「一枚の切符」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|江戸川乱歩

一枚の切符

著者:江戸川乱歩 1931年10月に平凡社から出版

一枚の切符の主要登場人物

左右田五郎(そうだごろう)
たまたま事件現場に居合わせた書生の男。尊敬を抱く富田博士が殺人犯とされ、事件の真相を推理することに。

松村(まつむら)
左右田の友。富田博士の事件に興味を持ち、左右田に尋ねる。

黒田清太郎(くろだきよたろう)
富田博士の事件を捜査した刑事。博士の妻は富田博士に殺されたのだと推理し、名探偵と持てはやされるが…。

富田(とみた)
優れた頭脳を持つ博士。妻が遺体となって発見されたうえ、妻殺しの犯人として連行されてしまう。

一枚の切符 の簡単なあらすじ

ある朝の日、左右田五郎がたまたま居合わせたのは、富田博士の妻が列車にひかれてしまった事件の現場でした。

当初その事件は自殺として解決するはずでしたが、一転愛憎の殺人事件とされ、その犯人として富田博士が連行されてしまいます。

しかし、左右田は現場の様子やそこで見つけた一枚の切符より、その真相を推理していきます。

一枚の切符 の起承転結

【起】一枚の切符 のあらすじ①

三つの証拠品

左右田五郎はレストランで、友人の松村より数日前に起きた事件について尋ねられました。

その事件の現場となったのは富田博士邸の裏を走る線路であり、その線路上に博士の妻が遺体となって発見されたのです。

左右田は習慣の早朝の散歩をしていた途中たまたまその現場に居合わせており、その時の様子や新聞の情報などをもとに説明を始めました。

博士の妻は明かに列車にひかれて亡くなったように見えるうえ、遺体の懐から見つかった書置きには肺病の苦しさと周囲に迷惑をかけていることを理由に覚悟の自殺をするとあったため、初め警察は思い悩んだすえの自殺として解決するつもりのようでした。

しかし、黒田清太郎刑事が—左右田に言わせれば探偵小説さながらの捜査により—自殺ではなく殺人である可能性を示したところ、実際遺体を解剖してみると毒物を服用した形跡が見つかったのです。

そして、黒田刑事は三つの証拠品「一足の短靴」「石膏で取った足跡の型」「数枚のしわになった紙」より犯人は富田博士であると主張しました。

【承】一枚の切符 のあらすじ②

黒田刑事の結論

実は、黒田刑事はその出血量の少なさに、犯人が博士の妻を毒殺してから列車にひかせようと線路まで運んだのではないかと疑っていたのです。

幸運にも夜中まで雨が降っていた現場には夜中から遺体が発見される朝までの足跡だけが残っており、博士邸と線路との間には線路へ向かう正体不明の足跡がある一方、博士の妻の足跡はありませんでした。

しかも、正体不明の足跡はいずれもかかと部分が深く沈んでおり、黒田刑事は重い物つまり博士の妻を運んだ時の足跡だと判断します。

それから、その足跡に一致する富田博士の短靴を博士邸の縁の下に見つけると、富田博士に愛人がいたことなどを突き止め、最後に妻の字の練習に使われたらしいしわになった紙を富田博士の書斎から発見しました。

こうして、黒田刑事は富田博士が邪魔になった妻に毒を飲ませて線路に運んだうえ、書置きをその懐に入れて自殺に偽装したという結論に至ったのです。

しかし、左右田はといえば黒田刑事は小説家ではあるが探偵ではないと一蹴し、ポケットから列車の貸し枕の代金が記載された一枚の受取切符を出すと、その切符により富田博士の無罪を主張すると宣言しました。

【転】一枚の切符 のあらすじ③

三つの点

左右田が博士の無罪を主張すると宣言した日の翌日、新聞の夕刊に「富田博士の無罪を証明す」という寄書きが左右田五郎の署名とともに載せられました。

左右田は富田博士ほどの偉大な学者にしては証拠を残しすぎだとしてその無罪を信じているとした一方、黒田刑事は頭が良いものの観察が不十分だったと主張しました。

そして、証拠物件として「一枚の切符」「証拠品として保管されている短靴のひも」を挙げました。

事件の日、左右田は現場近くで前日の日付印がある濡れた紙切れを石の下に見つけたのですが、それがその切符でした。

そして、左右田は黒田刑事が三つの点を見逃したことを指摘します。

一つ目は、切符の上にあった石が遠く離れた博士邸の裏にある石と似ていたこと。

二つ目は、いわゆる犯人の足跡が博士邸から線路へ向かう片道分しかなかったこと。

三つ目は、現場にあった犬の足跡がいわゆる犯人の足跡に並行して残っていたこと。

事件の翌日からの新聞により富田博士が連行されたことを知り、左右田はそれらの点を考え合わせたうえに博士邸の人々に聞き合わせ、ついに事件の真相をつかんだのだと表明しました。

【結】一枚の切符 のあらすじ④

愛憎の結末

列車の貸し枕のための切符なら事件の前夜に列車から落ちたはずであり、左右田はその切符が重い石の下にあったのならその夜のうちに誰かがその石を運んだのだと判断しました。

そして、その石を運んだような足跡はいわゆる犯人の足跡しかなく、足跡を偽装して富田博士が妻を線路まで運んだように見せかけた犯人は博士の妻しかいないという結論に至ったのです。

片道分しか足跡がなかった理由も、犬の足跡と博士邸の人々から聞いた話により、博士の妻が短靴を履いて往復しようとすると愛犬が追いかけてきてしまい、追い払おうと習慣を利用して愛犬に短靴を持ち帰らせたためだと左右田は説明してみせます。

また、靴同士が靴ひもにより一つに結ばれ、犬が運びやすいようになっていたことも博士邸の召使いから聞き出したと付け加えました。

書置きも字の練習に使った紙も博士の妻が用意したことは言うまでもなく、自殺の原因が肺病と夫への愛憎であることは読者の想像どおりであるとし、左右田は最後に一日も早く喚問してほしいという希望を残して寄書きを終わらせました。

その後、松村は左右田がこれほど優れた探偵だとは思わなかったと褒めますが、当人は空想家と訂正してくれと返しました。

そして、切符だって例えば石のそばから拾ったとしたらどうだと問いかけると、松村の戸惑った顔にもただにやりと笑うだけでした。

一枚の切符 を読んだ読書感想

江戸川乱歩の最初期の作品ですが、なにより左右田の説得力がすごかったです。

作中でも触れられているとおり、左右田の証拠はすべて状況証拠でしかないのですが、それでも盲点となっているところをうまく突いて納得させてしまうという技にはため息しかでません。

それに、相変わらず主人公のクセがすごいですね。

途中途中の黒田刑事いじりはもちろん、最後の問いかけにも松村並みに戸惑ってしまいました。

まさかとは思いながらも左右田ならやりかねないと思わせる、正義の“せ”の字も感じさせないその姿勢にはある種の憧れすら抱いてしまいます。

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