著者:李琴峰 2018年3月に講談社から出版
独り舞の主要登場人物
趙迎梅(じゃういんめー)
ヒロイン。「趙紀恵」という名前で日本社会に溶け込む。読書家で語学も堪能だが人生の意味を見出だせない。
小雪(しゃうしゅえ)
迎梅の高校時代のクラスメイト。感情を表に出さない。
陳(ちん)
迎梅の主治医。患者との対話を大切にする。
李書柔(りーしゅーろー)
日本語学校に通いながら就職活動をしている。誰にたいしても警戒心を抱かない。
小竹(しゃうじゅー)
迎梅のサークル仲間。国際交流から地域活動にまで関心が高い。
独り舞 の簡単なあらすじ
台湾から日本に留学した趙迎梅ですが、逆恨みから過去のスキャンダルと自らの性的志向を暴露されます。
投身自殺をするために向かった先はオーストラリアの名所で、寸前のところで救いの手を差しのべてくれたのはかつての恋人・小雪です。
小雪と彼女のパートナーと近況を報告し合った迎梅は、ひとりで生きることを決意して日本に帰国するのでした。
独り舞 の起承転結
【起】独り舞 のあらすじ①
台湾・彰化県の田舎に生まれた趙迎梅は、バイクを売る商売をしていた父親と幼稚園の保育士の母に育てられます。
優秀な成績で台中市にある名門女子校に入学すると、学生雑誌を作る部活で知り合ったのが小雪です。
喜びとも悲しみとも違う穏やかな表情を浮かべた彼女に、いつしか迎梅が募らせていたのは恋心で友情ではありません。
ふたりが愛し合うようになった矢先、迎梅が見ず知らずの男から暴行を受けました。
強制性行の容疑で逮捕された犯人は妻に駆け落ちされて自暴自棄になっていたそうで、「誰でもよかった」と供述していました。
事件の後で迎梅は国内でもトップクラスの台湾大学に合格、不合格となった小雪とは連絡を取っていません。
カウンセリングを受けながら大学に通っていた迎梅が、思いきってカミングアウトした相手は心療内科の陳です。
過去の傷を人生の一部として受け入れること、「女しか好きになれない」のではなく「女が好き。」
アドバイスをもらって、だいぶ気持ちが楽になった迎梅には、手話サークルに入って小竹という新しい友だちもできます。
【承】独り舞 のあらすじ②
もともと太宰治や村上春樹を愛読していた迎梅は、外国語の授業では日本語を選択していました。
東京の有名私大の文学科にかなり好条件の奨学金を提供していることを知り、「趙紀恵」の名前でパスポートを取得します。
大学院で日中比較文学を専攻してから決まった就職先は、品川にオフィスを構える一部上場の企業で給料も申し分はありません。
同僚の男性たちからは何度かアプローチを受けますがやんわりとお断りをして、週末の夜に迎梅が向かうのは新宿2丁目のウーマン・オンリーのバー「リリス」です。
同じく台湾出身の李書柔と仲良くなると、来日する前に交際していた恋人に付きまとわれていると相談をされました。
プライバシーをあまり気にしない書柔に注意を呼び掛けつつ、警察にも通訳として同行します。
ようやく書柔へのストーカー被害が止んだと思ったら、次にターゲットになったのは迎梅です。
紀恵ではなく本名は迎梅、同性愛者であること、性暴力事件の被害者であること。
中傷のメールが勤め先にまで届くようになってからは、迎梅は一歩も自宅の外に出られません。
【転】独り舞 のあらすじ③
品川駅前の高層ビル、上野の美術館に芸術大学のキャンパス、神楽坂から早稲田へつながる坂道、ネオンがきらめく新宿の繁華街… 1週間ほど部屋の中に閉じ込もっていて迎梅は早朝に家を出ると、ひたすら都内を歩き回って風景を脳裏に焼き付けました。
ビザの期限は有効なために成田からサンフランシスコ空港、ニューヨークを経由して北京と気の向くままのフライトです。
世界で1番に見晴らしがいいとインターネットでも評判の、シドニーのリンカーンズロックを旅の終着点に選びます。
地面と垂直の灰褐色の断崖絶壁の頂上はダイビングの飛び込み台のように突き出していて、柵もロープも張られていません。
頭上は果てしない青空、眼下は地平線まで広がる深緑の森、遠くの山並みから立ち上る真っ白な霧。
迎梅のほほには涙が流れていて、自分がどれほどこの美しい世界を愛していたのか初めて気が付きました。
あと1歩でも前に踏み出すと転落するところを、背後からしっかりと抱き留めてくれたのが小雪です。
【結】独り舞 のあらすじ④
小雪の側に寄り添っていたのは、大学時代から「台湾同志熱線」で一緒にボランティア活動をしていた小竹です。
LGBTの当事者や支援者のためのホットラインで知り合ったそうで、ふたりの関係は大学卒業から続いています。
小雪は教員採用試験に合格して台北の公立中学校で公民科の教師、小竹は公務員の資格を取得していて台北市役所の職員。
お互いに仕事を休んでさまざまな職業団体や少数者が参加するパレード、「マルディ・グラ」を先日まで見学していました。
いま現在小雪たちが住んでいる場所はレインボーマンションと呼ばれていて、同性カップルやパートナーとの入居が認められています。
空いているフロアに引っ越してこないかという誘いですが、迎梅は日本に戻ってやり残したことを片付けなければなりません。
無断欠勤で迷惑をかけた職場、家賃滞納のまま放置してあるアパート、何年か前から執筆に取り掛かっているもののいまだに未完成の小説。
シドニー空港で見送ってくれた小雪と小竹のためにも、暗闇の中で舞うソロダンサーの物語を書くつもりです。
独り舞 を読んだ読書感想
性的マイノリティーとしての居場所を見つけること、さらには母国のアイデンティティーを保ったまま外国で生きることの難しさを痛感します。
物語の序盤では歴史のある台湾の街並み、中盤以降の舞台となる無機質な東京のビル群とのコントラストが効果的です。
精神的にも肉体的にも傷ついた主人公、趙迎梅が延々とさすらう姿は受難の旅を続ける苦行僧にしか見えません。
ようやくたどり着いたのが世界の中心でもあり最果てでもある、あの絶景スポットだったのも運命的ですね。
絶望の底にわずかな希望が射し込むようなラストと、何事にも屈することのない迎梅の強い意志が感動的でした。
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