著者:藤原無雨 2022年2月に河出書房新社から出版
その午後、巨匠たちは、の主要登場人物
サイトウ(さいとう)
ヒロイン。個人的なプロフィールは不明。永遠の若さを保ちカリスマ性がある。
朝倉吉郎(あさくらきちろう)
朝倉家の跡取り。多数の舟・漁網を所有する顔役。
朝倉鉢助(あさくらはちすけ)
朝倉家の婿養子。おだやかで周囲に気を遣う。
朝倉ひびき(あさくらひびき)
鉢助の娘。人懐っこく物怖じしない。
ゴエントカ(ごえんとか)
サイトウの息子。美しく成長していき不思議な力を受け継ぐ。
その午後、巨匠たちは、 の簡単なあらすじ
寂れた漁村がある日突然ににぎわい出したのは、どこからともなくやって来たサイトウと名乗る女性のおかげです。
神社に似せたモニュメントを建立したかと思えば、現代絵画を代表する6人の巨匠たちまで復活して新作を発表します。
名画の数々で地域産業が盛り上がってきた頃、サイトウの出産と画家の消失によって村は以前のような静けさに包まれるのでした。
その午後、巨匠たちは、 の起承転結
【起】その午後、巨匠たちは、 のあらすじ①
朝倉一家が長きに渡って治めているのは、海からの潮風が荒れ果てた町並みに吹き付ける土地です。
町外れの一軒家にいつの間にか転がり込んでいたのはサイトウで、パンツスーツに淡い青色のブラウスを着ています。
建元の補修と庭のせん定を重ねると家は町で1番きれいになり、何よりも彼女はいつまでも若く変わりません。
こうなると半分は神様みたいなもので、地元の人たちもサイトウの言うことを素直に聞くようになりました。
山を切り開いて立派な石段を敷き詰めて、鳥居を設置するまですべてサイトウの指示を仰ぎます。
クロード・モネ、レンブラント・ハルメンソーン、カスパー・フリードリヒ、葛飾北斎、ジョセフ・ターナー、サルバドール・ダリ… 境内の石の柱にサイトウがノミで刻みを付けると、卵の殻のように割れて中から次々と画家が現れました。
社の中にあるアトリエにまで案内された6人は、おそらくこの事態を把握しているであろうサイトウが口を開くのを待ちます。
ここは絵師を奉った神社のようなもので、時代の荒波を乗りこえた先に存在しているそうです。
【承】その午後、巨匠たちは、 のあらすじ②
画家たちが必要としている物資を調達してくるのはサイトウの役目、経済的に支援してくれるのは朝倉家。
現当主の吉郎も町おこしのためと協力を申し出てきて、めい・ひびきはいつものようにサイトウと世間話をしたりお茶菓子を食べたりしていました。
アクリル絵の具やキャンバスなど画材、サンドイッチやスープなどの食品、ニシンの酢漬けやシガレットなどの趣味の品まで。
吉郎のおかげでお目当ての品はすぐに取り寄せてもらいましたが、サイトウがひとりで運ぶには量が多すぎます。
山の上までトロッコ列車のレールを敷きますが、動力は電気でも蒸気機関でもありません。
ダリが描いたのは十字架とはりつけをモチーフにした宗教画、絵の中のイエス・キリストが天に昇ろうとすることによって推進力が発生するのでしょう。
ピストン輸送が確保されたことによって製作の進行は順調で、モネなどはすでに3枚目の「睡蓮」を完成させたほどです。
公設市場の誘致に成功、漁獲量は毎年のように最高値を記録、メリヤス工場もフル稼働… 一方では画家を神とするのは初めての試みで、どのような反動があるのかは分かっていません。
【転】その午後、巨匠たちは、 のあらすじ③
ターナーから珍しいもの用意してほしいと頼まれたサイトウは、リュックサックを背負って出発しました。
サイトウがいなくなった途端に海は大荒れとなり、不審火まで発生して舟は沈み漁には出られません。
古い書物を調べていた吉郎は人身御供によって乗りこえてきたことを調べ上げ、ひびきに白羽の矢が立ちます。
父親の鉢助はめずらしく怒りをあらわに反対しますが、もともと一族の者ではないために耳を傾ける者はいません。
当の本人であるひびきも何となくあきらめのような心境で、最後にサイトウに会えなかったことだけが心残りです。
2週間かけて身を清めたひびきが太い杉の柱に縄で縛られると、若衆たちは岸壁に巨大な穴を掘り始めました。
まさに柱ごと埋められようとした瞬間、遠くから走ってきたのはサイトウでその手には見たこともないような形をした民芸品が。
スペイン産の素焼きのはにわで正式名称は「モハマ」、あらゆる災厄を引き受ける神秘的な力が備わっているそうです。
【結】その午後、巨匠たちは、 のあらすじ④
ひとまずはひびきは解放されましたがモハマだけでは足りず、安らぎのための絵を描いてもらいます。
いつものパンツスーツからドレスに着替えたサイトウをモデルにして、レンブラントは一心不乱に筆を動かしていました。
サイトウのおなかはそれほど膨らんでいませんでしたが、旅のあいだに妊娠したことはお見通しです。
産まれてきた赤ちゃんはゴエントカと名付けられて歓迎され、世界の果てにいるであろう父親のことは誰も気にしていません。
産後すぐに神社に仕事に戻ったのはサイトウ、ゴエントカのお守りを引き受けたのはひびき。
たまに様子を見にきて絵本を読んでくれたり、キャッチボールをしてくれる吉郎は「おじさん」と慕われているほどです。
そんなかわいらしいゴエントカが突如として「神になる」と言い出したその日の午後、6人の巨匠たちはサイトウとともに次々と消えていきます。
魚と若者たちによって潤っていた町はひっそりと時間が止まったかのようで、吉郎は崩壊したわが家でひとり涙を流すのでした。
その午後、巨匠たちは、 を読んだ読書感想
限界集落のような海辺の田舎町に舞い降りたサイトウは、幸運をもたらす天使なのでしょうか。
それとも災いを告げる魔女のようでもあり、まったくもって油断はできません。
自由自在な想像力を駆使しつつ豊富なアートの知識を下敷きにしたストーリーは、驚くべき展開の連続でした。
誰もが知るあのビッグアーティストが石の柱から飛び出してきたり、ジーザス・トリックによってトロッコが走り出す場面などは理屈抜きで楽しめるでしょう。
多くの謎を残して立ち去っていくサイトウ・ゴエントカの親子の後ろ姿が忘れがたく、ラストシーンも衝撃です。
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