著者:サンティアゴ・H・アミゴレナ 2020年8月に河出書房新社から出版
内なるゲットーの主要登場人物
ビセンテ・ローゼンベルク(びせんて・ろーぜんべるく)
主人公。ユダヤ系ポーランド人。家具職人で自分の店も経営する。繊細な顔立ちで身なりにも気を配る。
ロシータ(ろしーた)
ビセンテの妻。専業主婦として家事と子育てに追われる。学業を断念したのが心残り。
アリエル・エデルゾーン(ありえる・えでるぞーん)
ビセンテの親友。顔が広く情報通。
グスタヴァ・ゴルドヴァグ(ぐすたば・ごるどばぐ)
ビセンテの母。故郷を離れることを頑固に拒む。
モーシェ・フェルシャー(もーしぇ・ふぇるしゃー)
ビセンテの兄の知人。ボランティアでゲットーの住民を診察する。
内なるゲットー の簡単なあらすじ
第2次世界大戦が勃発するとビセンテ・ローゼンベルクは旧大陸のヨーロッパから新世界・南米へと亡命します。
ポーランドではナチスによってユダヤ人の強制隔離政策が厳しさを増し、ビセンテの母・グスタヴァは取り残されてしまうことに。
母を救えなかった罪悪感からビセンテは悪夢にうなされていきますが、終戦後に授かった4人目の子供にわずかな救いを見出だすのでした。
内なるゲットー の起承転結
【起】内なるゲットー のあらすじ①
1940年9月、祖国ポーランドでのナチスドイツの台頭に危機感を察知したビセンテ・ローゼンベルクはアルゼンチンのブエノスアイレスに身を寄せていました。
18歳の頃にワルシャワで出征して以来の付き合いがあるアリエル・エデルゾーンと、街中の高級喫茶室「コンフィテリア」で一緒にお茶を飲んだりビリヤードで遊んだりします。
アリエルが3年前に両親と姉を説得してブエノスアイレスに呼び寄せているのに対して、ビセンテは母親のグスタヴァ・ゴルドヴァグをポーランドに残したままです。
アリエルと別れた後は数カ月前に妻のロシータと子供たちと引っ越した、パラーニャ通りのアパートへと向かいました。
2LDKで古い建物の5階にありますが、最近開業したばかりの家具店から100メートルと離れていません。
エントランスホールを抜けて自宅のドアを開けると、6歳のエルシリアと4歳のマルタが腕の中へと飛び込んできました。
ロシータは生まれたばかりのフアン・ホセを抱いたまま、ビセンテが手作りした最新モデルの揺りイスに身を委ねているのはロシータです。
18歳で高校を卒業して名門のラプラタ大学の薬学部へ入学しましたが、母や姉と同じように安定した人生を送るために2年生で退学しています。
【承】内なるゲットー のあらすじ②
ほとんど新聞を読まないビセンテとは対照的に、アリエルは地方紙や欧米からの輸入版だけでなくユダヤ人新聞「ラ・イデア・シオニスタ」にも目を通していました。
編集部にも出入りしているアリエルが入手したのは、ナチスの反ユダヤ政策によってワルシャワに頑丈な壁が築かれたというニュースです。
隔離されたユダヤ人たちが住んでいる特殊地区、「ゲットー」の暮らしがどうなっているのかは報道されていません。
年が明けてからの1月から2月にかけて、ビセンテはこまめに新聞をチェックするようになり、高校時代にはゲーテの詩やシラーの小説などに熱中してベルリンへの留学を計画していたことを思い出します。
かつてはドイツ人に憧れていたことは、今のビセンテにとっては自己嫌悪でしかありません。
ゲットー内で9月に投かんされた母からの手紙を、ビセンテは1カ月以上遅れて受け取りました。
ここ数カ月で同じ建物に住んでいる隣人の多くが亡くなっていること、路上には飢えた人が行き倒れになっていること。
ワルシャワで暮らす母が危険にさらされているという明白な事実から、ビセンテは目を逸らすようになっていきます。
【転】内なるゲットー のあらすじ③
1942年、ビセンテは大切な商談に失敗してしまったために家族で満喫する予定だったバカンスをキャンセルしなければなりません。
仕事が終わってもすぐに帰宅する気にはなれないために、曜日次第で競馬場を巡ったりアリエルとポーカーに興じたりしていました。
久しぶりにまっすぐに家に帰ってみんなで食卓を囲んでも押し黙ったままで、ロシータからの問いかけにも反応がなくボンヤリとした様子です。
ひたすらに働いてバーやカフェに通いつめ、ますます寡黙に子供たちの世話をしてロシータを愛し続けています。
以前のように週に2回ブエノスアイレスで1番の美容室でヘアスタイルを整えてもらうこともなく、ファッションにお金を使うこともありません。
そんなビセンテのもとを見知らぬ30代くらいかと思われる男性が訪ねてきたのは、母の消息が途絶えてから数カ月が経過した1943年2月初旬の夕暮れ時のこと。
男性はビセンテの兄の友人で職業は医師、モーシェ・フェルシャーと名乗ります。
【結】内なるゲットー のあらすじ④
ベルリンからワルシャワゲットーに移送された頃に兄夫婦に大変にお世話になったというモーシェは、同胞を救うために1日に18時間は働いていました。
脱出する直前にひと目だけ会ったというビセンテの母は衰弱していましたが、ゲットーで流行している結核にもチフスにも感染していなかったことだけは確かです。
モーシェの訪問以来、ビセンテは繰り返し見る夢のせいでやつれていきます。
ベッドで目覚めて、決して乗りこえられない壁に包囲されていて、その壁が迫ってきて押しつぶされて… 戦争が終わるまでの2年間をビセンテがかろうじて生き延びることができたのは、毎晩のようにカジノに出かけて数日間か数時間だけでも悪夢から逃れることができたからです。
休戦協定の締結をラジオが伝えた1945年の5月8日、ロシータのおなかの中には新しい生命が宿っています。
何週間も口を聞いていなかったビセンテは妻の手を握りしめて、産まれてくる子供に「ビクトリア(勝利の女神)」と名付けるのでした。
内なるゲットー を読んだ読書感想
ヒトラーと戦争の不吉な影から逃れるかのように、世界各国から自由を求めて政治家や文学者たちが集う芸術の町・ブエノスアイレスが舞台になっています。
夜になると若手のダンサーたちが華麗なタンゴを披露する舞踏場「ミロンガ」、週末ごとに大きなレースが開催されるパレルモ競馬場。
そんな活気があって華やかな街並みにピッタリな主人公・ビセンテの顔に、少しずつ暗い影が射し込んでくるようでした。
若くしてビジネスにも結婚にも成功して望むものを全て手に入れた青年が、あっという間に老いていくようで痛々しいです。
全編を通じて得たいの知れない壁のイメージで覆われていて息苦しい物語ですが、ラストの解放感は格別ですよ。
コメント