【ネタバレ有り】押絵と旅する男 のあらすじを起承転結でネタバレ解説!
著者:江戸川乱歩 2005年1月に光文社文庫から出版
押絵と旅する男の主要登場人物
私(わたし)
本作の主人公で、一人称で表記されている。
彼(かれ)
私が乗った汽車にいた先客を指している。押絵の持ち主。
色娘(いろむすめ)
押絵の中に描かれている日本髪をした振袖姿の若い女。
白髪の老人(はくはつの老人)
押絵の中に描かれている洋服を着た年老いた男。実は「彼」の兄。
押絵と旅する男 の簡単なあらすじ
江戸川乱歩は自身の書いた作品に厳しい評価をすることで有名です。
そんな彼が珍しく肯定した作品がこの「押絵と旅する男」です。
主人公「私」が列車で出会ったか男から一枚の押絵を見せられます。
それはまるで「生」そのものを感じることができるようなものでした。
そして、その画に魅了された「私」は「彼」が語り始める悲しく切ない身の上話に耳を傾けるのでした。
押絵と旅する男 の起承転結
【起】押絵と旅する男 のあらすじ①
私はある日、魚津へ蜃気楼を見るために出かけました。
初めて蜃気楼を見た人ならばおわかりでしょうが、蜃気楼は見る者の心を惑わすような不思議な力を秘めていました。
当然のごとく、その魔力から私自身も逃れることが出来ずにいたため、いつしか時間は経ってしまい、魚津駅から上野への汽車に乗ったのが夕方の遅い時間帯となってしまいます。
だからでしょうか、私が乗った二等車はガランとしており、乗客は私のほかにたった一人の男がいるだけでした。
汽車の窓からは灰色の空と海がうかがえ、夕闇が迫りつつあります。
そんな時、突然唯一の同乗者の彼がおもむろに立ち上がり、風呂敷に包んであったものをわざわざ取り出して外に向けてたてかけるという奇行にでます。
不思議に思った私は彼を観察します。
彼は黒々とした髪をしており、一見40歳にも見えるのですが、顔の皺を見ると60歳にも見えるため、私は不気味に感じてしまいます。
私の様子を察したのか彼は私に近づいてきて、立てかけたものを見てみないかと声をかけてきて、私も好奇心からそれを見せてもらうことになります。
【承】押絵と旅する男 のあらすじ②
私が目にしたものは、泥絵の具で描かれた毒々しい雰囲気を背景に、二人の人物が浮き出すように細工をなされた押絵でした。
洋服を着た白髪の老人が窮屈そうに座り、その男の膝にしなだれかかるように日本髪をした振袖姿の若い女が描かれたものです。
押絵と言えば、正月飾りの羽子板などで見たことのある私でしたが、それらとは比較にならないほど、巧緻に作られていたそれに対して、私は「奇妙」な感覚を覚えます。
それは何かと考えを巡らせ、わかったことは、押絵の人物たちに「生気」が感じられるということでした。
それはまるで巨匠たちによって息吹をかけられ生を得た者たちが、一瞬にして押絵として板に張り付けられたような、今も鼓動を感じられそうな生々しい感覚がそこにはありました。
私がそう感じていることを気づいた彼は、遠眼鏡という古風な舶来ものの双眼鏡を私に差し出して、押絵を眺めるように言います。
異様な申し出ではありましたが、私はなぜか見てみようと思います。
いざ覗こうとすると、血相を変えて「遠眼鏡を逆さまにしてあの絵を覗いてはいけない」と彼は忠告してきます。
改めて正しい方向から私は押絵を除くと、娘の全身からあろうことか生気が感じられ、白髪の老人に目をむけると、まるで苦しみながら生きている表情が伝わってくるのでした。
【転】押絵と旅する男 のあらすじ③
私のただならぬ様子から、彼は自分の兄の身の上話を語り始めます。
そして、話の中で「兄が」という都度、彼が愛おしく、懐かしくも、切なさいっぱいの眼差しを向けるのは、決まって押絵の白髪の老人に対してでした。
彼の兄は25歳の時に、この遠眼鏡を手に入れ、浅草で何かを見ます。
その日以来、兄は家にいる時は一人部屋に閉じこもっては物思いにふけるようになり、食事も喉を通らず身体は日を追うごとにやせ細っていきました。
兄が再び浅草へ遠眼鏡と持って出かけた時に、彼は後をつけ、何を熱心に眺めているのか問いただします。
実は、兄は押絵に描かれた女に心を奪われ、恋煩いをしていたのです。
どうしても彼女を諦めきれない兄は、彼に言って遠眼鏡を逆さにして自分を眺めるよう懇願します。
画の女と同じサイズになってみたいという兄の妄想をくだらないことと思いつつも、それで兄の気持ちが収まるならと彼は実行します。
すると、兄の姿が忽然と消えてしまいます。
慌てた彼が押絵に目をやると、女と幸せそうに抱き合っている兄の姿がそこにあったのでした。
【結】押絵と旅する男 のあらすじ④
彼はすぐさま押絵を買い付けて、なんとしてでも兄を手元に置くことを決意します。
そして、それを持って、箱根から鎌倉まで旅をします。
愛し合っている二人に新婚旅行をさせてやりたかったからだと語ります。
今回も三十年ぶりに彼らを連れ出して、様変わりした東京を見せてやりたい、兄と一緒にまた旅をしたいという思いに駆られ、富山の片田舎から出てきたと彼は私に語ります。
そして、幸せそうな押絵にも、ある日、彼にもわかる変化が見られ始めたそうです。
女の方はもともと人にあらざる者なので若さが失われることはありませんでしたが、画の中の兄は、どんどん醜くなっていきます。
兄自身もせっかく相思相愛となり彼女が愛してくれているのに、その自分が彼女と不釣り合い汚らしい老人へと変貌をとげていくので、いつしか恐怖を感じ、常に苦痛に顔を歪めた悲しげな表情をするようになってしまいました。
そんな兄を慈しむかのように眼差しで見る彼でしたが、私に対して悲恋の物語を語ると、途中下車し、闇の中へ溶け込むようにして消えていったのでした。
押絵と旅する男 を読んだ読書感想
人の情念は真っ直ぐなほど、それは時としてあり得ない道を切り開くのだと感じました。
「彼」との最後の別れのシーンで、押絵の二人が「私」にはにかんだ微笑みを見せる一文があるのですが、そこから二人がどんな姿になっても愛し合っていることが伝わってきます。
「彼」の兄はただ若さが羨ましいというタイプの男性ではなく、純粋に自分だけが朽ち果て、彼女を再び一人寂しい世界においていかざるを得ないことに不安と深い悲しみを感じているのではないでしょうか。
作中の「彼」の兄を思いやる優しさに心温まります。
押絵の女性と兄だけの世界だったら、生と死の対比がはっきりしすぎて、兄だけでなく、読者も心が切なくなるところでしたが、弟が傍にいて共に「老い」ていやるからこそ、この物語は救われるのだと感じました。
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