著者:東良美季 2012年11月に講談社から出版
猫の神様の主要登場人物
僕(ぼく)
本作の主人公。一人暮らしのライターを生業としている男性。
みゃ太(みゃた)
主人公の拾ってきた兄猫・オスの白猫
ぎじゅ太(ぎじゅた)
主人公の拾ってきた弟猫・オスの黒猫
猫の神様 の簡単なあらすじ
一人暮らしのライターの青年「僕」が、梅雨のある日2匹の子猫を拾ってアパートに連れて帰りました。
30歳半ば近くになり小さな家族ができた事に幸せを感じます。
その後ぎじゅ太に病気が見つかり、またもう一方のみゃ太もぎじゅ太の死後に病が分かり、僕の生活は病気との付き合いで大きく変わっていきました。
猫の神様 の起承転結
【起】猫の神様 のあらすじ①
10年と8か月一緒に暮らしてきたぎじゅ太は、暖かい春の陽射しの差し込む朝にあっけなく亡くなってしまいました。
夜明けと朝方に彼の姿を確認しもう一度寝ていた所、「げふっげふっ」と大きな咳き込む声で僕は目が覚めます。
ぎじゅ太は陽だまりの中、口から長い舌を出し痙攣していたのでした。
ひどく混乱しつつ彼をソファーの上に乗せますが、目の光はとんどん失われるようで、このまま死んでしまうならともう一度抱き上げますが、首がガクンと落ちもうだめだと確信します。
僕は彼らとの出会いを回想します。
まだ梅雨の明けない7月の朝、いつもの様にジョギングをしていたところ、公園の外れで激しく鳴く子猫の声に気づきます。
僕は珍しく1日中その子猫の事が頭から離れません。
雨が降り続く夜中もう一度探しに行ってみると、小さな毛玉の様なものがまだ鳴いていて、さらにもう一匹いる事に気づき、2匹ともアパートに連れて帰り面倒を見始めます。
自分に懐く子猫たちに、30半ばにしてやっと家族ができたと幸せを感じるのでした。
ぎじゅ太は、ドジで不器用な猫でした。
さらにみゃ太に比べると発育が極端に遅く、身体もふたまわりほど小さいのです。
家に来て1年後の暑い夏の日の事、ぐっりとしたぎじゅ太を見て慌てて獣医に駆け込みます。
直腸肥大症という事が分かり、出にくい時はお腹を押してマッサージをしたりオシッコで汚れた後ろ足を拭いたりと、手をかけてやらなくてはならなくなります。
ぎじゅ太はとても甘えん坊でもあり、天気予報を絶対に外さない猫でもありました。
一晩ぎじゅ太とソファーで一緒に寝た翌日、ペット霊園へ向かいました。
一通りが終わり帰宅すると、いつもはクールなみゃ太がまとわりついて来ます。
僕はみゃ太を抱きしめ声を上げて泣きました。
【承】猫の神様 のあらすじ②
僕は一応普通には生活をしていたものの、何をやっても現実味がありませんでした。
多分それは他の人には気づかれなかったと思います。
誰かが自分から大切なものを無理矢理奪い取って行ったという感覚がありました。
ぎじゅ太がいなくなって以来みゃ太がまとわりつき、ぎじゅ太の仕事だった朝僕を起こす事をみゃ太がやるようになっていました。
昔仕事で知り合った男性との会話が思い起こされます。
初めて子供が生まれた男性が言うには「子供は神様からの授かりものってよく言うけど、実際は預かりものやと思う。
こんな可愛い奴は夫婦だけのもんやない。
神様がある一時期だけ預けてくれたもんやから、子供をしっかり育ててて社会に出してやる義務がある」そんな言葉を思い出しながら、僕は「猫の神様なら空のどこかにいるかもしれない」と考えます。
「ぎじゅ太は一人暮らしの僕に一時期だけ預けて下さったものだから、猫の神様にお返ししました。」
と空を見上げます。
5月の陽射しの中、もうすぐ夏が来る事にブラインドをつける事を考えていると、昔ぎじゅ太が複雑に曲がったしっぽをブラインドに絡まって取れなくなった事を思い出します。
これを機に引っ越そうと考えたのでした。
2匹が8歳になったばかりの頃でした。
そしてペット対応型のマンションに引っ越してたった2年後にぎじゅ太は亡くなったのでした。
【転】猫の神様 のあらすじ③
みゃ太が風邪を引いた様子なので、獣医に連れていく事にします。
重大な病気だったらと僕は心配しますが、懸念はあるもののしばらくは薬で様子を見る事となります。
僕は人間の世界に神様はいるとは思わないけれど、猫の神様は絶対にいる、みゃ太はあとどのくらい生きられるか分からないけれど、それはきっと猫の神様が決めるだろうと考えます。
みゃ太は11歳で6Kgになっていました。
しばらくは平穏な日々が続きましたが、またみゃ太の様子がおかしくなり通院しますが、目に見えて痩せて元気の無くなった様子に貰った薬が効かなかったらと絶望的な気分になってしまいます。
ぎじゅ太の時の様に、自分の体調が悪かった事と軽い症状と思い込んでちゃんと猫の事を見ようとしなかった同じ失敗をしようとしているのではないかという疑念湧いてきます。
ぎじゅ太の一周忌を済ませて帰ると、ぎじゅ太の気配を感じそのお陰かみゃ太の調子も少し落ち着いてきてホッとします。
しかし、期待は続かずみゃ太の体調は一進一退を繰り返すようになります。
定期的に通院する事になり、僕はいつもエラソーなみゃ太が待合室などで他の人から「かわいい」とか「きれい」と言われるのを意外な気持ちで受け止めていました。
しかし、病気の猫を乗せてのマウンテンバイクは気を遣う事も多く、うるさくクラクションを鳴らすタクシーについイラついて食ってかかる事も出てくるのでした。
【結】猫の神様 のあらすじ④
病院通いもすっかり定着し獣医さんによると、気管支から肺にかけて深刻な症状がありそれと戦っているのか、レントゲンに写らない所に悪性の腫瘍があるのかという診断でした。
そして10月半ば過ぎ気温が急に下がり、みゃ太の鼻が詰まり始め、獣医さんによるとこの変わり目の季節に体調を崩しやすいと言います。
みゃ太の嫌がる鼻薬と格闘していると、ぎじゅ太の事を思い出します。
狭いアパートで2匹と暮らした日々が幸せだった、それは過ぎ去った所にあるとかみしめます。
その後、いったんは回復したみゃ太の食欲が無くなっていきました。
僕はみゃ太が病気になって9か月、「みゃ太は自分の為に生きているのではない。
世界の摂理と共に生き、生きるのが辛くなれば静かに死んでいく。
ただ判断を誤らない事が大切。」
と自分に言い聞かせます。
しかし、みゃ太は段々と痩せていき、飲ます錠剤も喉が痛いのか嫌がるようになります。
その後、1週間ほど食べていないみゃ太にマグロの刺身を小さく切って出すと、何とか食べてくれた事に僕は嬉しくて嬉しくて涙します。
みゃ太の闘病生活も続き11月に入り、ますます鼻や口内の状態がひどくなります。
みゃ太を連れた病院への移動の時間、これも僕にとってはささやかな幸せになっていました。
12月に入り、みゃ太はトイレに行くだけで体力を消耗してしまっていました。
とても寒いある日の夕方、鳴く体力もなくなっていたみゃ太の鳴き声が響き、四肢を伸ばして痙攣をしていました。
慌ててソファーに移動させ、その苦しそうな様子にどうしていいか分からず、名前を呼び前足を握ります。
その後、落ち着いたみゃ太は猫らしく丸くなって寝だします。
しかし、深夜僕に甘える時の「ニャーン」という声を出し、苦しみ出し発作を何度も起こした後、僕の膝の上で冷たくなりました。
複雑な気持ちを抱いた霊園の帰り、僕は「みゃ太の分まで生きて生きて生き抜くからな」とつぶやきました。
猫の神様 を読んだ読書感想
私自身も野良猫が生んだ2匹の猫を飼い、20年前後生きた2匹ともに晩年は足しげく動物病院へと通った経験があるので、身近な感覚を抱きながら読めたのが良かったです。
孤独な青年の家族となっていったいきさつや、その後の日常を手に取るように細かく表現してくれているので、まるで目の前で起こっているような気持ちにさせられ、その時々に感じる「僕」の気持にもとても共感でき、やはり最期のシーンでは、自分の愛猫の最期とダブり涙無くては読まれませんでした。
大きな感動はありませんでしたが、じわじわとみゃ太とぎじゅ太に対する深い愛が感じられる良い作品でした。
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