著者:岩井志麻子 2022年7月にKADOKAWAから出版
煉獄蝶々の主要登場人物
大鹿保和(おおしかやすかず)
明治三十八年、岡山市に生まれる。生まれてすぐに捨てられ、大鹿壮太郎夫婦の養子となる。
大鹿壮太郎(おおしかそうたろう)
東京に本社がある貿易会社の岡山支店長。
大鹿須美子(おおしかすみこ)
壮太郎の妻。夫より一回り以上若い。
竹内春(たけうちはる)
大鹿家の本家の女中。壮太郎と同年代。異人の血が入っている。
金光晴三(かねみつせいぞう)
岡山中学を卒業した、壮太郎の後輩。新進気鋭の作家。
煉獄蝶々 の簡単なあらすじ
大鹿家で養子として育てられた保和は、養父の後輩で、人気作家の金光を紹介されます。
養父の死後、養母が家を出ていって、一人になった保和のもとに、シンガポールに滞在する金光から、手記が届きます。
それは、金光が、殺した妻を、おがみ屋によって生き返らせてもらい、シンガポールに同行させた、という奇怪な内容でした……。
煉獄蝶々 の起承転結
【起】煉獄蝶々 のあらすじ①
捨て子だった保和は、大鹿夫婦の養子として育てられました。
養父の壮太郎は貿易会社の岡山支店長で、裕福です。
養母の須美子は、あまり保和の面倒を見ません。
代わりに女中の春が、乳母の役を務めました。
保和が父と同じ岡山中学に入ったころ、父は里子という若い女に夢中になり、家に帰ってこなくなりました。
それが、ガンにかかって末期になると、家にもどり、亡くなりました。
母は家を出ていき、元々壮太郎の本家から来ていた春も、そちらへ戻りました。
一人になった保和は、養父の後輩で、人気作家の金光晴三を見習って、作家を目指しますが、なかなかものになりません。
一度、金光が、妻の八千代と引き合わせてくれました。
彼女は奔放な女で、男たちと浮気を繰り返していました。
そんな金光夫妻が、あるとき、姿を消したのです。
パリを目指している、として、ときおり旅先から関係者に手紙が届きます。
やがて忘れた頃になって、金光が保和に手記を記した帳面を送ってきました。
それによると、日本にいたとき、金光は夫婦喧嘩の末に八千代を殺してしまったというのです。
彼はおがみ屋を呼び、八千代を生き返らせます。
しかしそれは、生きているとも死んでいるとも言えない、人形のような存在でした。
おがみ屋は、もう少し改善できる人間が、シンガポールにいる、と教えてくれました。
そこで金光は八千代を連れてシンガポールへと行ったのでした。
【承】煉獄蝶々 のあらすじ②
保和は手記を読んでいきます。
それによるとこうです。
シンガポールで金光は、おがみ屋に指定された小金屋というホテルに滞在することになりました。
ホテルの主人は矢加部という女衒あがりの男です。
ホテルの部屋は五つ。
うち三つには長期滞在客がいました。
一階には、センというダンスホールの踊り子と、林という中年の夫婦がいます。
二階には、李という父娘がいます。
金光夫婦は二階の部屋に入りました。
残る二階の一部屋は、幽霊がでるので、客がいつきません。
南国の強い日差しと、鮮やかな色彩と、熱のなかで、金光は滞在を続けます。
八千代はごくゆっくりと人形からまともな人へと変化していっているようです。
こんなことがありました。
ある日、金光の留守中、部屋にいたはずの八千代が、行きつけのコーヒーショップに行きました。
八千代は、ショップの主人の妻に、彼女の金ボタンと自分のかんざしを交換してもらいます。
ところが、ショップの妻が髪にさしたかんざしが、いつの間にか子供の手に変わっていたのです。
ボタンはその子供の手の中に握られていました。
そんな気味の悪い生活を続けるうちに金光の意識はだんだんと曖昧なものへと変化していきます。
そんな手記を読んでいて、保和はふと、子供の頃に春から聞いた、二種類の、ゆるやかで、残酷な死に方のことを思い出すのでした。
【転】煉獄蝶々 のあらすじ③
金光の手記は続きます。
林夫婦はホテルの近くの小屋に裏廟・陰廟を作りたいと考えています。
本来は祈ってはいけないことを祈る場だそうです。
一方、慶州生まれの李は、妻子ある男と母親との間にできた私生児です。
男の本妻には男の子がいません。
妾が男の子を生んだことに怒った本妻は、のりこんできて「犬の子」とののしったそうです。
李はその後、極貧の暮らしをして、いろいろ悪いこともしつつ、今日にいたっています。
李は占いの巫堂(ムータン)から「やがて娘が産んだ息子にあんたは殺される」との宣託を受けています。
しばらくして、李の娘、ジニが妊娠しました。
林の妻が助産婦でもあるので気がついたのです。
ところがジニには思いあたるふしはないのです。
いよいよ臨月となって、林の妻が世話をするなか、ジニは黄金の雨を股間からほとばしらせ、おなかがぺしゃんとへこんでしまったのです。
想像妊娠かと思われました。
それ以来、八千代は幻の赤ん坊を世話するようになります。
いつしか八千代は簡単な言葉を発するようになっていました。
金光は、自分がこの地を離れれば、妻はもっと完全に人間になるんだろうか、と思い、妻を置いてでていくことを決断したのでした。
手記はそこで終わっていました。
保和は手記の書かれた帳面を燃やそうと思うのですが、できません。
金光の行方を様々な人に聞きました。
だれも知りません。
保和は養母とまぐわう夢を見、その結果、養母が奇怪な子供を産むという幻想にとらわれます。
【結】煉獄蝶々 のあらすじ④
結局保和はシンガポールへ行くことにしました。
小説を書くための取材旅行と自分に言い聞かせます。
船に乗った保和は、劣悪な環境に気を病み、幻覚を見、自殺しようとさえするのでした。
やがてシンガポールに着くと、そこは夏の国でした。
人力車をやとってホテル小金屋に行きました。
矢加部も、ホテルの様子も、金光の手記を繰り返し読んだせいか、初めて見るようには感じられません。
矢加部によると、金光はパリへ行くと言って旅立ったそうです。
保和は、部屋に残された八千代を訪ねました。
彼女はまったく普通の人間に見えました。
部屋には八千代のほかに、夫婦の子供だという赤ん坊がいました。
保和は自分の部屋に入ります。
散歩をしてもどると、驚いたことに、金光の手記の帳面が、真っ白に変わっていました。
もしや入れ替えられたのではないか、と思い、八千代の部屋を訪ねます。
彼女は金光が残した帳面を見せてくれました。
それによると、春は台湾の山岳民族の子で、神へのいけにえとして育てられたものの、長じて、大鹿の先代の主人に引き取られたのでした。
また、保和は、金光と須美子が不倫してできた子でした。
養父はそれを承知の上で保和を引き取り、養子としたのです。
保和はしだいにおかしな雰囲気を感じます。
春が八千代のなかにいます。
八千代をよみがえらせたおがみ屋とは、春のことでした。
春は、八千代の死体に須美子の意識を入れたのです。
いままた春は、保和の体のなかに、徐々に金光を入れています。
ホテルの男たちが、歓迎してくれます。
保和はすっかり金光として歓迎されているのでした。
煉獄蝶々 を読んだ読書感想
読み終わったとき、長く続く悪夢が終わった、という印象を受けました。
ストーリーとしては、波乱万丈の物語とは言えません。
たぶん、ごく短い短編小説で描き切れるようなものだと思います。
しかし、そこに大量の、異様なイメージが埋め込まれています。
たとえて言うと、毒々しい原色の、奇怪な花が、野原いっぱいに咲き乱れている、というのに似ています。
ひとつひとつのイメージだけでも気味悪いのに、それが大量に収められているものですから、読み終わるころには、イメージに押しつぶされそうになっているのです。
幻想小説の佳作と言ってよいのではないでしょうか。
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