあらすじ①
高見澤正気は3歳年下の弟・習作が、留守中に自分の机の中を漁っていることに気がついていました。
久しぶりに部活動の練習に参加した正気が後輩の青野に相談してみると、ヒーリングルームの存在を教えてくれます。
週に1度だけ心理学の先生が学校にやってきて、保健室の隣の空き部屋でプライベートな相談に乗ってくれるそうです 。
30代の半ばかと思われる竹内という女性のカウンセリングを独創的で、正気は一時的に「習作」に成り切りました。
正気の身長が180センチあるのに対して習作は170センチ、正気は都内にある有名大学の付属高校に通っていて習作は地元の公立中学校。
弟の立場になって自分を見つめ直してみると、机を漁るくらいは大目に見てやろうと思えるようになっていきます。
せっかく芽生え始めていた暖かい気持ちが一変したのは、正気が自宅に帰ってきて習作の顔を見た瞬間からです。
心の中に空いた穴から全身を覆っていく冷たく黒い色をした流動体のことを、正気は「黒冷水」と名付けました。
【承】黒冷水 のあらすじ②
防犯カメラが設置されていることに気が付かない習作は、欲望の赴くままに正気の机を漁り続けていました。
隠し撮りした映像を両親のいる時にリビングのテレビに流して見せつけますが、かえって習作よりも正気の方が悪者にされてしまいます。
テスト期間の前に正気が自習をしている場所は、千代田区の一等地に2年前に建てられた付属の大学図書館です。
タワーのような図書館の地下1階にはリラクゼーションルームまで用意されていて、正気は寝袋を持ち込んでいる大学生の轟と仲良くなりました。
タワーの中にはシャワー室や郵便局もあり、駅の周辺にはコンビニもファーストフードもあるために食事には困りません。
テストが終わるまでの2週間ほど習作から離れて暮らしていると、自然と黒冷水も体の中から抜けたような気分です。
この校舎から高校までは徒歩で3分くらいしかかからないために、ある日の放課後に正気が家出をしたとクラスメートから聞いた青野が訪ねてきます。
【転】黒冷水 のあらすじ③
青野が習作と知り合ったのは2カ月ほど前のことで、彼女を作るために女子高の文化祭に遊びに行った時のことです。
中学2年生にして違法な薬物の売買に手を染めている青野は、たちまち習作のことも依存性にしてしまいました。
これまで家から離れることで逃げてきた正気は、初めて習作と真正面から向き合う覚悟を決めて校舎の外へ踏み出します。
自宅に到着した正気が見たものは、幻覚症状に襲われて変わり果てた姿の習作です。
習作の部屋の中の引き出しを開けてみると、液体で満たされた茶色いビンや白い錠剤が入ったビニール袋が見つかりました。
つまらない意地など張っていないで、もっと早くに習作の机を漁っていればと正気は後悔します。
興奮した習作はステンレスのナイフを振り回してきましたが、空手の黒帯2段を取得している正気には敵いません。
薬物が入っていたビンの欠片でけがを負った習作をしっかりと背中におぶって、正気は病院へ向かって走り続けるのでした。
【結】黒冷水 のあらすじ④
兄のパソコンの中に保存されている「黒冷水」と名付けられた小説を盗み見た弟は、自分が「習作」のモデルにされていることを知りました。
思わず液晶ディスプレイを壊そうとしましたが、隣の部屋で寝ている兄を起こす訳にはいきません。
ディスプレイの「黒冷水」をマウスでクリックして、ゴミ箱に移動させて削除します。
背後に人の気配を感じて振り返った弟が見たのは、無表情で不気味さをたたえた兄の顔です。
ナイフを握りしめた右手を振り下ろしてくる弟を、兄は空手の道場で習った通りの手順で撃退して病院に連れていきました。
「黒冷水」は正気と習作が壮絶な決闘の果てに兄弟愛に目覚める希望のある物語になっていますが、現実のストーリーには起承転結はありません。
フロッピーディスクに取っていた「黒冷水」のバックアップは無事で、原稿応募の締め切り日である本日中に何とかプリントアウトして郵送できそうです。
兄は病院で眠り続けている弟が早く意識を取り戻し、自分の作家としての経歴に傷がつかないことを祈るのでした。
黒冷水 を読んだ読書感想
思春期を迎えた兄と弟に限ったことではなく、姉妹や親子でも机の中やパソコンのデータをこっそり見てしまうことはあるのかもしれません。
男きょうだいの場合に限って言えば、余計にお互いへの生理的な嫌悪感がましてしまうのでしょう。
どこの家庭でも日常的に起こっていそうな小さないさかいが、血を血で洗うようなバトルへと加速していく後半の展開には圧倒されました。
正気と習作の視点から映し出されつつ、監視カメラやディスプレイに表示される無機質な映像も不吉な予感を高めていきます。
ふたりの和解でハッピーエンドと思いきや、どんでん返しが待ち構えていてビックリです。
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