著者:高瀬隼子 2021年7月に集英社から出版
水たまりで息をするの主要登場人物
衣津実(いつみ)
ヒロイン。物流倉庫で発送管理を担当。粗野な男に囲まれても動じない。
研志(けんし)
衣津実の夫。営業職だがコミュニケーション能力は平凡。対等で先進的な関係を望む。
小西(こにし)
研志の上司。社内規程を重視して融通がきかない。
津夕子(つゆこ)
衣津実の母。亡き夫からは従順さを求められていた。
小谷内(こやうち)
衣津実の同僚。外食が好きでたくさんの人と順番に会う。
水たまりで息をする の簡単なあらすじ
衣津実の夫・研志がある日突然にお風呂に入らなくなったのは、東京での結婚生活が10周年に突入した頃です。
それぞれの仕事を辞めて人間関係もキッパリと清算したふたりは、心機一転のために海辺の田舎町へと引っ越します。
自らの存在が衣津実に重荷になっていることを気にしていた研志は、大雨の夜に姿を消してしまうのでした。
水たまりで息をする の起承転結
【起】水たまりで息をする のあらすじ①
関西の海に面した地方から上京してきた衣津美は、大型倉庫がズラリと並んだ会社に採用されました。
ここから全国各地の中継地点へ商品が運ばれていき、衣津実はルートの計算と荷物の割り当てを任されます。
現場監督やトラックドライバーからは大声で怒鳴られることもありますが、新卒の女子社員としては長続きしている方でしょう。
オフィス用の机やディスプレイのリース会社から新規開拓にやってきた研志は、生まれも育ちも23区内ですが排他的なところがありません。
付き合い始めてすぐに籍を入れてマンションを購入、朝は菓子パンで昼は弁当、夜はスーパーの総菜。
フルタイムで働いている衣津実は夕食を作らないために、時おり様子を見にくる研志の母親はこの生活のことを「おままごと」と言っているようです。
子どもを授からないまま35歳の今、15年後には50歳、20年後に70歳、そして死… 裕福とも言えないがお金には困っていないふたりに特に不満はなく、飛び石のような人生を想定しています。
【承】水たまりで息をする のあらすじ②
研志が2〜3日ほど入浴していないことに気がついたのは、洗面台のドアの外側にかけていたバスタオルが使われていなかったからです。
水道の水のせいで体がかゆくなるという研志は、湯船につかるのはもちろんシャワーを浴びようともしません。
2リットル入りペットボトルの水で顔や手足を拭いているようですが、1週間をすぎる頃には明らかな異臭が漂い始めていました。
水槽の内側にびっしりと生えたコケのような、カルキを抜いていない水のような、流れが止まってよどんだ川のような。
衣津実は毎年夏になると氾濫してあちこちの地面を掘り返していた、自宅の近くにある河川敷を思い出してしまいます。
そこの水たまりを泳いでいた魚をバケツで捕まえて持って帰りましたが、特に世話をしなくても1年ほど生きていたはずです。
まだ2月の終わりで寒い日が続きマスクをしている人が多いですが、これから暖かくなるにつれてあの魚介類のようなにおいは目立つでしょう。
【転】水たまりで息をする のあらすじ③
5月になると研志のハラスメントは社内でも問題になってきて、入社以来お世話になっていた小西からは異動を打診されました。
「ハラスメント」と言ってもセクシャルやパワーのような、モラルに関するものではありません。
外回りで取引先と接することの多い研志の場合だと、体臭で相手を不快にさせるスメルハラスメントに当たるそうです。
緊急連絡先には衣津実の携帯電話ではなく実家の番号を登録していたために、小西から話をきいた義理の母親が慌てて駆け付けてきます。
60歳をこえても化粧もファッションも完璧な義母は作りもののようなギラギラとした目で、息子ではなく衣津実のことをにらんでいました。
ついには退職を迫られることになった研志をつれて、衣津実は電車を乗り継いで5時間ほどかかる故郷へと帰ることにします。
長年に渡って家事と介護を押し付けられていた母親の津夕子は、独り身になった今の方が元気そうです。
その津夕子が案内してくれたのは山あいにある一軒家で、もともとはこの辺りで畑仕事をする人たちの休憩室として解放していました。
【結】水たまりで息をする のあらすじ④
畳を張り替えて屋根や土壁を直すとようやく住めるようになりましたが、せっかくリフォームした浴室を研志は使っていません。
たまに付近の川に入って水浴びをしているようですが、毛穴のひとつひとつから湧き上がってくるような刺激臭では再就職は難しいでしょう。
衣津実は契約職員として市役所で働き始めましたが、せまい町なのでたちまち良からぬうわさ話が広がっていました。
東京で子どもを亡くした、パートナーに暴力を振るわれて逃げてきた、犯罪者を廃屋にかくまっている… 仕事を辞めてからも頻繁に連絡を取って仲良くしていた小谷内とも、すぐに音信不通になってしまいます。
相変わらず電話をかけてくる義母は「夫婦の問題」だとしつつも、追及の矛先が向けられるのはいつも衣津実の方です。
自分のせいで妻の人生が強制されてしまうのが悲しいと打ち明けた研志は、数日ほど雨が降り続いていたある日の真夜中に家を出ていったきり戻ってきません。
次の日に雲ひとつとない空の下を散歩していた衣津実は、地面にできた大きな水たまりで息をする1匹の魚を見つけるのでした。
水たまりで息をする を読んだ読書感想
封建的な地方都市を飛び出した主人公の衣津実が、よりによって選んだ就職先が男社会の運送業だったのが皮肉ですね。
30歳をこえても「お嬢ちゃん」などと呼び掛けてくる厚かましいトラックの運転手を、軽くあしらう姿が痛快です。
そんな衣津実が巡りあったのは研志、好きな時に好きな物を食べて必要以上にお互いを束縛しない距離感に共感できます。
特にドラマチックな出来事もなくこのまま年老いていくのかと思いきや、まさかの展開は予測できません。
真夏の暑い時期にはゾワゾワとさせられる不思議な1冊で、読み終わった後にはひとっ風呂あびてスッキリしたくなるでしょう。
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