著者:松本侑子 2010年3月に角川書店から出版
春の小夜の主要登場人物
鍵田(かぎた)
主人公。40歳をむかえた自営業主。事業拡張にも廃業にも踏み切れない。
九重さよ(ここのえさよ)
恋愛小説が好きな女子高生。男女の本当のところは分かっていない。
みさえ(みさえ)
鍵田の妻で出奔中。読書は嫌いだが目端がきく。
九重保(ここのえたもつ)
さよの父で運送業に従事。礼儀をわきまえるが目付きは油断がない。
春の小夜 の簡単なあらすじ
代々と受け継いできた町の本屋さんを細々と切り盛りしてきた鍵田は、ある時に店内で万引の現場を目撃します。
その日から転がり込んできた九重さよに振り回されるうちに、一時的に家を出ていた妻のみさえと正式に離婚することに。
さよの複雑な家庭環境を案じていた鍵田ですが、やがては遠方にいる父親のもとに身を寄せることで落ち着くのでした。
春の小夜 の起承転結
【起】春の小夜 のあらすじ①
桜が散って白昼がさびしくなった5月、商店街に面した「鍵田書店」に桃のようにふっくらとした少女が入ってきました。
服装はグレーのワンピースに白いベスト、この辺りでよく見かける紺の学校指定カバンをぶら下げているので高校の帰りでしょう。
レジの奥に座って注文伝票を数えなおしていた鍵田でしたが、天井の四方に球面鏡が取り付けてあるために隅々まで見渡せます。
文庫コーナーにまわり込んだ少女はそっと手を伸ばすと、3冊ほどわし掴みにしてベストと胸の膨らみのあいだに。
声をかけるタイミングは店の敷居をまたいで外に出た瞬間、女性の客の場合には体にさわる訳にはいきません。
谷崎潤一郎の「細雪」、スティーブン・キングの「ミザリー」、サガンの「ブラームスはお好き」… 証拠の品を押収して学生証をチェック、高校2年生で名前の欄には「九重さよ」と記載されています。
漢字に当てはめると「小夜」、万葉集から取ったもので夜に吹く強い風を意味しているそうです。
【承】春の小夜 のあらすじ②
うつ病をわずらって長期間にわたって入院している母親、北海道で出会った女性と同せいをしたまま帰ってこない父親。
お金がないというさよは次の日になると雑巾とエプロンを持参して、外の看板を拭いたり中の床を掃いたりと労働で弁償をするそうです。
踏み台にのぼって高い棚の上も精一杯にキレイにしてくれますが、スカートの裾から盛り上がった太ももやふくらはぎがチラリ。
鍵田はなるべく視線を逸らすように努力していましたが、本人はいたって無邪気に振る舞っています。
それ以来週に1〜2度ほどやって来るようになったさよ、自ら進んで掃除をしてくれますが本当の目的は書棚からお気に入りの1冊を取り出して読むことでしょう。
彼女が店番をしてくれることで鍵田としても大助かり、そのあいだに銀行・郵便局で雑事を済ませたり配達にも行けました。
夏休みが始まる頃には隣町の工場で働くことを予定しているさよ、それまでに正式にアルバイトとして契約を結ばなければなりません。
【転】春の小夜 のあらすじ③
父親から相続した土地と建物でこの無難な商売をしてきた鍵田、そんな夫のことを「度胸がない」責めていたのはみさおです。
古くさい本屋よりもコンビニエンスストア、店をつぶしてアパートに建て替え、1階を貸し店舗にしてテナント料で大もうけ… 一向に動こうとしない鍵田に見切りをつけて都心に部屋を借りたのがちょうど1年前、そのみさおがひょっこり戻ってきてさよと鉢合わせをしてしまいました。
もともと勘が鋭くひと目で鍵田とさよの関係性を察知したようで、ボストンバッグから取り出したのは離婚届。
鍵田が万年筆で名前をかいて印をつけると、わずかに残っていた荷物を詰め込んで颯爽と立ち去っていきます。
これで結婚できると喜んでいるのはさよ、年齢は17歳で法律的にはないとのこと。
成人向けの雑誌や大人びた書物を読んでいたとしても、23歳も長く生きている鍵田からすればまだまだ子どもにしか見えません。
急に高校生に戻ったかと思えばケンタッキーを食べに行こうと言い出し、脂っこい食べ物が苦手な鍵田も付き合わされました。
【結】春の小夜 のあらすじ④
それから2週間ほどのあいださよは姿をみせないために、開店してからシャッターを下ろすまでの時間がやたらと長く感じてしまいました。
いい年をして恋に浮かれているような自分自身に苦笑していると、店先にはスーツを着た40代かと思われる男性が。
差し出された名詞には「九重保」、勤め先は札幌市内の運送会社です。
新千歳空港で購入した銘菓を片手にていねいに頭を下げるものの、鍵田が未成年に手を出す不届き者ではないかと警戒感は解きません。
つい先日に開かれた親族会議、さよの母親の入院費については実家の兄が負担、さよは2学期に間に合うように札幌に転校。
これから病院にお見舞いにいってひと足先に道内に戻るという保は早々といとまごい、明日には飛行機にのるというさよも表情は明るいです。
卒業したらこの店に戻ってくるとは言っていますが、新天地ですぐにでも年の近い恋人ができるでしょう。
居住スペースになっている店舗の2階にひと晩だけ泊めてほしいという彼女の申し出に、鍵田は静かにうなずくのでした。
春の小夜 を読んだ読書感想
開店休業中の個人経営店が軒を連ねるシャッター商店街の隅っこにたたずむ、ノスタルジックな書店が思い浮かんできます。
毎月のように増えていく在庫にため息をつきながらも、ぼんやりとカウンターに座っているだけなのが主人公の鍵田。
妻からも愛想を尽かされるのも無理はなく、そんな中年男性に突然のロマンスが訪れるとはビックリです。
若さとエネルギーを持てあますような九重さよのような店員さんを雇えば、あっという間に売り上げもアップして商売繁昌でしょう。
ラストのお泊まりには危うさもありましたが、ふたりが清らかな間柄を貫き通したと信じたいですね。
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