著者:朝比奈秋 2024年7月に新潮社から出版
サンショウウオの四十九日の主要登場人物
濱岸杏(はまぎしあん)
二十九歳。完全結合性双生児の左半身。物語の語り手のひとりである〈私〉。
濱岸瞬(はまぎししゅん)
二十九歳。完全結合性双生児の右半身。物語の語り手のひとりである〈わたし〉。
濱岸若彦(はまぎしわかひこ)
〈私〉と〈わたし〉の父親。勝彦の胎児内胎児としてとりあげられた。
濱岸勝彦(はまぎしかつひこ)
〈私〉と〈わたし〉の伯父。
濱岸彩花(はまぎしあやか)
勝彦の娘。〈私〉と〈わたし〉にとってはいとこ。
サンショウウオの四十九日 の簡単なあらすじ
杏と瞬は、左右の半身が結合した双生児です。
人体としては一つですが、二つの人格を持っています。
彼女たちの父親もまた、異常な出生をしました。
伯父が産まれたとき、その体内に寄生するようにひそんでいて、あとで手術により取り出されたのです。
その伯父が亡くなりました。
杏と瞬も、葬儀に参列します……。
サンショウウオの四十九日 の起承転結
【起】サンショウウオの四十九日 のあらすじ①
〈私〉である杏と、〈わたし〉である瞬は、二十九歳の、完全結合性双生児です。
左半身が姉の杏で、右半身が妹の瞬です。
人体としては一つですが、二人の人間です。
さて、〈私〉たちが久しぶりに実家に行くと、母はパートの仕事に出かけて行きました。
二階の〈私〉たちの部屋で、十年前の成人式で選んだ振袖のカタログを見ているうちに,当時、父から聞いた伯父のことを思い出しました。
伯父の勝彦は、赤ん坊のときに異常が見つかりました。
本来は三つ子で産まれるはずだったのに、勝彦の体内に兄弟二人が残ってしまったのです。
そのうちの一人は、亡くなって勝彦に吸収され、もう一人は、勝彦から養分をもらって生きていたのです。
生きていた子は、やがて手術によって取り出されました。
それが、〈私〉たちの父である若彦です。
それ以来、伯父の勝彦はずっと痩せたままです。
さて、〈私〉たちは、父に送ってもらって、実家から帰ることにしました。
自分のマンションに着いて、お風呂に入っているうちに、血を浴びているイメージが湧いてきました。
生理かと思いましたが、実際には、血は出ていませんでした。
お風呂から上がると、母から電話がきました。
伯父の勝彦が亡くなった、という連絡でした。
【承】サンショウウオの四十九日 のあらすじ②
〈わたし〉瞬は、パン工場へと出勤しました。
昨夜、杏が寝付かれなかったので、眠剤を服用しました。
そのせいで、杏は半分寝ているような状態です。
工場では、ラインを流れてくるパンの不具合品を見つけてより分ける仕事をしています。
いつもなら、二人分の意識でチェックするのですが、今日は、杏がそんな状態で役に立たず、〈わたし〉ひとりでの仕事となりました。
〈わたし〉たちは、もとは看護師になろうとしていました。
でも、看護学校時代の実習でわかったのは、患者にとって〈わたし〉たちは違和感が大きすぎる、ということでした。
〈わたし〉たちは認知症専門の施設に就職しましたが、そこでは、入所者の家族に違和感を抱かれました。
それで、結局のところ、パン工場で働くことになったのです。
また、さらに若いころには、文通していたことがありました。
何人目かの文通相手のとき、相手が描いた双生児の絵が気に入ったものです。
その絵には、体はひとつですが、頭だけがハート型に分かれていて、うっとりしている、という人が描かれていたのです。
その後は、〈わたし〉が寝ている間に、杏だけがこっそりと文通するようになって、〈わたし〉にとっての文通は終わってしまったものです。
さて、母から連絡がきました。
明日の出棺予定が決まったそうです。
杏はなぜか伯父の死にひどく動揺したようです。
杏と伯父に、あまり接点はなかったはずなのですが。
〈わたし〉は杏を鎮めるために、また眠剤を服用したのでした。
【転】サンショウウオの四十九日 のあらすじ③
〈私〉杏は、新幹線で岡山へ行き、伯父の葬式に参列しました。
親族はほとんど来ていましたが、車で来る父だけは、交通渋滞のために大幅に遅れています。
結局父は、火葬場で、遺体が焼かれる寸前にようやく到着したのでした。
伯父の遺体が焼きあがるのを待つ間、〈私〉は高校時代のことを思い出します。
校外授業で訪れた博物館に、陰陽図が展示されていました。
館長は、「白と黒の蛇のような」と表現しましたが、〈私〉にはそれが白と黒のサンショウウオに見えました。
二匹のサンショウウオは絡み合って、互いを食おうとしているかのようです。
〈私〉は、杏との薄い膜が壊れて、二人が融合してしまうことを恐れました。
普通の双生児は、自分の何かを持っているので、離れたくないようです。
でも〈私〉たちは、自分を持っているようで、持っていません。
なので、融合してしまうことを恐れるのです。
でも、考えてみると、人々は皆そうなのです。
他人との関係で、自分だけのものなど、持っていないのです。
そのことを悟った〈私〉は、少し安心したのでした。
思い出にひたっているうちに、伯父の遺体が焼きあがりました。
〈私〉は、それまで無意識に、伯父と父が同時に死ぬと思っていたようです。
なのに、今回、伯父のほうが先に亡くなりました。
そのために、〈私〉はショックを受けているのでした。
【結】サンショウウオの四十九日 のあらすじ④
四十九日が来て、親族が祖父母の家に集まりました。
そうして、お墓に納骨する、という段階になっても、〈わたし〉の父は、仕事のためにまだ来ていないのでした。
やむなく、納骨は明日に延期することになりました。
〈わたし〉は祖父母の家に泊まることになりました。
夜、伯父の残した本を、杏が読みます。
そのうち、〈わたし〉瞬だけが眠ってしまいました。
眠った〈わたし〉は、本を読んでいる杏を見おろしています。
気がついたら、〈わたし〉の体は死んでいるようなのでした。
死んだ〈わたし〉は、過去のさまざまのことを思い出します。
幼いころ、同じ体に存在する〈わたし〉を見つけたのは杏でした。
それから〈わたし〉は瞬として自我を持つようになりました。
幼い杏と〈わたし〉は、施設に入っている祖母を訪ねたこともあります。
さまざまな思い出にひたるうちに、〈私〉杏は、瞬がいつもの扁桃腺炎を起こし、喉が高熱を発していることを自覚します。
ぼうっとした頭のなかに、沼で藻をかきまわした昔の光景が、幻想のようによみがえりました。
やがて、〈わたし〉瞬は目をさましました。
まだ喉は痛くて、病院へ行くことになりました。
父の車に乗り、〈わたし〉は、自分が死んだあとの葬儀のことなど、想像してみるのでした。
サンショウウオの四十九日 を読んだ読書感想
第171回芥川賞受賞作です。
ふたりの姉妹が、左右合体して生きている、という異様な設定です。
ですが、意外に気楽に読めるのです、少なくとも前半あたりは。
というのも、前半では、ふたりの苦悩というより、不便さを中心に描かれているせいかもしれません。
しかし、後半に進むと、伯父の死をきっかけにして、ふたりの苦悩が色濃く現れてきます。
自分たちは死ぬときはふたりいっしょなのか? 自分たちは分かれて独立することはできないのか? 等々、暗い印象の物語となっていきます。
そして、作中でも少し触れられていますが、ふたりの苦悩というのは、私たちが普通に生きて、他人との距離をうまく取ることができずに苦しんでいるのと大差ないことがわかってきます。
その意味で、本作は、私たち自身の物語として、私たちにするどく刃を突き付けているような気がします。
現代を生きる人間として、読んで損のない作品でした。
コメント