著者:東野圭吾 2019年8月に講談社から出版
危険なビーナス (講談社文庫) (日本語) ペーパーバック – 2019/8/9
危険なビーナスの主要登場人物
手島 伯朗(てじま はくろう)
惚れっぽい独身獣医。母親の再婚相手の籍には入らず手島姓を名乗る。
楓(かえで)
伯朗の弟・明人の妻を名乗る女性。実は警察官。
矢神 明人(やがみ あきと)
伯朗の異父弟。行方がわからなくなっている。
手島 一清(てじま かずきよ)
伯朗の父で画家。故人。
矢神 康治(やがみ やすはる)
伯朗の母の再婚相手。大金持ちの御曹司。
危険なビーナス の簡単なあらすじ
惚れっぽい独身獣医の伯朗の元に現れたのは、疎遠になっていた弟の妻だという美女・楓。
その楓から結婚報告、弟・明人の失踪、義父の康治の危篤を矢継ぎ早に知らされ、明人の捜索を手伝わされるはめに。
少し天然かと思いきや、必要ならば嘘もつき、思いがけず頭が切れる楓に振り回されつつもどんどん楓に惹かれていく伯朗。
矢神一族の勇磨も首を突っ込んできて、勇磨と楓の距離が近づきやきもきする伯朗。
混乱する恋の行方に加え、浮かび上がってくる謎の数々。
医師である義父が研究していたサヴァン症候群と、父親が描いた奇妙な幾何学模様の絵、母親の死は関係があるのでしょうか?そして明人の行方は?恋愛エンターテインメントミステリです。
危険なビーナス の起承転結
【起】危険なビーナス のあらすじ①
少し惚れっぽい伯朗は動物医院の独身獣医。
顔がいいからと採用した、助手の蔭山元実と業務をこなず日々。
そんな伯朗の元に現れたのは、疎遠になっていた弟の妻を名乗るカーリーヘアでミニスカートの美女・楓。
その楓から結婚報告、弟・明人の失踪、義父の康治の危篤状態を矢継ぎ早に知らされます。
その危篤状態の康治を見舞うため、シアトルから緊急帰国した矢先に明人が失踪したのだと言うのです。
そもそも伯朗は実父・手島一清と母・手島禎子の元に生まれます。
父は写実的な絵を描く画家でしたが、死ぬ前に描いた最後の絵は他の絵とは一線を画しており、奇妙な幾何学模様のような絵でした。
伯朗はその絵が忘れられないのですが、その絵は行方不明になっていました。
そして父が亡くなった後、母・禎子が再婚したのが、矢神総合病院などを経営する大富豪、矢神一族の御曹司・矢神康治だったのです。
嫁の連れ子で冷遇されていた伯朗と違い、康治と禎子の間に生まれた明人は、高い知能、優れた数字に関する感性、空間認識能力と非凡な才能を併せ持ち、一族の期待は明人に集中しました。
伯朗は早々に矢神家を出て、20歳の頃に元の姓である手島を名乗ることを選んだのでした。
そして母も亡くなり、矢神家とは疎遠になっていたのですが、明人の捜索を手伝わされるはめになり、一族とも顔を合わせることになります。
一緒に行動する内に、少し天然かと思いきや、必要ならば嘘もつき、思いがけず頭が切れる楓に伯朗はどんどんに惹かれていくのでした。
【承】危険なビーナス のあらすじ②
明人の失踪について一族が何か手がかりを持っていると主張する楓に連れられて、伯朗はほぼ意識のない康治の病院へ見舞いに行き、その流れで一族の遺産相続の親睦会にも出席させられるはめになります。
康治の妹である波恵、亡き祖父母の愛人の佐代、佐代の息子の勇磨、康治の弟で康治と共にサヴァン症候群の研究をしていた牧雄、従姉妹の百合華など…多彩な面々が一同に介します。
特に勇磨は小さい頃からなにかと絡んでくる因縁の相手。
やはり大人になってからもその態度は変わりません。
従姉妹の百合華は明人に好意を持っていた様子で、「アキ君、恋人がいるなんてこと、私には一言もいわなかった。
」と強く主張しています。
しかしこの華やかに見える一族も実は没落しかけていることを伯朗は知ります。
明人の失踪は遺産争いで一族が絡んでいると踏んでいる楓は一族のアリバイ確認も行います。
問い詰める伯朗に「当たり前でしょ。
夫が行方不明なのよ。
」と楓は言い放ち、一族を疑っていることを隠しません。
伯朗は、楓の明人への思いの強さを思い知らされます。
また、「金の匂いがプンプンする」と実業家である勇磨も積極的に首を突っ込んできて、楓になれなれしくします。
伯朗は気が気ではありませんが、「食いついてきた獲物かもしれない」と楓は応戦体制。
そしてこの時、矢神家に残されていた母・禎子の遺品の中にあったアルバムを受け取った伯朗は、いやがおうにも昔のことを思い出させられます。
義父・康治が動物実験を行っており、子供の頃の自分が小動物が死ぬまで痛めつけられてところを見てしまったことも…。
自分はそのトラウマから獣医師になったのかもしれないとの思いを楓に話します。
すると楓は「そのときの八歳の伯朗少年が今ここにいたなら、この手で抱きしめてあげるのに」と言います。
ありがとうという思いといまの俺じゃだめなのかという思いが交錯する伯朗。
楓は弟の妻なのです。
【転】危険なビーナス のあらすじ③
伯朗は母の妹である叔母の順子宅へ赴き、そこで数学者である叔父の憲三に、サヴァン症候群患者の描く絵は、フラクタル図形—幾何学の概念のひとつで拡大しても同じ模様で、全体の形と細部とが相似あるものーで、人並み外れた能力を持つことが多いサヴァン症候群患者の為せる、人間とは思えない業だと聞きます。
それはまさに伯朗の父が最後に残した絵と同じものでした。
一方、楓は、明人が母親から何か特別なものを譲り受けていないか、と勇磨から意味深なことを聞かれたと告げられます。
手がかりを探して楓と一緒に、更地にされたはずの母の実家へと赴くと、なんとそこには解体されたはずの実家が建っていたのです。
そして一族の親睦会で、「それが禎子さんの遺品のすべてとは限らない。
」と意味ありげにささやいた佐代に会いに行き、佐代が禎子の学生時代の友人で、脳腫瘍を煩っていた父に興味を持った康治と、禎子を引き合わせたのは佐代だったことを知らされます。
そして康治は治療で一清の脳に電気を流し、快方に向かっているように見えた一清は、急速に悪化して亡くなったというのです。
一方、楓が調べた所によると、他にもサヴァン症候群の患者でフラクタル画像を描けるようになった人がいて、その人も義父・康治の治療を受けていたことがわかりました。
脳への電気刺激治療が後天的なサヴァン症候群患者を生み出すということ、つまり、人為的に天才脳を作り出すことが出来る。
義父・康治はその研究をしていたのだということがはっきりしたのです。
康治の共同研究者である牧雄の元を訪ねると、あくまで治療の一環だったが、その副作用として、父一清の頭の中に奇妙な図形が浮かんでは消えるようになったと主張します。
それが父の最後の絵、「寛恕の網」だったのです。
そして康治は研究データをどこかに隠したと思われるというのです。
そうなれば考えられる場所はもうひとつしかありません。
母・禎子の実家です。
【結】危険なビーナス のあらすじ④
予想通り母の実家の天井裏からデータは見つかりましたが、以前もそこを調べた伯朗は腑に落ちず、踵を返して母の実家へと戻ります。
そこにいたのは叔父の憲三でした。
それが見つかれば伯朗たちが引き上げるだろうと見越した上でデータを屋根裏へ隠しておいたのです。
数学者である憲三は、父・一清の最後の絵である「寛恕の網」に深く魅せられていました。
人の業とは思えないこれが世に出ると、数学界だけでなく、人類もにとっても大変なことになると。
その絵を探し、母・禎子の実家に忍び込み、もみあった末に頭を打って昏倒した禎子にとどめをさし、事故に見せかけたのは憲三だったのです。
見つからなければ燃やそうと思っていたという憲三が放った火で家は燃え上がり、その中で伯朗の昔の記憶がよび起こされます。
伯朗はもうすでに燃えかけている襖の中にあの父・一清の「寛恕の網」を見いだし、もう一歩の所で焼けた天井が落ちてきた時、腕を捕まれます。
行方不明の弟・明人でした。
ネットで明人の監禁を依頼していた人物がいたということで、明人は警察に保護されていたのでした。
その人物は数学にも造詣の深い明人にだけはあの絵は見つかってはならないと思った憲三で、その依頼者をつきとめようと警察が憲三を泳がせ、その代わりに、明人は不審に思っていた母・禎子の死の再捜査を依頼したのです。
そし潜入捜査のために選ばれたのは。
そこに警察官の制服を来た楓が立っていました。
すべて芝居だったのかと問い詰める伯朗に、「お芝居です。
」と答える楓。
伯朗は「お疲れ様でした。
」と声をかけて去りました。
その後、明人は没落しかけている矢神一族を勇磨と立て直すことにしたといい、伯朗は普段の日々に戻りました。
そんな伯朗の前に現れたのは、以前よりさらに短いスカートを履いた楓でした。
大きくなるのでペットにするには向かない、と以前伯朗が忠告した「ハクちゃん」という名前をつけたミニブタを連れて。
危険なビーナス を読んだ読書感想
ポップな恋愛ものかと思いきや、サヴァン症候群、動物実験、遺産相続等、複数のシリアスな要素も盛りだくさん。
登場人物が複雑な人間模様を織りなし、たくさんの伏線が張り巡らされ、恋愛エンターテインメントとミステリのふたつの面を併せ持つ秀作です。
楓のキャラクターが魅力的で、伯朗ならずとも弟の妻でなければ、と思うのではないでしょうか。
伯朗も気が多く、楓がだめなら元美、とすぐに手のひらを返そうとするのですが、そんなところも憎めません。
また多彩なキャラクターが話を彩り、馬が合わない、いやな奴だと思っていた勇磨も深く知ると実は秘密をしっかり守る人間で、作業などで手抜きをしないのを見て見直し、恋愛バトルの裏で男の友情が育まれていく様も微笑ましいです。
恋愛の部分だけでは終わらず、数学界の謎を絡め、話が大きくなりますが、数学がわからない読者もおいてけぼりにされず、最後まで楽しませてくれるのが東野圭吾。
今度は没落しかけている矢神一族を立て直す、明人と勇磨の物語も読んでみたいと思わせてくれる一作です。
コメント