「奈落」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|古市憲寿

奈落 古市憲寿

著者:古市憲寿 2019年12月に新潮社から出版

奈落の主要登場人物

藤本香織(ふじもとかおり)
ライブ中にステージから落ち、寝たきり状態になる。

香織の父。
高校教師。母に頭が上がらない性格。

香織の母
子供に対して、歪んだ愛情をいだいている。

香織の姉
依存心が強く、香織を嫌っている。


香織の親友。心が通じ合っている。

奈落 の簡単なあらすじ

藤本香織は、作曲も手掛けるアーティストでしたが、コンサートのステージで奈落に落ちる事故により、植物状態になります。

意識と痛みは感じるが、体が動かない状態はまさに地獄でした。

傲慢な母と依存体質の姉は、香織の契約や金銭関係を牛耳ります。

ただ1人、まともだと思っていた父からも性的接触を受け、もう生きることを終えてしまいたいと思う香織でした。

奈落 の起承転結

【起】奈落 のあらすじ①

 

ステージ事故

寝たきりの藤本香織は、天井のしみを数えながら自分の過去の記憶をたどっています。

中学の頃は母の愛情の押し付けに何も言えず、あきらめていたこと、大学の卒業証書、ピアノを弾いて自分が初めて作った曲など頭に浮かびます。

香織は父母と姉と暮らしており、通いのヘルパーの清水が香織の世話をしていました。

ある日、テレビ局から電話があり、デビュー20周年の香織の曲を2曲も放送してくれるといいます。

香織は自分の人生が17年前の夏に、劇的に変わってしまったことを思い出しました。

デビューから3年目のコンサートの時でした。

デビュー曲を歌い終えて、ステージが暗転する直前に足を滑らせ、奈落の底に落ちてしまったのでした。

床に体を強く叩き付けられ、そのまま気を失ってしまいます。

香織が病院で意識を取り戻した時には、すでに1カ月がたっていました。

耳は聞えるが、口や声帯が動かず声が出ません。

体を動かそうとしても手足は、一ミリも動きませんでした。

【承】奈落 のあらすじ②

 

感覚と意識だけの世界

9カ月たっても話せないし、体も動かなかったが感覚だけはありました。

頬がかゆい、髪の毛が目に入って痛い、鼻がすすりたい、喉が乾いたなど伝えられなくてもどかしいのでした。

病院のベテラン医師はぶっきらぼうで、若い医師はメモをとるだけ、おまけに看護師は針を刺すとき何度も失敗しました。

針の痛みを叫ぼうにも叫べない状態でした。

傲慢な母と依存体質の姉が大嫌いで、2人が側にいる時は、ただ悲劇のヒロインを演じているとしか思えませんでした。

ある日、海が病室に来てくれます。

海は、アーティストでCDも出しており、ジャケットも自分で手掛ける多才な男の子です。

彼とは、たくさん話をしてお互いを信頼し合っている仲でした。

海は香織を見て悲しそうな顔をし、唇を重ねてきます。

大切な人とのキスなら、早くにしておけばよかったと香織は後悔するのでした。

病室を出た海は、涙がこぼれて止まらなくなります。

香織のいない世界は不安で仕方がないのでした。

【転】奈落 のあらすじ③

 

体が動かない恐怖と絶望

ベテランの医師より、香織は植物状態であるとして群馬の病院への転院をすすめます。

しかし若い医師は、逆に、香織の意識は明晰であるとして、リハビリテーション病院をすすめ、あきらめないで治そうと香織に語りかけます。

香織は自分がいつ治るのか不安で仕方がありません。

意識だけはあって、体が動かない人生は恐怖でしかありませんでした。

その後リハビリテーション病院へ転院できました。

母や姉は病室で印税の交渉をしています。

香織の容態よりお金のことばかり気にしています。

一方の香織は、自分の努力と理学療法士のリハビリのおかげで、以前よりも好転のきざしが見られるようになりました。

しかし家族は香織を退院させ、自宅療養に切り替えます。

自由には話せないが、香織は指先が動かせるようになり、嚥下食ならとれるようになっていました。

しかし母と姉は相変わらず損得勘定ばかりで、ただ一人まともな人だと思っていた父にも体を触られます。

香織はただただ絶望的な状態でした。

【結】奈落 のあらすじ④

 

真っ白な世界へ

2008年、香織のデビュー10周年を迎えるにあたり、姉がノンフィクションライター語り下ろしの本を出版する計画をたてます。

香織の契約や金銭については、姉と母がすべて牛耳っていました。

30歳になった海は、定期的に家に訪問して励ましてくれます。

しかし海が、歌手の帆波と結婚したことをしり、香織は大切な人が遠くへいってしまった気分になります。

高校教師を辞めてしまった父からの性的な接触は今でも続いています。

そんなある時、地震が起こります。

香織の頭へと本棚から何冊もの厚い本が落ちてきました。

それはまるで、避けられない過去が落下してくるように思えました。

このまま死ねるのかさえ考えましたが、地震は収まります。

しかしテレビでは、津波により町が飲み込まれていく様子が映し出されます。

香織はかつてピアノ教室を続けるかで母とけんかをし、ミニチュアブロックで造ったフィギュアを壊されたことを思いだしていました。

もう生きているのを終えてしまいたいと思いました。

40歳の香織は、指先は少し動き、流動食なら飲み込めるようになっていました。

でも意味のある言葉を発することができません。

そんな時、海が連れてきた光希が、目線でPCが打てるアイトラッカーを導入してくれます。

また優秀な鍼の先生を紹介してくれました。

しかし、香織が自分の意思を表現できるようになることが不都合な母は、それを邪魔します。

香織は本当に悔しい思い出いっぱいでした。

そして母は、歪んだ愛を爆発させるかのように、香織に鏡を向けます。

そして、もう昔のような若さも、才能もない、排出でさえも自由にできないと言い放ちます。

香織はありのままの変わり果てた自分の姿を見て驚愕し、そして何かをあきらめたように真っ白な精神世界へと向かっていきました。

家族への怒りも、新しい光さえも白い海へ消えていきます。

もう彼女には歌は必要ありませんでした。

奈落 を読んだ読書感想

最初から最後まで絶望的な物語でした。

体しか動かせないきつい状態でも、彼女なりの強さで周りを見ています。

しかし香織は、最後に自分の今の姿を知ってしまいました。

想像していた自分とはかけはなれた姿だったのでしょう。

彼女から独自の強さが消え、自分のことを「それ」と呼び、無になってしまったように思います。

これから真っ白な世界で生きていくの?生きることをあきらめてしまったの?このまま香織は、救われないの?そんな思いでいっぱいになりました。

古市憲寿さんの小説はすべて読みました。

私としては「平成君さようなら」が一番好きです。

安楽死がテーマでしたが、ラストが切なくて心に残りました。

「奈落」のテーマは絶望でしょうか。

私には、ちょっと悲しすぎました。

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