著者:いしいしんじ 2012年2月に新潮社から出版
ある一日の主要登場人物
園子(そのこ)
ヒロイン。1度流産している。食べものにはにこだわりがある。
慎二(しんじ)
園子のふたつ年上の夫。海外旅行と古書店を巡るのが趣味。
眼科医 (がんかい)
木屋町でクリニックを開業する。気前がよく話好き。医学だけでなく自然科学にも詳しい。
院長 (いんちょう)
丸太町通で産院を経営する。妊婦とそのパートナーの意思を尊重するのがポリシー。
マリオ・ゴメス(まりお・ごめす)
炭鉱労働者。現場では最年長。
ある一日 の簡単なあらすじ
5年前に死産を経験した園子は、43歳でふたたび妊娠します。
高齢出産に不安を抱えながらも、理解のある夫・慎二や主治医のサポートを受けて自然分娩を選ぶつもりです。
予定日に様態が急変した園子は産院に搬送されますが、無事に元気な男の子を出産するのでした。
ある一日 の起承転結
【起】ある一日 のあらすじ①
園子と慎二が婚姻届を提出した場所は三浦市の市役所ですが、まもなく夫婦は京都市内へと引っ越しました。
京都は慎二が学生時代の4年間をすごした思い出のある土地で、ふたりの住まいは鴨川に沿った川端通りを抜けた先にある2階立ての古い一軒家です。
園子が初めて妊娠したのは38歳の時でしたが、5カ月をすぎると心臓の音が途絶えてします。
分娩台の上で陣痛促進剤を投与された園子は赤ちゃんを産み落としますが、すでに息がありません。
ふたたび園子の体内に命が宿ったのは5年後のことですが、産婦人科医や助産師の予測ではかなりリスクが高い出産になると忠告されます。
今回が子供を授かる最後のチャンスになるかもしれませんが、園子はできる限りは医療処置のいらないお産を希望していました。
基本的には痛み止めや鎮痛剤は使用せずに、吸引や帝王切開なども受けるつもりはありません。
立会人は慎二ただひとりで、いざという時はどんなことでも手伝うつもりです。
【承】ある一日 のあらすじ②
出産予定日の10月13日を迎えましたが、産院の院長の見立てによるとあと2〜3週間はかかるそうです。
定期検診が終わった後に、園子は最近になって視力が低下していたために木屋町通三条の眼科に行きました。
妊娠期間中は体液のバランスがくずれて眼圧が変化するために、前祝いとして無料で使い捨てのソフトコンタクトレンズを処方してくれます。
待ち合い室の水槽ではうなぎを飼っていて、眼科医の話では西太平洋沖のマリアナ海峡から4000キロかけて泳いできたそうです。
木屋町を出た先の錦小路で夕食の材料を探し、うなぎではなくお手頃なハモを選びました。
自宅に帰った園子は雑巾と線香を持って、近所にある地蔵のほこらを掃除します。
この地域ではほこら掃除が各家庭ごとに持ち回りになっていて、よそから移住してきた園子たちも例外ではありません。
掃除を終えた園子はお香立てに火のついた線香を備えて、サンスクリット語で「大地の母胎」を意味する地蔵の前で手を合わせます。
【転】ある一日 のあらすじ③
しゃぶしゃぶにしたハモを慎二と一緒に食べていた園子は突如として腹痛に襲われ、タクシーで産院のある丸太町通へと運ばれました。
ふたりが案内されたのは院内にある宿泊施設の403号室でユニットバスから冷蔵庫、ステレオにDVDプレーヤーまで備わっています。
園子が旅行用のカバンにひそませているのは、安産・子宝の神社として有名な岡崎神社の護符と石のうさぎの置き物です。
園子の身の回りの世話する助産師も、後ろ足で立ち上がったうさぎのように見えなくもありません。
出産のすべては入院の直前に妊婦がアンケート用紙に記入した、「バースプラン」に従って進められていきます。
院長はできるかぎり園子が希望する自然な方法で赤ちゃんを取り上げるつもりですが、いよいよ母体に危険が迫った状態になれば切開するしかありません。
陣痛がひどくなった園子は403号室から隣の処置室へと移されていき、いつしか自分の中で小さな「いきもの」が目を開いたことを感じました。
【結】ある一日 のあらすじ④
園子の中でうごめいていた「いきもの」は、何100キロもの川をさかのぼって大きく手を広げた光の中心に抱き止められました。
意識が遠のきかけていた園子の手を、慎二は側で寄り添いながらそっと握りしめています。
母子ともに健康であることを見届けた院長は次の出産のために立ち去り、プラスチックの移動式ベッドに寝かされた赤ちゃんが向かう先は403号です。
ナースステーションに預けることも可能ですが、慎二はひと晩中ここにいて妻と息子から離れるつもりはありません。
慎二は園子が好きなクラシックのピアノ曲をかけてあげようとリモコンを操作しますが、間違ってラジオの電源を入れてしまい夕方のニュースが流れます。
チリ北部のサンホセ鉱山に2カ月以上閉じ込められていた作業員が先ほど救出されたそうで、69歳のマリオ・ゴメスは「新しく生まれ変わったよう」とコメントしたそうです。
夕暮れ時に京都の片隅で我が子を抱きしめていた慎二には、地球の裏側で土まみれになった英雄たちへの歓声が聞こえたような気がしました。
ある一日 を読んだ読書感想
ストーリーの舞台になっている京都の木屋町の路地裏や鴨川に沿った住宅街がノスタルジックです。
捨てのルールよりもお地蔵さんの掃除当番の方が大切にされているという、地域コミュニティの結び付きの強さも伝わってきます。
ハモのしゃぶしゃぶから松たけの炭火焼きまで、ヒロイン・園子が季節の食材を生かして作るメニューの数々もおいしそうでした。
1度は失った命にちょっぴり心を痛めながらも、愛する妻を支えながら前へ進んでいく夫の慎二の優しさにも心温まります。
マリアナのうなぎから南米の炭鉱まで、地球規模での生命力の流れも力強いです。
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