著者:貫井徳郎 2015年10月に実業之日本社文庫から出版
微笑む人の主要登場人物
仁藤俊実(にとうとしみ)
エリートサラリーマンであり本作の主となる人物。妻子を殺害する。人当たりが良く周囲からの評価も高いが、内なる狂気が見え隠れする得体の知れなさがある。
私(わたし)
仁藤俊実という人物を独自に追う小説家。
梶原敬二郎(かじわらけいじろう)
仁藤と同じ会社に勤めていた人物。ダム湖により白骨化した状態で発見される。
松山彰(まつやまあきら)
仁藤の大学時代の同級生で穏やかな性格。21歳の時に大型のダンプカーの下敷きになり命を落とす。
ショウコ(しょうこ)
仁藤の小学生時代の同級生。義理の父親から虐待を受けていた。
微笑む人 の簡単なあらすじ
大手都市銀行に就職し誰もが羨むエリート銀行員の仁藤俊実が妻子を殺害した容疑で逮捕されます。
しかも動機は「本が増えて家が手狭になった」という信じられないものでした。
そしてこの一件から彼の周辺で不審死を遂げていた者が他にもいることが分かり、興味を抱いた小説家が取材を行う事にしました。
彼の表と裏を様々な側面から見ることになりましたが、結局彼という人物を最後まで掴めず、翻弄されることになります。
微笑む人 の起承転結
【起】微笑む人 のあらすじ①
ある日宇治川で水難事故が発生し、母親の翔子とその子供である亜美菜が川で溺れ意識を失ってしまいます。
そして現場に到着した救急隊の措置も間に合わずそのまま命を落とすことになっていしまいます。
これが全てのはじまりです。
仁藤俊実という人物が逮捕されるきっかけとなったのが目撃者による通報でした。
なんと仁藤は自分の妻子の頭を押さえつけ水に沈めて殺害したのです。
警察による取り調べで殺害を否定していた仁藤でしたが、ついに「本が増えて家が手狭になったから」という理解しがたい動機を語り始め、マスコミも注目し始めます。
仁藤と関わりのあった人達も、彼が温和な性格で礼儀正しい人物であるとか、好印象を与える人物であるといった印象を抱いており、殺人など信じられないといった感情を抱いていました。
冤罪ではないかという声も上がったほどです。
しかし、彼の良い印象に陰りを落とす出来事に遭遇した人もいました。
仁藤の後輩にあたる田坂です。
田坂が仕事上でのミスを仁藤に報告したところ周囲に聞こえないくらいのボリュームでぼそりと暴言を吐かれたのです。
仁藤は冗談だという風に笑っていたそうですが田坂は少しの恐怖が心に残りました。
【承】微笑む人 のあらすじ②
宮ヶ瀬ダムの湖底で白骨化した死体が発見されました。
その人物は以前より失踪していた梶原敬二郎です。
当初は死因も身元も分からず捜査は混迷を極めていましたが、生前の顔を復元する復顔という技術により特定に至りました。
そして驚くことにその梶原敬二郎は仁藤と同じ職場で働く銀行員でした。
さらに報道は過熱しますが、新たな情報は浮かび上がらず梶原と仁藤の間に確執を見つけることは困難でした。
そこで当時の彼らの上司に当たる人物の望月に取材しました。
望月は仁藤が人を殺すなんて信じられないと驚きながらも、梶原が失踪したおかげで仁藤が出世したことを話しました。
しかしやはり銀行員は年功序列の世界で、わざわざ殺さなくても出世ができるので仁藤が梶原を殺害するなんてありえないという態度でした。
他の銀行員達も同様に仁藤が人格者である事がうかがえる出来事を話します。
そしてその後新たな事実が発覚しました。
松山彰という人物が仁藤と大学の同級生であり、当時21歳でダンプカーの下敷きになり死亡していたのです。
疑惑は松山の死後明らかになります。
当時彼ら二人と交流があった中里という人物が語ります。
仁藤が松山が大事にしていたポータブルタイプのゲーム機を持って遊んでいたというのです。
しかしそれだけでは仁藤を犯人とすることはできませんでした。
【転】微笑む人 のあらすじ③
さらに仁藤の周辺人物の聞き込みを始めると、仁藤の中学時代に近所の主人が亡くなる出来事がありました。
しかもダンプカーの下敷きになった事故だったというのだから先の事故と類似性があります。
偶然では片付けられない出来事が重なり、仁藤の過去をさらに探ることにしました。
すると20年以上前、古い団地で階段からの転落死があることが判明しました。
その詳細を調べると転落死したのは妻子を持っていた男性でした。
しかもその子の名前がショウコだったのです。
偶然にも仁藤の妻と同じ名前でした。
そしてそのショウコという人物と接触するためにカスミという人物にたどり着きました。
カスミはショウコと仁藤の小学生時代の知り合いで、ショウコと繋いでくれると言います。
ショウコにようやく話を聞くことができ、仁藤のことを尋ねると親しい友達だったと言いました。
ショウコが義父からの暴力で泣いていたときに仁藤が声をかけてくれたのがきっかけだったのです。
義父のことをやっつけてやると言ってくれたといいます。
【結】微笑む人 のあらすじ④
取材を終えた後ショウコから再び連絡がありました。
「本当のことを話す」と電話口で伝えられ喫茶店に向かうと母親のことと義父が来てからの当時の生活についてより詳細に話してくれました。
最初は平穏だった生活が日が経つにつれ悪くなっていることです。
とうとう我慢ならなくなったショウコは仁藤に義父を突き落として欲しいと助けを求めました。
ついにそのタイミングがやってきたのですが小学生時代の仁藤は恐怖で動けなくなって何もできませんでした。
逡巡したのちショウコは自らの手で義父を突き落としました。
このような事の顛末を聞いた後カスミから連絡がありました。
実はショウコは虚言癖があるというのです。
仁藤との出来事は作り話だといいました。
話を飲み込めないでいる間にさらにショウコが男であるとカスミによって告げられました。
混乱の中ショウコに連絡を取ろうとすると連絡は繋がりませんでした。
さらにカスミの所在も不明です。
仕方なくカスミの働いている飲み屋を訪ねるとカスミの本名がショウコである事が分かったのです。
過去を探られたくないカスミが偽のショウコを作り上げ仁藤の話をしたのか、今となっては分からないままです。
微笑む人 を読んだ読書感想
愚行録や乱反射などで知られる貫井徳郎のミステリー作品です。
仁藤俊実という一人の人物を様々な視点から語り、彼の背景を紐解いていく様子にハラハラさせられます。
彼の語った動機に引き込まれました。
数々の証言から浮かび上がる真実の行方と主観の危うさを読者に問いかける終わりで、人間は表と裏しかない単純なものではなく見る角度によって形を変えるもっと複雑なものであるという認識になりました。
仁藤という人間はこういうものであると断定するような描写がなく、曖昧なまま終わったのが読んでいる者に想像の余地を与えていて良いなと思いました。
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