著者:近藤史恵 2020年6月に祥伝社から出版
夜の向こうの蛹たちの主要登場人物
織部妙(おりべたえ)
35歳。デビュー七年目の美人作家。レズビアン。
橋本さなぎ(はしもとさなぎ)
三十代前半に見える、美人の新人作家。
初芝祐(はつしばゆう)
25歳。橋本さなぎの友達で、秘書。背が高くて肉付きが良い。
風花(ふうか)
27歳。織部がレズビアンバーでナンパした女性。外見が初芝に似ている。
柳沼一史(やなぎぬまかずふみ)
織部より年下のSF作家。織部の飲み友達。
夜の向こうの蛹たち の簡単なあらすじ
織部妙は中堅の女流作家でレズビアンです。
彼女は、美人の新人作家、橋本さなぎに興味を持ちます。
デビュー作が非常におもしろかったのです。
しかし、パーティーで橋本に会ってみると、違和感を覚えました。
どうにも、彼女の人柄と、作品の作風が合わないのです。
その一方で磯部は、橋本の秘書を務める初芝祐に強く惹かれます。
そして、初芝と話すうちに、磯部はしだいにある疑念を持つようになるのでした……。
夜の向こうの蛹たち の起承転結
【起】夜の向こうの蛹たち のあらすじ①
織部妙はデビューして七年目の女流作家でレズビアンです。
無神経な編集者の坂下が、新人作家の橋本さなぎと織部とで「美人作家どうしの対談」を申し出ますが、織部はすげなく断りました。
対談の件は断ったものの、気になって橋本さなぎのデビュー作を読んだ織部は、その作品に圧倒され、嫉妬するのでした。
三か月後、文学賞のパーティーで、織部は橋本さなぎと会いました。
確かに大変な美人です。
橋本は、織部の作品を全部読んでいると言い、べたべたとくっついてきます。
これがあの小説の作者かと失望した織部は、会場で、ひとりの女性と出会います。
大柄で、決して美人とは言えませんが、織部の好みのタイプの女性でした。
彼女は橋本の秘書でした。
後日、織部は奇妙なことを目撃します。
病気の橋本に代わって、初芝が出版社に打ち合わせに来たかと思うと、織部が桃のおすそわけをすると言うと、初芝の代わりに病気のはずの橋本自身が受け取りにきたのです。
何日かして、もものお礼ということで、織部は橋本を食事することになりました。
その場に、急きょ、初芝も呼びました。
機嫌よく食事にぱくつく初芝を、橋本はトイレで手ひどく叱責します。
その様子を、織部は陰から見ていたのでした。
【承】夜の向こうの蛹たち のあらすじ②
織部は、初芝が橋本さなぎのパワハラに困っているのではないか、と相談に乗ろうします。
初芝は、別段パワハラではないが、別途相談に乗ってほしいことがある、と返事しました。
初芝から呼び出され、いそいそと会いに行った織部でしたが、意外にも初芝の相談というのは、橋本さなぎの作品について感想を聞きたい、ということでした。
磯部から感想を聞いた初芝は、作家としての仕事の仕方についても、次々と質問してきました。
時間が押してきたので、店を替え、夕食をとりながら話を続けました。
話すうちに、磯部は奇妙なことに気づきました。
橋本本人は小説やSNSとマッチしておらず、秘書である初芝の言い方が、小説やSNSにマッチしているのです。
秘書として近くにいるために、橋本が初芝の影響を受けているのかもしれません。
しかし、織部は、初芝こそが橋本さなぎのような気がするのでした。
しかし、新人作家がゴーストライターをかかえる、というのは経済面からは考えにくいのです。
織部は、初芝や橋本が小説教室の生徒だった頃の同人誌を取り寄せます。
同人誌に載ったふたりの作品を読むと、初芝には書く才能がないことがわかりました。
それで初芝は、自分の代わりに橋本に書いてもらうために秘書をしているのではないか、というのが磯部の推論でした。
さてある日、織部は初芝をクラシックのコンサートに誘いました。
コンサートが終わり、入った飲食店で、初芝は織部に勧められてスイカミルクを飲み、おいしさに驚きます。
ひと月後、橋本さなぎの短編が発表されました。
そのタイトルは「スイカミルク」でした。
橋本が初芝からスイカミルクのことを聞き、イメージをふくらませて書いたのでしょうか?
【転】夜の向こうの蛹たち のあらすじ③
磯部には、風花という、新しいレズビアンの恋人ができました。
そんなある日、初芝から、重要な相談に乗ってほしい、と電話がきます。
磯部のマンションに来た初芝が訊いたのは、仕事相手が約束を守ってくれないときの対処法でした。
質問があいまいなので、磯部としては、ごく一般的なアドバイスしか出せません。
やりとりのうちに、磯部は思い切って言いました、橋本さなぎの小説は初芝が書いているんじゃないか、と。
すると、意外にもあっさりと初芝はそれを認めます。
表向き橋本さなぎを演じているのは、速水咲子といい、外見がいいので、対外的なアイコンとして雇っているのでした。
しかし、その速水が、最近言うことをきかず、好きなように食べて太ってしまい、困っている、というのでした。
その晩泊っていった初芝と、磯部の恋人の風花がかち合います。
風花は、初芝の容貌を見て、自分が初芝の代用品にすぎなかったことを悟り、磯部のもとを去っていきました。
後日、初芝から再度、今後のことを相談された磯部は、ふたつの案を出しました。
A案は、手切れ金として、橋本さなぎ名義の作品の権利を速水にくれてやり、初芝は別のペンネームで再デビューする、というもの。
B案は、初芝が速水から離れ、今後は覆面作家として橋本さなぎを続けていく、というもの。
初芝はB案を選び、夜逃げして、北海道へ引っ越していったのでした。
【結】夜の向こうの蛹たち のあらすじ④
同居していた初芝がいなくなって、速水はマンションを引き払い、元もとやっていたホステスに戻ることにしました。
マンションの防犯カメラの映像から、磯部が初芝の夜逃げを手伝ったことを、速水は知っていました。
速水は、ホステスの寮に入れられない荷物を磯部に預け、それを手掛かりにして、徐々に磯部の部屋に入り込んできます。
速水は食事を作り、初芝のことや、自分のこれまでのことなど、いろいろ話します。
彼女はいつも誰かを過剰に接待し、気を配り、誰かに寄生して生きてきました。
そのことがむしろ新鮮で、磯部はとうとう速水とセックスします。
いつもとは違い、磯部が受けでした。
翌朝、突然初芝がやってきて、磯部と速水の関係を知ります。
初芝は、速水をほしい磯部が、無理やり初芝と速水を別れさせたのだ、と誤解して去っていきました。
その後、磯部と速水の仲は深まっていきました。
ある夜、ふたりでレズビアンバーへ行ってみると、風花が新しい恋人といっしょにやってきました。
風花の容貌は初芝そっくりです。
その風花が、かつて磯部とつきあっていたことを知った速水は、磯部が本当に好きだったのは、初芝なのだと悟りました。
そんなとき、初芝から速水に荷物が届きます。
橋本さなぎ名義の作品の契約書と印税を貯めた通帳でした。
初芝はかつて磯部が提案したB案を実行したのです。
お金を得た速水は、寄生することなく、自由になれます。
これが初芝から磯部に向けた復讐なのかもしれません。
速水は磯部から離れていきました。
数か月後、初芝は本名で新人賞を受賞して、再デビューしたのでした。
夜の向こうの蛹たち を読んだ読書感想
本書には、殺人も強盗も、その他犯罪らしい犯罪はなにも出てきません。
しかし、それでもなお、この作品はサスペンスあふれるミステリーの一種と言えます。
主な登場人物は、中堅作家、新人作家、新人作家の秘書、という三人の女性です。
物語の前半は、美貌の新人作家が、本当にその小説を書いたのだろうか、という謎で、読者を引っ張っていきます。
後半になると、その謎が解ける一方で、三人の女の人生がめまぐるしく転がっていきます。
その展開の意外性が、一種のミステリー的などんでん返しとして、読者を楽しませてくれます。
そして、全体を読み終わってみると、合計三つの恋が終わってしまった磯部に共感し、けだるい、人生の倦怠感を覚えることになります。
レズビアンの恋という、少し特殊な恋愛心理が描かれた、緻密な心理小説としても楽しめるのではないかと思います。
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