著者:朝比奈秋 2023年6月に河出書房新社から出版
あなたの燃える左手での主要登場人物
アサト(あさと)
ハンガリーの病院で働く日本人男性。高校のときに、父の仕事でフランスに来て、以後ずっとヨーロッパで暮らしている。
ハンナ(はんな)
アサトの妻。ジャーナリスト兼看護師。クリミア半島に住んでいたが、ロシアの一方的な併合により、キーウに移住した。
テオドル(ておどる)
ハンナの父親。認知症がある。
ゾルタン(ぞるたん)
ハンガリー人の医師。アサトの左手の移植を行なった。
雨桐(うーとん)
台湾系のフィンランド人。理学療法士。アサトのリハビリを担当する。
あなたの燃える左手で の簡単なあらすじ
麻酔から覚めたアサトは、自分の左腕に、他人の左手が移植されたことを自覚します。
ひどく重い物体が、左腕にぶら下がっている感じです。
元はといえば、誤診により左手を切断されたのでした。
そのため、内視鏡技師の仕事から、事務職へと、異動になったのです。
そうして今回、せっかく新しい左手を得たというのに、違和感は大きくなるばかりなのでした……。
あなたの燃える左手で の起承転結
【起】あなたの燃える左手で のあらすじ①
アサトが麻酔から目覚めると、病室のベッドに横になっているのでした。
ハンガリー人の医師、ゾルタンがやって来て、手術は成功した、と告げました。
まだ麻酔が効いて朦朧としているアサトには、何のことかよくわかりませんでした。
その後、しだいにわかってきたのは、自分の左腕に、他人の左手を移植したということでした。
初めのうちはむくんで肉の塊のようだった左手も、数日でむくみが取れました。
うまく接合されたとのことで、やがて抜糸されました。
といっても、重いおもりを繋がれたようで、左手を動かすことはできません。
アサトは、理学療法士である、台湾系フィンランド人、雨桐の指導により、リハビリを始めます。
アサトはこれまでのことを思い出します。
彼は高校のときに、商社マンだった父についてフランスへやって来ました。
父が帰国するとき、ヨーロッパに残って、オーストリアの大学に進学。
その後、紆余曲折を経て、ハンガリーの大学の、看護学部に入り直しました。
そこで、ジャーナリストだったハンナど出会い、結婚したのでした。
看護学部を出たあと、病院に就職し、何年か後には内視鏡センターに移って、日本人医師の敷島と組んで、内視鏡の技師として働きました。
そんなある日、アサトは左手に異常を感じて、整形外科の診察を受けました。
結果は、骨肉腫か軟骨肉腫の悪性のもので、左手を切断しなければならないと診断されたのでした。
【承】あなたの燃える左手で のあらすじ②
アサトの左手は切断されました。
その手術自体はうまくいったのですが、直後にとんでもないことがわかりました。
悪性の肉腫というのは誤診で、本当は良性の骨の異常であり、切断する必要などなかったのです。
しかし、切った左手はすでに壊死しており、ドクトルゾルタンは繋ぐことができないのでした。
誤診して切断した整形外科部長のウラースロは逃亡していました。
アサトは内視鏡センターを訪れ、義手をつけて再び技師として働く希望を告げました。
でも、誰からも相手にされませんでした。
アサトは病院の事務職員として働くことになったのです。
過去のそんな経緯を思い出す一方で、接続した左手のリハビリは続きます。
単に重い物体をぶらさげているようだった左手は、雨桐の指導によって、少しずつですが、動くようになっていきます。
ドクトルゾルタンは、「左手を屈服させるのだ」と発破をかけます。
かなり左手が動くようになったころ、アサトは、ウクライナに住む認知症ぎみの義父、テオドルに会いに行く許可をもらいました。
アサトは、ネットゲームの仲間、ネストールといっしょに、車でウクライナへと旅立ちます。
ネストールも、妻のハンナも、元々はクリミアに住んでいた人たちで、ロシアの一方的な併合に、抵抗感を持っています。
【転】あなたの燃える左手で のあらすじ③
ネストールといっしょにウクライナに向かいながら、アサトは、ハンナとともにクリミアを脱出したときのことを思い出します。
クリミアがロシアに一方的に併合されたのは、アサトが左手を切断されたあとでした。
ハンナといっしょに列車に乗り、国境でロシア兵にスパイとして捕まらずに、なんとか脱出できました。
しかし、ハンナの叔父はスパイ容疑で捕まったようです。
ハンナは、ロシア国籍になったとしてもクリミアにとどまりたかった、と言って泣きます。
ウクライナに入ったハンナは、看護師兼ジャーナリストとして、東部ドンパスの親露派兵たちの様子をカメラにおさめます。
そんなあるとき、アサトは義父のテオドルに呼び出されました。
行ってみると、自爆した女性の死体のことをハンナだと言い張ります。
義父の認知症が進んだのだとアサトは思っただけでした。
さて、時間を現在にもどし、ウクライナから帰ったアサトのことです。
ドクトルゾルタンは、アサトが左手の反射を抑えられないことを悟ります。
島国で、我を通して国境を守ったことのない民族にとって、ほかのものを屈服させなければならない移植というのは、合わないのかもしれない、とゾルタンは思います。
もしかすると、この手術は失敗だったのかもしれない、と彼は思うのでした。
また、すでに亡くなっている妻のハンナが、まだ生きているかのような妄想にかられているアサトのことを、哀れだとも、異様だとも、思うのでした。
【結】あなたの燃える左手で のあらすじ④
アサトは左手の違和感にしだいに耐えられなくなっていきます。
同僚のおせっかいにより、移植した左手はポーランド人の肉体労働者のものらしい、ということもわかりました。
アサトはドクトルゾルタンに、左手を切断してくれるように頼みこみます。
ゾルタンは、日本人はたかだか八センチの国境も受け入れられないのか、と思います。
それでも、アサトをなだめ、雨桐に指示して、日本の童謡を歌いながら、手と手を合わせる遊びをやらせます。
ようやく落ち着いて眠ったアサトは、夢の中で、ハンナが死んで、その左手を自分に移植したのだと思い込みます。
ハンナの左手で、自分の性器をいじります。
明け方、目を覚ますと、手が性器をつかんで、夢精していました。
手が燃えるように熱い。
手の持ち主であるポーランド人の記憶が、頭の中に流れ込んできます。
すぐにドクトルゾルタンが呼ばれます。
拒否反応が強いために、左手を切断するかどうか、と話しているのがわかります。
熱に浮かされて、数日後、目がさめると、熱が引いていました。
手が切断されたのかと思いましたが、実際にはついていて、しかも、もう軽くて、違和感がないのでした。
ゾルタンは、この手術を最後に、病院を去りました。
アサトは職場復帰して、内視鏡センターからお誘いもかかっています。
一方、ロシアの侵攻により、ウクライナには立ち入れなくなりました。
そのため、義父の死を看取ることができませんでした。
ハンナの埋葬場所を探しに行きたい、とアサトは思うのでした。
あなたの燃える左手で を読んだ読書感想
初めて読む作家さんです。
本の奥付を読むと、現役のお医者さんで、過去に三島由紀夫賞を受賞しておられるそうです。
つまり、純文学の作家さんなのですね。
本作も、なかなかに難解な作品です。
主人公が他人の左手を移植するという行為が、国が他国の国境を越えて侵略したり併合したりする行為と、二重写しのように扱われています。
そうした侵略は、陸続きのヨーロッパの人にとっては、ありきたりの出来事ですが、島国で国境が守られている日本人には理解できない感覚だと、評されています。
そして、それゆえに、日本人には他人の左手を移植するということはむつかしいのだ、とドクトルゾルタンの口を借りて言わせています。
そのあたりのことが真理であるか否かはともかく、一筋縄ではとらえられない「国境」という複雑な問題を考えるための、とっかかりになる作品だと感じました。
ロシアとウクライナの戦争が続くいま、読んでおいたほうがよい作品だと思います。
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